エピローグ きっと素晴らしい日々
「って事があったんですよ、ハン●先輩」
あれから土日を挟んでの月曜日、俺は部室で先輩に事の顛末を語っていた。
「えっ、あっ、うん」
置きっぱなしの俺の入部届けの横にある、すっかり炭酸の抜けてしまったメロンソーダを口に含んで。
「え?」
なんて間抜けな事を聞いて来た。え? じゃないですよ本当に。
「だから、幼馴染って将来の結婚相手って意味ですよね」
まだ信じられない俺は、先輩にも確認していた。魔王がどうとか世界がどうとかよりも、俺にはそっちの方が重要なのだ。
「ど、同性の場合はどうするのかなぁーって……」
「やだなぁ先輩」
本当的外れなこと聞いて来てさ。
「同性の幼馴染なんてこの世界に存在する訳ないじゃないですか」
いても再会した時には女の子になってるから大丈夫だって父さんも言ってたからな。
「洗脳されてる……」
されてないってあんたの尊敬する皆川聡志の言葉だっての。
「まぁその答えは」
「答えは」
焦らす先輩の言葉を待って、思わず生唾を飲み込んだ。
「二人で見つけるべきね!」
マジでさぁ、本当そういうの要らないんで。
「ドヤァ」
くそっ、人選間違えたなこんな空気の読めないちんちくりんに相談するのを間違えたわ。もう今日はハン●で買い物してこいよ本当にさぁ。
「さてガン●ラ作るか」
という訳で家から持ち込んだプラモを机の上に置く。一応黒魔術研究部にちなんで用意したのはリアルグ●ードのガン●ムマークⅡティ●ーンズカラーだ。黒いしほら、パイロットもそれっぽいし。
「家でやりなさいよ家で」
「ははっ」
家ねぇ。
「いやマジであれから大変だったんですよ両親に勇者の事話したら一晩中質問責めに遭いましたしアインスは連休あるなら異世界に来いとか気軽に言ってきますしミカエルは僕もマ●カに指輪買いに行かないととかブツブツ言っててガチで怖いしアリエスに相手をしてやるとか言ったけどよく考えたら日本で長物振り回して良い場所なんてないしユーミリアからはどこで俺のアドレス入手したのか一日五回ぐらい長文送られて来るし」
まず両親だが、研究が落ち着いたのか無事通いでの通勤となった。なのでこれ幸いと俺の事情を話せばあら不思議、徹夜で詰め寄られましたとさ。
次にアインス。この世界についての理解を深めたあいつは、学生にはそれなりの長期休暇が存在する事に気付いた。やだよ行きたくないよエアコンないしスマホも繋がらないしさ。
ミカエルは本当にヤバいので置いといて、アリエスとの勝負の一件は先延ばしにしている。あの時は軽く言ってしまったが、剣を持って暴れられる場所は東京にある訳ない。北海道とかならあるのかなと思いつつも、学生にそんな金はない。
で、一番ヤバいのがユーミリアだ。彼女はネットリテラシーを欠片も理解しないままスマホを手に入れてしまったのだ。着信拒否にしてやりたいところだが、したらしたで絶対面倒な事になる。
「皆川くん、わたしより先に黒魔術覚えないでくれない?」
どうやら俺の背中から何か見えていたらしい。ダメだダメだ、俺の体を皆んなに貸すのは最終回までお預けじゃないか。
「それで綾崎は? 話に出てこなかったけど」
「ヒナは」
――それはまぁ。
「こんにちわーっ! ミノリ先輩、ユウみてませんかー?」
怪しげな本と手品グッズが並ぶ部室に、元気なヒナの声が響く。魔法を、ダメだ間に合わない。
「黒魔術、俺は壁俺は壁……」
壁に張り付いた俺は、先輩直伝の黒魔術を試してみる。あ、ダメだこれ効果ないわ。
「えい」
ヒナは机の上に置かれたガン●ラの箱を持ち上げ、棚の上に置いた。
「あっ、まだ説明書も見てない」
……なんて巧妙な罠なんだ。
「ユウ? なんかユーミリアからすっごい情熱的なメール貰ってるんだって?」
ここ三日ほどヒナを避けていた理由を口にしてくれる。ユーミリアが毎日俺にメールを送ってくるのもヤバいのだが、さらにヤバいのはその内容だ。
「い、いやぁそんな事は」
「第二夫人だとか側室でも構わないとか、なんだか日本の倫理観にそぐわないお話したって聞いたけどぉ?」
なんかもう凄い長文なのだが、流石に良い教育を受けているだけあってかなかなか読ませる文章を書いてくるのだ。こうなんだ、叔父と姪だろいや血が繋がってなかったわとか思わせる奴を。小説家かメンヘラかそのどっちもの才能ありそうだなって感じで。
「は、はは……毎回やんわり断るの大変なんだよなぁ。アインスの娘なら無碍にも出来ないだろ?」
「ふぅん、私にこんなものを渡したくせに」
そう言うとヒナは俺に左手をどこぞの印籠のように見せつけてきた。流石に人目があるので隠匿の魔法はかけさせて貰っているが、それでもあの場所にいた連中は知っている。ちなみにハ●ズ先輩には言っていない。
「さっそく浮気するんだ」
別に俺はユーミリアとどうこうしたいという訳じゃないが、それでも毎日遅い時間までヒナ以外の女とメールをするというのは後ろめたさがない訳じゃない。まぁなんというか俺としても、ほんのちょっとだけ楽しさがあるからこそ律儀に返している訳で。
「いや、でもほら幼馴染って言葉の解釈次第では」
まだ恋人未満なんじゃないか? とまで言い切れない俺。
「それはまだ教えてあげない」
小悪魔どころか魔王な笑みを浮かべて、ヒナが俺をからかってくる。ついこの間までは笑って受け流せたそれを見せつけられたせいで、一気に心臓の音が煩くなる。
不安だ。もし俺が遊ばれてるだけなら、もしヒナが俺を何とも思っていなかったら? 俺これ完全にキープされてるだけじゃない?
なんて問い正したい気持ちもあるが、これ以上踏み込んで本当にキープされてる状態だったら一生立ち直れないのでこれ以上は聞かない。聞けない。なぜなら俺は勇気などないヘタレだから。
「……というかその話、誰から聞いたの?」
「ユーミリア本人から」
ユーミリアとヒナは翌日には和解し、互いを名前で呼ぶようになった。和解したんだよな? それでいいんだよな? なんかバチバチに火花散らしていないよな?
「そうだユウ、これから買い物行こうと思うんだけど。私クレープ食べたいな」
「はいっ、喜んでお供させて頂きます!」
この不安を鎮めたくて、つい二つ返事をしてしまう。ははっ、今月マジで金無いや。
「いいですよねミノリ先輩っ」
「お幸せに~」
先輩は縦縞兼横縞のハンカチを振りながら、悠々自適に歩くヒナとその後ろで体をガチガチにして着いていく俺を見送った。
部室の扉をゆっくりと閉めれば、廊下には小鳥の鳴き声が響いていた。
「あ、見ろよヒナ」
暖かい陽射しが差し込む校庭にある、名前も知らない木の枝には二匹の小鳥が仲睦まじく鳴いていて。
「小鳥、鳴いてるなって」
「そうだね」
立ち止まって、並んで二人でそれを見上げる。
「平和だな」
「……だね」
誰かが望んだ確かな未来が、ここにあったような気がした。
「ねぇユウ」
「どうした?」
だから願わずにはいられない。剣も魔法も必要ない、ビルに押されて窮屈そうな、青い空の下でいつまでも――。
「何を良い話でまとめようとしてるの?」
「はいっ、ごめんなさい!」
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