第七話 名前③~クソ王子様~
「ここが最後か……」
俺達が最後に到達したのは最上階である三階の大広間であった。ただ今までと違うのは、門構えが既に豪華な事だろうか。そこでようやく気づく……ここがいわゆる『スイートルーム』なのだと。
「いやぁ、結構、疲れる、もんだね」
めげずに着いてきてくれたヒナだったが、ホテル内を駆け抜けたせいか大きく肩で息をしている。
「先輩、ヒナをお願いします」
「頼まれるまでもないわ」
台車から飛び降りた先輩が、その小さな体でヒナに肩を貸した。障壁もあるし、何より異世界人達はひとしきり腰を抜かしているのでここにいれば安全だろう。
さて、乗り込むとしますかね。
「……皆川くん」
と、ここで呼び止められる。初めてまともに名前を呼ばれた事に少しだけ戸惑いながら、俺はゆっくりと振り返る。
「なんですか西園寺先輩」
先輩はその小さな手を丸めて、まっすぐと俺に突き出した。
「頑張ってね」
俺も拳を突き出して、先輩のそれと合わせる。
「はい、任せて下さい」
さて、さっさとこのイカれた処刑騒動に終止符を打つとしますか。
◆
「ユウさん!」
「ユウ殿!」
扉を開けるなり聞こえてきたのは、ミカエルとアリエスの叫び声だった。流石に身内を痛みつける趣味までは無かったのか、二人に目立った外傷はない。ただ違いがあるとすれば……両手両足を拘束され、自由を奪われている事だろうか。
「あらぁ、ノックしてくれないんですか?」
豪華なスイートルームの中でも、一際豪華な一人がけのソファーに腰を下ろしたユーミリアが挑発混じりの挨拶をくれた。
「礼儀ってのはお互いの協力があって成り立つものだろ?」
「連れないですねぇ、私は協力的なつもりなんですけど」
ユーミリアが立ち上がると、わざとらしく肩を竦める。協力的だって言うなら気前よく三億円ぐらい支払って欲しいものだけどな。
「さぁて、単刀直入に聞こうか。何で俺はお前らに命を狙われてるんだ?」
まぁヒナに身の上話をしたおかげで、『王族』が俺を狙う理由はなんとなく思い出せたけどな。
「継承魔術」
ああやっぱりそれですか。
「叔父と姪では……何割で発動するんでしょうね」
「アリエスから禁じられたって聞いたんだけどな」
部屋の隅にいるアリエスに目配せをすれば、彼女は何度か小さく頷く。
「ええ、グランテリオス王国ではそうですよ……でもここはほら、『ニホン』ですから」
ま、理には叶っているか。別にここは大使館って訳でもないからな。
「……駄目だユウ殿、逃げてくれ! 姫様と戦えばあなたも無事では済まされない!」
アリエスが叫ぶと、ユーミリアは無言で金の装飾といくつもの宝石が施された、豪華な長杖を顕現させた。
「得物は長杖か、ますますお姫様って感じだな」
「お気に召しましたか?」
「冗談だろ」
俺も異空庫から聖剣を取り出し、ユーミリアに剣先を突きつける。彼女は小さく会釈をしてから、『障壁』を発動させ無数の『豪雷槍』を生み出した。
「そうですユウさんっ! 姫様の魔力量はユウさんと同じ」
ミカエルの言葉が俺の耳に届く。ああなんだ、俺と同じ程度なら。
「五十ま」
豪華な絨毯を踏みにじり、そのまま剣の腹でユーミリアの顔面を叩きつけた。彼女は四番打者の放ったホームランのように、勢い良く壁へと叩きつけられた。
「で、二人共」
魔力量。それはアルスフェリアにおける強さの指標……ではあるが。
「……ただの数字が何だって?」
――別にそれが、強さの全てな訳ないだろうが。
「そんな、なんで私の魔法が」
ぶたれた頬を擦りながら、ユーミリアがそんな事を言いだした。もう一度特大の豪雷槍を生成する。
「何なんですかその力は!」
その派手な魔法に手を伸ばし、槍全体を球状の障壁で包み込む。それを徐々に縮めれば、圧縮されたそれが何てことはないただの閃光へと成り果てた。
「何って普通の」
顔を恐怖に歪めたユーミリアが、俺の動きに気づいて多重の障壁を作り出す。魔力量五十万が産み出す障壁だ、生半可な方法では破れない。
だから、右足に魔力を集中させる。他の魔法を全て切り捨て集めれば、それは障壁を穿つには十分すぎる威力を持つ。
「身体強化と」
そのままユーミリアめがけて、後ろ回し蹴りを放つ。
障壁が剥がされ焦った彼女は、とっさに両手で体を守った。もう一度物理攻撃が来ると思ったのだろうが、そんな遅さでは見てから対応してくれと言うようなものだ。
そのまま大ぶりで殴ると見せかけて、豪雷槍を指先から産み出す。だがユーミリアのように巨大で派手なものじゃない……ダーツのように小さく、細く。そしてありったけの魔力で編み上げた、より高密度の物を。
「魔力操作だよ……!」
放たれた雷のダーツが、そのままユーミリアを吹き飛ばす。そこで俺はとある事に気づいて、つい頭を押さえてしまった。
「今のセリフ勘違い系主人公みたいで嫌だな……」
さてしばらくユーミリアは動けないだろう、ミカエルとアリエスへと向かい二人の拘束を解いておいた。それから指輪を外してやれば、三対一の出来上がりだ。
「二人共大丈夫だったか?」
「ありがとうございます……しかし本当にお強いですね。僕達は姫様に敵いませんから」
「やり方なんてお前らの親父と一緒だよ」
正直に言えば一部に魔力量を集めるというやり方は、あの時代ならそう珍しい物ではなかった。だが平和になった今では……そこまでする必要なんてないのだろう。
「絶対量が決まってるなら……使い方を工夫しろってな」
防御を削って攻撃に回す、その攻撃も一点に集中する。臨機応変に対応しなければ命が失われる時代はもう過ぎ去ったのだから。
「あ、そうだな今ならこれもできそうだな」
バーカーウンターの酒を払い除けながら、よろよろと立ち上がるユーミリアだったが……もう魔法を放つ気力は残っていないだろう。聖剣を肩に担いで、左手で彼女の胸ぐらを掴み上げる。
「さてユーミリア。叔父と姪の発動率が何割か知らないが……俺の発動率が何割だったかは知ってるよな?」
ユーミリアの目の前で、これ見よがしに継承魔術を発動させる。この魔術を自分で使うのは初めてだったが、案外すんなりと発動できるもんだな。
「ええ、存じております」
彼女は歯をガチガチと震わせながらも、作り笑顔を浮かべていた。両目からは涙を流し、鼻水を少し垂れていたので十分反省してくれただろう。
「俺の処刑を取り下げてもらえるよな?」
「それは、その……」
こっちも負けじと満面の笑みを浮かべれば、彼女の視線が泳ぎ始める。さて、これだけでもわかる事がある……所詮彼女は操り人形、勇者を処刑すると言い出したのは、彼女より立場が上の人間なのだと。そして彼女に命令出来る人間なんて……異世界には一人しかいないのだから。
瞬間、足元に炎が疾走った。
その纏わり付くような火炎を、俺はよく覚えている。あいつの死体を消し炭にしたそれを……忘れる事などないのだから。
とっさに『業火』を障壁で弾けば、ようやくあいつが姿を現す。
「久しぶりだな、勇者よ」
記憶にあるそれよりも、随分と低くかすれた声が響く。
「いいや……『蒼の十一番』」
王。いつのまにかこの男は、そう呼ぶに相応しい威厳を手に入れていた。王冠もマントも無いどころか、着ているものはこちらの世界で仕立てたと思しき白いダブルボタンのスーツ。それから黒いワイシャツに、真っ白いネクタイと来れば……悪い、これ王じゃなくてヤのつく自営業だわ。
「何だよ、結構老けたじゃないか」
後ろに流した黄金の髪に、あいつと同じ翡翠の瞳。かつて手を振れば女性が黄色い悲鳴を上げた整った顔には、深いシワが何本も刻まれていて。
ただ頬の火傷の痕だけは、変わらずにそこにある。この男は――。
「……アインス=エル=グランテリオス」
懐かしき『クソ王子様』だ。
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