第三話 黒魔術研究部へようこそ!①~カノジョ~
遅咲きの桜の花びらが、風に揺れてはらりと舞った。春の化身の残り香が、そのまま少年の鼻先にぴったりと貼り付いて。
『ねぇ……ミカエル君?』
「ふふっ、何だい?」
カノジョが笑えば、少年は微笑んだ。誰の思い出にもあるような、ありふれた通学路を二人が歩く。
『ちゃんと私のこと……見ててね』
「ごめんごめん、だけどこれから学校で……」
頬を赤らめるカノジョに、少年は辿々しく頭を下げる。それがどれだけ、カノジョの心を傷付けるかも知らずに。
『もしかして、私のこと、嫌いに……なっちゃったのかな』
「ちが、違うんだ! 僕だって本当は君と一緒にいたいんだ!」
カノジョが俯けば少年は必死に叫ぶ。まだ幼さの残る心の内を、ありったけの言葉にする。だけど届かない、そんな言い訳のような台詞では。
『ミカエル君……』
だから。
『キスして』
「えっ」
あまりにも大胆な要求に、少年は体を硬直させる。あれだけ軽やかだった足取りは根が生えたように動かなくなる。
『キミのカノジョだって証を……私に、ください』
「で、でも人の目が……」
少年は辺りを見回す。物珍しさも相まって、学校へと急ぐ生徒達の視線は二人に向けられている。それでも少年は、選んだ……『男』になるために。
『んっ……』
カノジョが唇を突き出せば、少年はタッチペンを口に咥えて画面に向かって落ち着けバカヤロー通学路だぞここそりゃ俺も面白がってたけどさ。
「いくよ、マナ」
「やめろミカエル!」
「かああああああああああああああああっ!」
カノジョとの情事を邪魔されたミカエルは絶叫を上げながらその場で膝から崩れ落ちる。
昨日転校してきたはずのイケメンが、今朝は恋愛ゲームと登校してきた。
もはやホラーでしかないこの展開に、天津原高校の生徒達は驚きと落胆と侮蔑の籠った冷ややかな視線を向けていた。ショックで泣いている女子もいた。
「あの、ミカエル君……だよね」
泣かない方の女子代表のヒナが挨拶すれば、ミカエルは晴れやかな笑顔を見せてくれた。恋を知った少年はまた一段と大人の階段を……ってもういいかこれは。
「あっおはようございますヒナさんと、勇しゃ」
なんだって?
「……ユウしゃん」
ひと睨みしたのが効いたのか、口を抑えながら訂正するミカエル。
「へぇー、随分古いゲームやってるんだね」
ミカエルが大切そうに持っているゲーム機を眺めて、ヒナがそんな事を言う。まぁ大分古いハードだからなこれ。
「ヒナさん、これはゲームではありません」
だがミカエルは首を横に振って、俺達に携帯ゲーム機を見せびらかす。
「そうなの?」
「僕の……カノジョです」
あ、うん。
「ゲーム」
「カノジョです」
はい。
「カノジョ?」
「はい!」
よかったね。
「『クライオニール英雄譚』は?」
「ヒロインがメンヘラクソビッチのゴミカスうんちのクソ作品です!」
――そこまで言ってない。
『ミカエル君、一緒に学校……いこ?』
「うん、いくぅっ!」
カノジョの甘い囁きに返事をしてから、ミカエルがスキップして昇降口へと向かった。恋は人を変えると言うが、もう少しマイルドな方向に出来なかったのかな。出来なかったんでしょうね。
「あのゲーム機、聡志さんのだっけ」
「そうだな」
あれにはまってた時は四六時中持ち歩いてたからな。
「……間接キ」
「本当やめて」
何の罰ゲームだよこっちの世界の親父と向こうの世界の仲間の息子が間接キスって。せめて別のカノジョな事が救いか……いや誰も救われてねぇなこれ。
「ねぇユウ、こういうの何て言うんだっけ」
「んー……キモオタかな」
へへっ、あの野郎もうどこに出しても恥ずかしい男になり下がりやがって。
「そうだけど、あ、いやそうじゃなくて……えーっと」
他に思い当たる言葉があるのか、ヒナはこめかみに当てた人差し指でのの字を書いて記憶を探る。ミカエルに遅れて昇降口へと到着した途端、思い出したように両手を叩いて。
「文化侵略だ」
これ以上にない適切な言葉を俺に教えてくれた。
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