第五話 長い一日⑥~継承魔術~
十五分ほど『亡者の葬送in江戸長屋』の列に並べば、とうとう俺達の番が回ってきた。
「四名様でよろしいですか?」
「いえ、二名づつでお願いします」
受付の人に確認されるが、ヒナは首を横に振る。不安がるアリエスとミカエルだったが、笑顔のヒナに押し込まれてお化け屋敷の中へと吸い込まれていった。
「あの二人だけで行かせて良かったのか?」
「せっかくのはじめてなんだから、二人だけのほうが楽しいと思って」
まぁあの二人最後まで俺の顔見てたけどな……だが安心しろ、お化け屋敷では死なないのだから。それに死んでも目の前に就職先があるしな。
「……それだけだからね」
ヒナが口を尖らせてつぶやけば、受付の人が俺にウィンクを飛ばしてきた。まぁ幼馴染としてこれぐらいは、な。
と、ここで入り口まで二人の悲鳴が轟いた。あまりの金切り声に列に並ぶほかの客が期待と不安にそわそわし始めるぐらいだ。
「それに、お店の人も楽しいだろうし」
あんなにいい客はしばらく来ないだろうな、うん。
「まぁお化けって向こうにはいないしな」
「そうなの? 世界中でありそうな話だけど」
確かに地球上ではお化けの話題に事欠かない。ヨーロッパでは霊が出る家は値段があがる、なんて事もあるそうだ。だが異世界は別だ。
「なんていうかさ……向こうは神様の距離が近いんだよ。だから死んだらすぐ迎えに来てくれるって信じられてるんだ、化けて出る暇なんてないぐらいにな」
向こうでは死者の魂の行き先が決まっている。天国か地獄か、それとも――。
「ふーん……じゃあ、神様には感謝しないとね」
「何で?」
「だってユウを私の隣に連れてきてくれたんでしょ?」
ああ、確かにそういう事になるのか。
「あ、いや、私の隣ってのは言葉のあやっていうか……」
顔を赤くしてあたふたと焦るヒナ。それで当たっていると言えれば格好がつくかも知れないが、まだそこまでの度胸のない俺は頬を書いて誤魔化すだけだった。
「大変お待たせしてしました、二名様どうぞ」
促されて中に入れば、なるほど江戸時代の夜の長屋をイメージした純和風の内装が施されていた。と、おどろおどろしいヒュードロドロ音の後には先を行く二人の懇親の悲鳴が聞こえてきて。
「追いついたら悪いから、ゆっくり行くか」
ヒナに右手を差し出せば、彼女がそれを握り返す。
「……うんっ」
ここがお化け屋敷である事に、少しだけ感謝をする。明るい場所じゃ俺の顔が赤すぎて、情けないだけなのだから。
◆
「いやー遊んだ遊んだ」
思いがけない土曜日の始まりだったが、日が沈みかけた頃には胸いっぱいの満足感が広がっていた。お化け屋敷のあとは少し早い昼食にして、そこから近くのゲーセンコーナー。コーヒーカップやメリーゴーランドと言った定番でお茶を濁した後は、待ってましたフリーフォール。ウォータースライダーで塗れた後は、バイキングで強制乾燥だ。
「久々だったもんね、遊園地」
楽しかったと素直に思える……俺とヒナは。
「で、お二人の感想は?」
にやけた顔で異世界人ご一行に尋ねれば、満面の笑みが帰ってきて。
「「二度と行かない」」
でしょうね。さて後は最後のお楽しみに乗り込むだけなのだが、その前に。
「まぁ悪い思い出になっても後味悪いよな」
さんざん鞭でしばき倒した後だったので、特大の飴を用意していた。ポケットからスマホを……今俺が使っている奴じゃない、先日準備していた古い機種をミカエルに手渡す。あと充電器も。
「ほら、欲しがってただろ? 一応設定しておいてやったぞ」
初期化後の設定を済ませて、アカウントも作っておいた物をミカエルに手渡した。図らずともこいつのIDとパスワードは俺が握っている事になってしまったが……まぁそれぐらいはご勘弁願おうか。
「あ、ス、スマホ! 良いんですかこれ!」
手渡されたスマホを丁寧に受け取り、子供のように喜ぶミカエル。
「Wifiでしか使えないけどな」
「なるほど、マ●カと一緒ですね」
使い方は……この調子だと教える必要もなさそうだ。
「ふっ、その程度で喜ぶなどやはりミカエルは未熟者だな。なにせ今日たくさん頑張った私は……もっといい物を賜るのだからな」
と、ここでアリエスが得意げな顔で鼻を鳴らす。それから子犬みたいに爛々と眼を輝かせて俺を見て来た。そうそう、こいつの分はっと。
――何にも用意してないんだが?
何この流れ、俺がアリエスにも今日の思い出をプレゼントする流れになってるじゃん。ヒナは、駄目だこいつもそうだよねお土産欲しいよねみたいな顔してる。しかし使ってないスマホを二台持っている筈もない、そうだあそこの土産物屋で何かを……駄目だ一般的な女子が喜びそうなものしかない。
確かにアリエスはかわいい物が好きだから、それで丸く収まる――ワケねぇだろ。女性にそういうものを渡すという意味は、残念ながら異世界でもこの世界でも変わらないのだから。ということはここでアリエスにその手の物を渡してしまえばそれ以上に高価なものをヒナに送らないと釣り合いが取れない訳で……何かないか何かないか異空庫の中にでもいいからさ。
「もしかして、私には、ない……の」
「あるっ!」
急いでスマホの異空庫リストの中身を確認する。宝飾品の類じゃなくて、ミカエルが欲しがらず、それでいてアリエスが喜びそうなものがこの中に……奇跡的に一つ、あった。
「アリエス」
いやー良かった本当に良かった、ありがとう異世界サンキューどこかの宝箱。
人目を気にしならも、俺は異空庫から一本の剣を取り出した。使う機会はそこまで無かったが、それでも数度は俺の力になってくれた一振りだ。
「炎剣ヘスティーア。ガイアスのには及ばないが……お前にやるよ」
白木の鞘に燃えるような赤い刀身をした細身の両刃剣は、誂えられたかのように彼女に似合っていた。
「これを、私に……」
「昨日は俺もやりすぎたからな。侘びも兼ねて受け取ってくれ」
目を輝かせたアリエスが、震える手でそれを受け取る。ヒナの様子は、よし『ほぁーすっごいアリエスさんににあうー』みたいな顔してるぞ。
で、ミカエルの方はと。
「へぇ、姉さん本当にいい物貰えましたね。ユウさんの事だから何にも用意してないのかと思ってましたよ」
「おいゲーム機返せ」
それ以上余計な事言ったら二度と3●SLLと会話できないようにしてやるからな。
「スマホ超嬉しいです!」
良かったこいつが俗物で。
さてこれにてプレゼント騒動は一件落着。ミカエルもヒナも嬉しそうだし、俺はどっと疲れたし、アリエスは地に膝をついて頭を垂れているな。はー解決解決。
――何も解決していないんだが?
完全に忘れていた、俺騎士の家の子に剣を手渡しちゃったよ。
「勇者殿……貴方に我が剣を捧げさせてはくれまいだろうか」
ほらぁ、何か誓おうとしてるじゃん。
「あっ、違うこれ親戚のおじさんからプレゼント貰った的な奴だから! そういうの俺十六年前に卒業してるから物理的に!」
「剣だけではない」
必死に首を横に振る俺と、重苦しく首を横にするアリエス。
「昨日ミカエルに叱られ、自分の愚鈍さに気づいたのだ。私の命は当の昔に、貴方に救われているのだと」
「あのなぁ、それはあの二人が足手まといで」
「そうではない!」
なんだよその事は、と言わせてはくれない強い言葉がアリエスから飛んでくる。
「貴方が魔王を倒してくれたおかげで……世界から魔物が消えた。だから王国は必要以上の強さを求めなくなったのだ」
その言葉に、今度は俺が愚鈍さに気づく番だった。もしまだあのアルスフェリアが、魔王はびこる世界のままなら。
「『双子』で『貴族』で『女』の私が今ここにいる……貴方ならこの意味がわかるだろう?」
アリエス=クライオニールという人間は、生きることを許されていなかったのだから。
「……『継承魔術』はもう無いんだな」
異世界でも人は死ぬ。その先にあるのは天国か地獄か……そして継承されるかの三つだ。他社に自分の魔力量を引き継ぐその『魔術』は、血縁関係によって成功率と継承率が異なってしまう。
他人なら万に一つ、親兄弟ならどちらも二割程度だ。そして双子であるならば――100%、絶対だ。
ガイアスとエステルにその気は無くとも、他の連中が黙ってはいない。もしミカエルがアリエスの魔力を継承できれば……魔力量二十万の化け物が誕生するからだ。なぜミカエルかといえば、家を継げる男とそうではない女であるなら……答えはもう決まっている。
「私の生まれを以って、現アインス=エル=グランテリオス陛下が禁じたと聞いている……もともとは外道の術、許されている方がおかしかったんだ」
「あいつにしては良い事をしたな」
まぁ『魔術』が公然の秘密だった方がおかしいのはその通りだ。
「だからこの剣を、貴方に」
が、それとこれとは話が別なので。
「でも俺、アリエスに守られなくても強いからなー」
「ぐっ!」
アリエスが歯を食いしばるが、そもそもこの日本でボディガードが必要なのは一部の要人ぐらいだ。高校生の俺には要らないし、俺の方が強いし。
「た、盾ぐらいには」
「そう言って来た奴は魔王城の手前で置いていったんだよなー」
「ぐうっ!」
ついに返す言葉を亡くしたアリエスがその場で肩を震わせる。まぁ、万に一つもないだろうけどさ。
「ま、俺より強くなったら考えてやるよ」
仮に俺を倒せたら、騎士ごっこに付き合ってやっても良いかもしれない……それこそ、親戚のおじさんの範疇としてだけれど。
「承知した。この刃、いつか勇者殿に届いてみせる」
「……勇者殿呼びは禁止な」
あと懸賞金も解こうか。
「では、ユウ殿と」
「殿って……普通にユウでいいよ、同級生なんだし」
さすがに現代日本で殿呼びは恥ずかしすぎる、もう江戸時代なんて底のお化け屋敷ぐいらいにしか残っていないのだから。
「なら、ユ」
「殿呼びの方が素敵だと思うな、騎士様みたいで!」
ヒナが両手をぱんと叩いて、満面の笑みでそんな事を言い出した。出てますね圧的なものがこう背中から。
「……殿でお願いするでおじゃる」
もう何時代だよ俺は。
「承知した、ユウ殿」
さて、これにて本当に一件落着。後遣り残した事といえば……そりゃあもう、背後にそびえる『コレ』しかない訳で。
「さぁさぁ皆、最後はやっぱり観覧車に乗ろうよ!」
「こ、これは急回転したりしないのだな?」
「もう、そんな観覧車ないってば」
なぜ観覧車と他の絶叫マシンの違いが理解できないアリエスが、ヒナに押されて前へと進む。ミカエルは予習済みだったのか、どこか楽しそうに観覧車を見上げていて。
何はともあれ、二人とこういう関係になれた事を素直に喜ぶ。あとは俺という存在が隠し通してくれれば良いのだが……。
「二人とも、楽しそうねぇ」
甘ったるい声が響いた瞬間、二人の体が硬直する。
「お前は」
声の主の顔を覚えている。簡単に忘れられる訳ないだろう。
だってこの女は、カメラの前で堂々と俺に処刑を宣言した。
「 ユーミリア=エル=グランテリオス」
あいつの娘なのだから。
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