最終話 陽のあたる場所で君と小鳥の鳴き声を聞けたなら③~凄いやつ~
帰るという言葉とは裏腹に、ヒナはホテルの入口前にある庭のベンチに一人腰を下ろしていた。声をかけるよりも先に近くの自販機で百円と少しの飲み物を二つ買って、彼女の隣に無言で腰を下ろす。
「王女様はもう良いの?」
苦しそうな笑顔をして、そんな事を彼女は尋ねる。
「向こうが勝手に言ってるだけだよ、ほら」
まだプラのフィルムに水滴の残るよく冷えたカフェオレを差し出せば、彼女は無言でそれを飲んだ。
「高級な紅茶より口に合うだろ?」
「かもね」
もう一口飲み込んでから、彼女は細いため息をついた。
「それにしてもユウは凄いよね」
「カフェオレ代にしては褒めすぎじゃないか?」
「そうじゃないよ」
ゆっくりと彼女は首を振ってから、空を見上げ眩しそうに太陽を睨む。まるで手に届かない物にはそうするしか無いとでも言うかのように。
「異世界のお姫様から求婚されてさ、魔王探しも手伝ってて、それで前世は勇者様でさ。私には……ただの幼馴染には釣り合わないなって」
「そんな事は」
ないんだって言いたかった。けれどそれが気休めにしかならないとわかっている。今の彼女に必要なのはぬるま湯みたいな言葉じゃなくて、誰もが認める実績だとわかっていた。
「だったらさ、一緒に考えようぜ? 魔王がどこにいるのかってさ」
それが正解だったのか、彼女は優しく微笑んだ。
「折角だしさ……俺達だけで目星つけるってのはどうだ? それであいつらの鼻を明かして、ヒナは凄いだろって言わせてくれよ」
まだ開けてなかったコーラのタブを起こして、異世界には無かった味を放り込む。初めは面食らったこの味にもすっかり慣れて、吐き出した日は随分遠く。
「ま、そこまで言うなら付き合ってあげますか」
弾むような彼女の声が聞こえれば、つい油断してゲップが漏れる。そのままヒナに膝を叩かれ、自然と俺も笑顔が溢れる。さっきまで落ち込んでた俺がこんな表情に変わったから。
綾瀬ヒナは凄いやつなんだ。
◆
「つまり魔王? 魔王の卵? っていうのは、ユウと同じタイミングでこの世界に来たんだね」
「だろうな。俺達が生まれた年の四月一日にな」
早速ヒナの手がスマホに伸びる。画面を除けば調べているのはご存知ウィのつく百科事典。最も出来事一覧にそれらしい事件なんて無かったが。
「何か大きいニュースって……法律関係ばっかりで何にも無いね」
そういえば俺達が生まれる数年前に、四月一日生まれに関する法律が変わったと昔両親から聞かされたことを思い出す。何でも昔は超早生まれ扱いだったが、海外との兼ね合いやらなんやらで変わったらしい。それがなければミカエルやアリエスは後輩だったのかなとふと思う。って今はそれはどうでもいいか。
「それはアインス達も調べてたからな。エイプリルフールを抜きにしたって事件なんて無いだろ」
よくよく考えれば、魔王の存在を感じ取れるような事件が起きていたなら俺が勘づいていてもおかしくはない筈だ。だからそもそも『俺が生まれた時に何かが起きた』という推測自体が間違っているのだろう。
「でもさ、別に事件を探す必要なんてないんじゃないかな」
「だよなぁ」
同じ結論にたどり着いたのか、ヒナの言葉に同意する。
「だってユウが、勇者が生まれたけど何も起きてない訳でしょ? だから多分、魔王も同じでただ転生するだけじゃ何とも無いんだよ。起きたとしても気付かないとか」
それもそうだ、俺が転生したところで天変地異やら異常気象が起きた訳じゃない。しかし覚えているのは、こんな高層階で子供生んだのかよという驚きだけだ。
だから『誰が転生しても何かが起きるわけじゃない』と結論付けても良いだろう。
「つまりあいつらが今やってる仕事ってのは?」
「あんまり意味ないかもね」
ヒナが乾いた笑いを浮かべたので、思わず俺は頭を掻いた。この一週間無駄な努力ご苦労さまでしたなんて言ったものなら、今度こそ処刑されかねない。
「それ言ったら怒られそうだな……代案とか無いか?」
「そりゃあユウのパターンを考えたら、その日に生まれた子供の中に魔王がいるってのが当然じゃない? 同じタイミングでこっちの世界に来たんだから」
あっさりと出てきた代案に思わず感心してしまう。確かに俺と同じ法則で魔王がこっちの世界に来たと言うなら、魔王も同じ日にこちらに来たと考えるべきだ。考えるべきなのだが。
「そんなの調べられるのか?」
「そりゃあこの間みたいに私達だけで探せって言われたら無理だけどさ、役所が協力してくれたら一覧ぐらい手に入るんじゃない? 流石にそこから漏れた子供は把握できないだろうけどさ」
「それぐらいは今なら出来るか」
グランテリオスと日本が国単位で交流があるなら、それぐらいは不可能じゃないだろう。あとは人海戦術で当たっていけば、そのうち魔王に当たるはずだ。
「つまり魔王ってのは、俺と同じ日に生まれた」
自分の口からでた言葉が、自然と彼女の顔を見つめさせた。俺と同じ日に生まれた少女が、今俺の隣にいたから。
「……私? やだなぁ、そんな訳ないじゃん」
視線の意図に気づいたのか、ヒナが慌てて両手を振った。
「だよな」
ヒナが魔王だって? そんな事はあり得ない。だってずっと俺の隣にいたから、気付かない筈ないじゃないか。
それにもし、ヒナが魔王だというのなら。
――俺はまた、彼女を殺さないといけないのだから。
「けどさ、もしも……もし私が魔王だったら、ユウと釣り合いが取れるのかな」
太陽に手を伸ばして、ヒナが儚げな声で呟いた。その問いに答えられずに、ベンチから立ち上がってコーラを飲み干す。そんな事はない、あり得ないって自分に何度も言い聞かせながら。
「今の話、アインス達にも聞かせてやろうぜ」
その話題を、精一杯遠ざける事しかできなかった。
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