第三話 黒魔術研究部へようこそ!⑤~使命~
学園内をうろつけば、思ったより早くミカエルの姿を見つけられた。体育倉庫の裏だなんて、カノジョと過ごすにはぴったりの場所だが……残念ながら一緒にいるのはカノジョじゃない。
「ミカエル、任務を忘れた訳ではないだろうな……」
姉のアリエスに胸倉を掴まれたミカエルは、面倒臭そうに返事をする。
「忘れてないよ、勇者探しの事でしょ?」
「……それは」
「それとも父さんから……何か別のことでも頼まれてるのかな」
ミカエルは姉の手を払い除け、わざとらしく襟元を正す。だがその態度が気に入らないのか、余計にアリエスを苛立たせるだけだった。ほら舌打ち、こわいこわいっと。
「……お前の使命は勇者を見つける事だ。それ以外の些事など」
「本気でそう思ってる?」
氷刃よりも冷たい言葉を、ミカエルは姉の耳元に突き付ける。
「僕達がこの世界にやって来て、まだたったの数日しか経っていないのに……その間どれだけの常識が壊れていったかな」
ミカエルの言葉が痛い程理解出来る。当たり前だと思っていた事なんて、こんな『異世界』では簡単に吹き飛ぶんだ。
「鉄の箱が空を飛んで、砂糖も胡椒も使い放題。電話があればどれだけ離れていてもすぐに会話が出来るし、本だって子供のお小遣いで買える。凄いよね、この国の識字率なんてほとんど百パーセントだってさ。今朝の小テストだって……王国であんな問題が解ける人なんて一握りだ」
淡々と事実を口にするミカエル。そこから導き出される答えを認めるのは辛い事なのだと思う。
だけど、理解しなくてはいけない。アルスフェリアは、グランテリオン王国は。
「気付かされたよ、僕達は未開の猿だって」
圧倒的に、劣っていると。
「ミカエル、言葉が過ぎるぞ!」
「事実だよ」
伸ばされたアリエスの右手を、ミカエルは面倒臭そうに払い除ける。
「この『異世界』で僕等が勝っているのは、せいぜい魔法が使える事ぐらいさ。その魔法だって……どうせ勇者様の足元にも及ばないんだ」
悔しいという感情を隠さずに、ミカエルが拳を強く握った。
「任務は続けるさ。だけどそれ以上に僕は……この世界の技術や文化を持ち帰りたいと思っているよ。他でもない王国のためにね」
決意を新たにしたのだろう、ミカエル真っ直ぐと姉の目を見据える。きっと彼が選ぶ道は、長く険しい物かもしれないが……そうなってくれればいいなと、心の隅で思った。
「姉さんはどう思う?」
胸倉をつかむ以上に強く、ミカエルは姉のの心を揺さぶった。そしてまだ彼女には、それと競うだけのものが無かったのだろう。
「私は、私の使命を……!」
捨て台詞を言い残して、アリエスはその場を後にした。
さて、この後どうするかな……なんか声かけづらいな。
「もう出てきても良いですよ、ユウさん」
なんて戸惑っていると、気づいてたのかこっちが声をかけられる。
「いや悪い、タイミング逃しちゃって」
「一応『隠匿』の魔法をかけていたんですが……姉さんはやっぱり注意力不足ですね」
「そこはまぁ仕方ないだろ、こっちの世界だと破れる奴なんて居ないんだから」
魔法は便利な物だが、対抗手段が無いわけじゃない。まぁ俺の場合は魔力量ゴリ押しでどうにかなるのだが、アリエスはそんな相手が近くにいるなんて思ってもいなかったのだろう。というか思われたら困る。
「姉弟喧嘩か?」
「日常茶飯事ですよ」
どこの世界も変わらないもんだね、そういうのは。
「まぁ上の兄弟って横暴なものだよな」
「わかります? 僕なんて双子なくせに年上ぶられて毎日参ってますよ」
それはまぁ可愛そうだな。
「あれ、でもユウさんってご兄弟いたんですか?」
「いや一人っ子だよ」
……こっちだとな。
「しかし僕の隠匿を破るなんて流石ですね……やっぱり普段から魔法使って過ごしてるんですか?」
ミカエルがそんな事を尋ねてきたが、俺は大きく首を横に振る。
「いや、魔法使えるようになったのってお前達が来てからだぞ」
「え?」
「魔力自体が無かったんだよ。いやぁ十六年ぶりに魔法が使えた時は驚いたなぁ」
「それ、それって本当ですか!?」
突然顔を近づけてくるミカエル。正直今は魔法が使えることよりこいつの顔に驚くぞ。
「ああ、だからお前らが来た時に向こうから魔力が流れて来たのかなって」
俺の仮説はこうだ……異世界人がこっちに来た時に魔力もつられてやって来た、だ。うん、まぁ仮説とか格好つけたけどそれだけの話です。
「いえユウさん……この世界、『地球』にはアルスフェリア以上の魔力があるんです」
「え、そうなの?」
仮説が否定されるの早いな。
「はい。僕らが通ってきた門を維持できているのもこちらの魔力を存分に使えているおかげですから」
その説明には納得せざるを得なかった。転移魔法ですら転移先に魔力がなければ成功しないのだ、世界を跨ぐ門ともなれば莫大な魔力が必要な筈じゃないか。
「それなら……何で俺は魔法が使えたんだ、何で今まで使えなかったんだ?」
この世界に魔力は無い、だから俺は魔法が使えない――とうの昔に出したはずの前提条件が崩れてしまった。
「どうなんでしょうね……魔法を使ったきっかけは何だったんですか?」
「この間ヒナが事故に遭いそうになってさ。助けようと思ったら自然と使えたよ」
「人助けですか、勇者様らしいですね」
歴代の勇者様は知らないが、俺の場合はそんな立派な存在でもないけどな。
「魔法を使いたいと願ったのは先日が初めてだったんですか?」
「まさか。使えたら便利だろうなとは何度も思ったよ」
例えば何件も模型屋を巡る時とか、祖父母の田舎からの帰り道で渋滞に捕まった時とか転移が使えたらなとは何度も思った。だけどそれは猫型ロボットの秘密道具を使えたら、なんて夢想と大差ない。
「けど今回は……今回だけは」
だけど、この間は違った。『魔法が使えたら』じゃなくて、『魔法を使わなければ』と思ったんだ。
「ヒナが危なかったからな」
お姫様のピンチで覚醒って……案外定番なんだな俺も。
「……すいませんユウさん、今日は宿に戻って何が原因なのか調べてみます。どうにも違和感が拭えなくて」
「ああ、何かわかったら知らせてくれ」
思い詰めた顔をしたミカエルが有り難い提案をしてくれた。何をどう調べるかは知らないが、少なくともこの不可解な状況を解き明かしてくれるなら願ったり叶ったりだ。原因をそのままにしたせいで肝心な時に使えない……なんてのはよくある話だからな。
「申し訳ありません、僕から謝罪に伺いたいと言っておきながら」
「いや、こっちこそ悪いな……変な事に時間を取らせちゃってさ」
深々と頭を下げて謝罪するミカエルに、こちらも小さく頭を下げる。その場を後にしようとするミカエルだったが、あそうだ頼みたいことあったんだっけ。
「あ、でもその前に……クライオニール英雄譚、一冊余ってない?」
「お尻でも拭くんですか? トイレットペーパーの方がいいと思いますけど」
ミカエル、お前反転アンチの才能あるよ。一応お前のご先祖様の本だからな、あれ。
「いや父さんの土産になるかなって。あれでも異世界の本だからさ」
こいつも謝罪が後回しになるのは気に病むだろう、手土産でも渡せば少しは気を楽にしてくれたら良いんだが。
「わかりました、お詫びの品になれば良いですが……」
「悪いね、俺のは綺麗じゃないからさ」
ミカエルは異空庫からクライオニール英雄譚を取り出して、俺に手渡してくれた。
「ん?」
くれないな、本を掴む指の力が尋常じゃない。
「んっ、んん?」
引っ張る、ダメだこいつ身体強化まで使いやがって何のつもりだ?
「何でしょう……こんなひどい話をこの世界の人に見せるのはどうも忍びなくて」
気持ちはわかるけどさ。ああでも、こんな状況におあつらえ向きの台詞があるじゃないか。
「そうだ、こういう時にぴったりな日本語があるぞ」
「何て言うんですか?」
古今東西日本人がお土産を渡す時、決まってこう言うじゃないか。
「……クッソつまらない物ですが」
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