第三話 黒魔術研究部へようこそ!④~ハ●ズ~
「ここに、透明なケースに入ったサイコロがあるわ」
手品ですね。
「昔ハ●ズで見たわ」
「ユウは黙ってて」
顔を赤くしたヒナの言葉が飛んでくる。はいすいません、ネタばらしはご法度ですね。
「今からこの何の変哲もないサイコロを、一瞬で小さな八つのサイコロにしてみせるわ」
透明のケースと黒い蓋の中には、少し大きなサイコロが入っている。ちなみに六の面が一番上だ。
「ふっ」
ミカエルは鼻で笑う。まぁ勘が良かったらもう気付くか。
「不可能じゃないですか、そんな事出来る訳ありませんよ……魔術でもない限りね」
――滅茶苦茶良い客じゃねぇか。
「ならこの世紀の大魔術を……見逃さない事ね」
先輩滅茶苦茶嬉しそうじゃねぇか。
「3、2、1……」
先輩がケースごとサイコロを振れば、宣言通り小さな八つのサイコロへと変貌させる。
「お、成功した」
一応お約束という事で拍手をすれば、先輩がケースの蓋を回収してからミカエルの目の前に小さな八つのサイコロを転がした。
「どやぁ――――――っ」
いやさっきミカエルが本物の装備消失マジックやっただろ。
「はぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
椅子から転げ落ちるミカエルうるせぇ。その驚き過ぎの顔面が特に。
「定価千二百円だけど販売終了してるんだって」
スマホでグッズを調べたヒナが、こっそりそんな事を教えてくれた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「こいつコスパいいな」
叫びながらミカエルは小さなサイコロを摘み、振ったり転がしたりしてみる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
ついでに叫びながら机の下を見てみたり、もう一度サイコロを触ってみたり。見ろよあの先輩のドヤ顔を、こんなに喜んでもらえたら本望だろ。
「ゆ、ゆ、ユウしゃん! さ、さ、サイコロが八つに! 魔力反応なんてなかったのに!」
そりゃないでしょ。
「ど、ど、どうして皆さん驚かないんですか! ま、魔法の歴史が今変わったかもしれないんですよ!」
変わってねーよ手品用品メーカーの弛まぬ企業努力だよ。
「いや、な、何でだろうな……」
だがこれは手品……申し訳ないが種明かしは出来ないんだ。すまんミカエル、お前のリアクションが面白かった訳じゃないんだ決して。
「ひ、ひ、ヒナさんも! あ、ああなたも魔女なんですか!?」
「いや、わ、私は違うから……」
必死に笑いを押し殺しながらヒナが否定する。
「ちなみにわたしは魔女よ……次は貴方の目の前でこの黒魔術のペンでそこのサイコロを消してみせるわ」
はい先輩の手品おかわり入りました、さっきガチのマジックを決めた異世界人に伝統的な宴会芸で対抗です。
「行くわよ……このサイコロに注目しなさい」
机の上のサイコロを黒魔術のペンもとい黒のサインペンで指す。
「3」
先輩はわざとらしくペンを振り上げ、ゆっくりとサイコロへと振り下ろす。
「2」
同じ動作を繰り返せば、もうミカエルの目はサイコロに釘付けだ。俺はサインペンに注目だ。
「1!」
最後は、勢い良く振り下ろす……だがサイコロは消えない。当然だ。
「何だ、サイコロなんて消えないじゃないですか」
「よく見なさい異世界人」
だってこれは、黒魔術のペンを消すマジックなのだから。
「……ペンが消えたわ」
――襟の後ろにサインペン刺さってるぅ!
「どやぁ」
気付くか、気付くかミカエル……この本当に種も仕掛けもない伝統的な宴会芸に。
「マナ●ァああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ダメだった。ミカエルは懐からゲーム機を取り出し、光の速さで電源を入れた。
『もう、ミカエル君どうしたの?』
助けてくれお前の彼氏の目節穴だよ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
『もしかして……私に会いに来てくれたの? 嬉しい……』
そうなのか? そうかもな……。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
『ふふっ、一緒に帰ろ?』
「うんっ、いっしょにかえる!」
帰るのかよ。帰んなよちょっと待てよ父さんに用事あっただろお前、なに下校デートしてんだよ。
なんて言うべき背中は遠く、ミカエルは何処かに消えましたとさ。はいマジックショーこれにて終了、皆様お疲れ様でしたと。
「悪い事したかな」
「まぁ異世界を満喫してるって事で」
ミカエルが去った後の扉を見ながらヒナがそんな事を呟くので、一応のフォローをしておく。思い返せばこっちに転生して来て全てが新鮮に見えたあの時代は結構楽しかったんだ、きっとあいつもそう思う日が来るだろうさ。
「けどハ●ズ先輩」
「ミノリよ」
すいませんそのサインペンもハ●ズで買ったんだろうなって思ったからつい。
「あんまりからかわないで下さいよ、どうも異世界だと魔術ってのは調べるだけで殺されても文句言えない存在みたいなので。中世ヨーロッパの魔女狩りみたいに」
ただまぁ、やり過ぎはよくない。世界を跨がなくたって、この国では普通だと思ってたジェスチャーがあの国では侮辱行為だってのはよくある話だ。
「わかった、困ったときは素直に人を頼る事にするわ」
先輩は髪をかき上げてから、まだ残っていたメロンソーダをぐいっと飲み込む。
「頼れる人がいるんですか?」
「バカにしないでくれる? それぐらいいるわよ」
「例えば?」
友達少なそうだもんなこの人。
「ハ●ズの店員さん……」
常連じゃねぇか、頼るのは買い物の時だけにしてあげなさい。
「ところであなた、何しに来たの?」
何しにって、手品を見に……じゃなくて。
「ああ、ミカエルが今日は俺の父親に会いたいって言ってたんだけど……ここを出たら探しにでも行くよ」
しまった携帯の番号聞いておけば良かったな、まだ学校に居てくれたら良いんだが。
「あなたの父親って、異世界人が会いたがるほど凄い人なの?」
「いや、ちょっと一悶着あってさ」
父の職業は珍しいが、それでも異世界の公爵家の跡取り様が合う程じゃない。というか理由がしょうもないので、正直に答えたくないのだ。無駄に感じてしまった居心地の悪さを拭いたくてつい壁にあった本棚に視線を移してしまう。
『明日から出来る! カードマジック50選』
『世紀の奇術師ラングレーの世界』
『最新マジックグッズカタログ』
手品同好会ですよね、という言葉を何故か無性に言いたくなくて、必死に黒魔術っぽい本を探す。滅多に使わないのか本棚の下の方にそれっぽいのが並んでいた。
『中世錬金術師の真実〜アレイスタークロウリーは実在した!』
『漫画でわかる悪魔大辞典』
『東欧魔女狩説話集2』
一番最後の本を思わず手に取ってしまう。内容に興味があったわけじゃない、気になるのは著者欄だ。
「あ、これ父さんの名前だ」
訳、皆川聡志と書いてある。ページを捲ると母さんの出身地周辺の話が中心だったので間違いないだろう。裏表紙を見れば……定価だいぶ高いな、同じ厚さの小説の四倍ぐらいするぞ。
「皆川聡志、翻訳家の!?」
「え、あ、はい」
机を叩き目を輝かせる先輩。なんか最近大人気だなうちの父さん、本人は大人気ないだけなのに。
「これと、これとこれとこれとそれ、そこの本も!」
本棚から素早く本を取り出して、先輩は手際よく紙袋へと入れて俺に突き出して来た。
「サインもらって来てください!」
もちろん紙袋はハ●ズのロゴがしっかりと書いてある。
「意外、こんなの出してたんだ」
ハ●ズの紙袋に仕舞われた単行本のタイトルを見れば、普段の父親の言動とはかけ離れたお堅いタイトルが並んでいる。民俗学、とでも言えば良いのだろうかこういう本は。
「あのねぇ息子くん、確かに向こうでの皆川聡志は日本のポップカルチャーでの翻訳のイメージが強いけれど、こっちだとヨーロッパの民話や伝承の翻訳が有名なのよ? 訳も丁寧だし注釈も正確で……何よりわかりやすいわ」
「まぁ母さんに聞いてるからな細かい事は」
母さん、これそれって言葉はどうニュアンスなの? というやり取りはうちで最も交わされる会話の一つだろう。
「それで息子くん……こういう草の根的な民話や伝承を日本語で誤解なく読む事が出来るのは、これ以上にない文化資本なの。それぐらい言葉って大事なの。わかる?」
「は、はぁ……」
早口で言われてよくわかんないですけど。
「わかってないわね。例えばそうね……山という言葉を思い浮かべてみて。何を想像したの、富士山、エベレスト? まぁどっちでも良いけどあなたがその山を思い浮かべられるのはあなたがその山を知っているからよ」
確かにグランテリオン王国の霊峰バルストリアなんて日本人には想像できないわな。
「だけど高尾山しか知らない人は高尾山しか出てこないのよ。つまり言葉というものはね、わたし達が思っている以上に個人の記憶やイメージに依存しているの。だから外国人と日本人ではどうしても差異が出てしまう……だからこそ異国の人々が扱う言葉を違和感なく再定義出来るというのは、この上なく凄い事なのよ。単語を直訳するだけでは出来ない仕事よ」
演説を終えた先輩は、精一杯胸を張って鼻を鳴らした。父の話をここまでされるとくすぐったいが、一切黒魔術関係なかったな今の話。
「つ、伝えておきます」
「あなた名前は?」
「……皆川ユウです」
「ふーん」
そう言えば名乗っていなかった事を思い出し、特に面白味のないフルネームを先輩に伝える。ところで何ですかねその値踏みするような目は。
「あなたと結婚すれば皆川先生の娘になれるってわけね」
いやぁ、それはちょっと遠慮しておきます。
「やだなぁミノリ先輩ったら」
と、先輩の肩を背後から伸びた手が鷲掴みにする。怯える先輩が振り返った先にいるのは、俺の幼馴染様である。
「冗談とか言うんですね、私まだこの部活始まったばかりだけどもっと真面目な人だって思ってましたよ。それに聡志さんって結構おちゃらけた人だから生真面目なミノリ先輩とは相性良くないと思うんですよね。憧れは憧れのままの方がいい事もあると思いませんか? 思いますよね、だってさっき本物の魔法見てものすごくびっくりしてましたもんね。そうですよ聡志さんの事だってマリカさんにデレデレの所見たら耐えられなくて泣いちゃうかもしれないですよ? それにさっきミカエル君が持ってたゲームだって元々は聡志さんのみたいですしそういうの買う人だって」
すごいぞヒナ、今お前使えてるぞ黒魔術……『圧』という名の黒魔術が。
「あ、じゃあサイン貰ったら部室にでも届け」
「私が届けるよ?」
ですよね。
「……ヒナに渡します」
さーてミカエルでも探しに行くとしますか。
「そうそれで聡志さんってもうびっくりするぐらいオタクの人ですからミノリ先輩ってそういうの耐性無い人ですよね? あ、私はそういうの慣れてますけどね。何だかんだで週に二、三回は晩御飯ご一緒してますから。でもマリカさんってすっごい金髪の美人の奥さんで聡志さんのためにコスプレ衣装手縫い出来ちゃうぐらいの人なんですよ。先輩に出来ませんよね、無理ですよね? そうですよね、先輩に出来る事って今のところハ●ズで買ってきた道具と手品とも言えないような手品で異世界から来た人を初見殺しで追い返す事ぐらいですもんね。言っておきますけど普通の人はあんなに驚いてくれないですからね? そうだ折角だから文化祭はもっと派手な事やりましょうよ! 私切断マジックとかやってみたいんですけど」
「息子くん、ハ●ズで脱出マジックの道具を買ってきて……」
震える声でそんな事をハ●ズ先輩が呟くが、流石にそんな大掛かりなものは置いてないと思うので。
「お得意の黒魔術で何とかしてください……」
まぁ、いたいけな異世界人を騙したツケが早速回って来たという事で。
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