第六話 名前④~優しくて頼りがいのある先輩~

 ――ピポピポピポピポピンポーン。


「はいはいはいはーい! 今でまーす!」


 あっお客さんかなぁうわぁこんな時間にどなたなんでしょうね灯里さんが通販で何か買ってたのかないやぁ宅配ボックスとか用意したほうが良いんじゃないですかいや他意は無いですよ他意はお宅の大切なお嬢さんと別にこうナニが何して何がなになに誰誰誰ですかこんな時間にまったくもう非常識は。


 と、インターホンで確認すらせずに玄関の扉を開ける。……うん、誰もいないな、うん。さーて扉閉めますか。というわけで扉をゆっくり閉めようとすれば、小さな黒い革靴に邪魔されてしまった。


「ちょっと、下よ下!」


 下。改めて扉を開ければそこには、まぁ土曜日に会うことは無いだろうと思っていた人がハン●の紙袋を持っていた……紙袋でネタバレするのやめてくれませんかね?


「ここ、綾崎の家よね?」

「あ、どうもハン●先輩」

「ミノリよ」


 小さく頭を下げる。なんでいるんですかねここに。


「で、ここって綾崎の家よね? 表札間違ってないわよね?」


 表札と俺の顔を見比べながら、先輩がそんな当たり前の事を尋ねて来た。


「そうですけど……家知ってたんですね」

「わたしがなぜ知っているか気になるようね」

「いやいいです」


 オチは知ってるんで。


「さっきね綾崎からね、今日は具合悪いから明日一緒にハン●行けないって連絡もらって……折り返し電話しようとしたけど繋がらないから心配になって見舞いに」

「あーそうですね、さっきヒナがスマホの電源切ってました」


 そう言えば話始める前にヒナがスマホいじってたな。あれって先輩に連絡してたのか。


「そう、無事なら良いわ。それで親御さんは? ご挨拶だけでも」

「ヒナの父親は単身赴任で、母親は看護師さんで今日も夜勤なんです」

「ふぅん、なら折角だし息子くんの親御さん……というか皆川先生にご挨拶を」

「母さんと一緒に神奈川で仕事です。しばらく泊まりになるって」

「そうなの」

「ですね」


 先輩は顎に手を当てて、もう一度表札と俺の顔を見比べる。おかしいな、何で珍しくもない事を確認したんだろうこの人は。


「あ、ミノリ先輩……ごめんなさいこんな格好で」


 と、ここでベットから起き上がったヒナが先輩を出迎えに玄関へとやって来た。しばらく横になっていたせいで髪は乱れ、呼吸が楽になるようにブラウスのボタンも最低限しか閉じていない。顔もまぁ、さっきあんな事があったせいで少し赤くて。




「……ハレンチ!」




 違います先輩何もしてないです何も出来なかったんですどこかのだれかのせいで。


「ハレンチよ二人とも……水臭いわね、そうならそうって言ってくれたらいいのに! これじゃあわたしは後輩の見舞いに来た優しくて頼りがいのある先輩じゃなくて、空気が読めなくて間が悪いだけのチビじゃない!」


 そうですね。


「あっ、先輩違うんですヒナはさっきまで寝ていて、それで服が」

「『寝て』て、『服』が!?」


 都合の良い耳しやがってよぉ。


「あ、いやそうじゃなくて私今からお風呂に」

「風呂、風呂ってほら、ほーらハレンチ! 大体さっきから何なのよ、どっちも親御さんがいないとかスマホの電源切ったとか、出てくる話題が全部ハレンチ直航便じゃない! あなた達、昼間っから何やってたのよ!」

「あの本当に違うんですミノリ先輩、今日は朝から遊園地に行ってて」

「デート! デートからのハレンチ横一文字ッ! はぁーっ! どうせお化け屋敷で手とか繋いだんでしょ! キャァーッ!」


 茶色寄りの黄色い悲鳴を上げる先輩。


「それは、まぁ……はい」


 俯きながらヒナが素直に答える。あのヒナさん、年上だからって全部素直に答えなくて良いんですよ?


「ほーらやっぱり! こんなのもうパーフェクト鉄板ハレンチコースよ! かーっ青春の味! 甘酸っぱ〜い!」

「先輩、近所迷惑ですからせめて静かに」


 ヒナがそう頼めば、ついに先輩は静かになった。ゆっくりと玄関の中に入り扉を閉めると、紙袋を俺に手渡し小さな両手で顔面を覆った。


「黒魔術」


 あ、中身ちょっとお高いせんべいだ。


「黒魔術、『私は壁』、私は壁なのよ……あなた達からは見えないわ……だから二人ともハレンチを続けなさい……」


 指の隙間から目を見開きながら、そんな事を言い出す先輩。


「いやだから本当に」

「お仕事忙しいけど家族の時間を大事にしてくれるパパ、いつも優しくて何でもできるけれどお菓子作りだけは苦手なママ、ミノリは今日大人になります……できたばっかりの後輩二人によるダブルハレンチで予習します、あっ『デキた』とか言っちゃった、ダブル、いいえトリプルミーニングハレンチだわ……いつもわたしを可愛いって言ってくれるおじいちゃん、こんな卑しいちんちくりんに素敵な殿方は現れるのでしょうか……全然お見合い結婚でいいです」


 知らねぇよ先輩の将来設計は。


「せ、ん、ぱ、い!」


 ヒナが語気を強めて詰め寄ると、ようやく大人しく黙って直立不動してくれるハレンチ先輩。あの先輩は知らないと思うんですけど俺達さっきまでハードな話してましたからね? 異世界人でもドン引きするレベルの話してたんですからね? ハレンチは、まぁちょっとその後になりかけてましたけど。ハレンチ未遂だったかも知れませんけど。


「その、ミカエル君とアリエスさんが向こうの世界のお姫様に攫われて……どうしようかなって思ってたんです」


 と、ここでようやく本来俺達が話し合うべき事を改めて言葉にしてくれるヒナ。そうだよ俺の過去の話も繋がってるかもしれないけれど目下解決しないといけないのそれだよ。


「ね、ユウ」

「ああ、そうだな」


 過去よりも大事なのは今この瞬間だ、ミカエルとアリエスの無事を確かめる事が、今の俺がやるべき事なのだから。


「なるほどね」


 じゃ、先輩お疲れ様でした。後はこうヒナといい感じに話し合うんで。いい感じってハレンチ的な意味じゃないですからね、今のところは。


「この優しくて頼りがいのある先輩を……頼ってもいいのよ」


 自信満々のドヤ顔で自分の顔を親指で差すハレンチ先輩。




 あぁ~~~~~マジで帰ってくれねぇかなぁこの人はよぉ~~~~~~~~~~っ。

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