最終話 陽のあたる場所で君と小鳥の鳴き声を聞けたなら⑤~雛鳥~

「ねぇみんな、何の話を」

「動かないでくれ」


 慌てふためくヒナに武器を突きつけるアインスと兵士達。ただの女子高生一人を相手に対して随分と物騒な対応をするせいで、思わず狂った笑いが漏れる。


「何やってんだよ……なぁ、何をやってんだよ、アインス」


 ヒナの前に立って、彼女をかばう。


「そこをどけ、ユウ……どいてくれ!」


 鬼気迫るアインスの表情に思わずたじろぐ。そのまま縋るように振り返って、ヒナの顔をじっと見つめる。


「なぁ、ヒナが魔王だなんて……何かの冗談だよな」


 その問いにゆっくりと彼女が頷く。そうだよ、ヒナはただ普通の人で、異世界なんか関係なくて。


「知らないよ、覚えてなんかいないよ……あの世界の事も、あなた達の国の事も」


 怯えた声を彼女は上げる。そこでふと思い出すのは、いつかのヒナとの会話だった。


 ――ユウはいつから『ユウ』なの?


 幸い俺ははじめから勇者としての記憶があった。あの最後の瞬間から、今日まで意識が続いている。


 だけど魔王が俺と同じだなんて保証はどこにも無かったんだ。いつどこで記憶を取り戻すかなんて決まってなんかいなくって。


 だからもし、それが。

 

「勇者が一人で魔王城に来た事だって」


 たとえこの瞬間だったとしても。




「……こんな風に思い出すの?」




 瞬間、世界が歪んだ。黒く、黒く。光を飲み込む無数の漆黒の帯がヒナの胸から現れると、そのまま彼女を包み込む。


「……ヒナ?」


 なぁ、何やってるんだよ。違うだろ、そんな事する奴じゃないだろ。何だってそんな物がお前の体を覆ってるんだよ。


「彼女が勇者様と同じ日に産まれたというのが……一番の事件だった訳ですね」


 そんな訳ないだろう、ヒナはたまたま同じ誕生日だっただけじゃないか。なのに、何でお前は杖を彼女に向けて。


「やめてくれユーミリア!」


 彼女の前に両手を広げて立ちふさがる。だってこれは、そんな物を向けていい相手じゃないから。


「いいえ勇者様……やめるわけにはいきません。だって彼女が、私達の探していたっ!」


 ヒナを覆った漆黒の殻に向けて、ユーミリアが魔法を放つ。それに呼応するかのように、一本の黒い帯がその魔法を絡め取り――。


 帯の先を槍に変え、ユーミリアへと一直線に飛んでいった。死ぬ。避けられない、間に合わない。この世界に転生して初めて、俺の目の前で、人が。


「ユーミリア!」


 娘の名前を叫んだアインスが、ユーミリアを突き飛ばせば、黒い槍がそのままアインスの脇腹を突き刺す。槍はそのままヒナを覆う殻へと戻れば、破れたアインスのシャツの隙間からは血が吹き出した。

 

「お父様!」

「大丈夫だ……傷は浅い」


 脇腹をさすりながら、アインスは笑みを浮かべる。そのまま剣を出して構えれば、黒い殻に亀裂が入った。


 違う、違う違う違う。剥がれ落ちる殻の隙間から、その顔が瞳に映る。長く伸びた銀の髪に、こめかみからは日本の角が長く伸びて。


 瞬間、爆ぜた。まだ残っていた外殻をただ篩い落とすためだけに、魔力の暴発が巻き起こる。机を、兵士を、天井までも吹き飛ばし。


 東京の青空を背に、四枚の黒い翼を広げる。


「しかし、こいつはまるで」


 違う、違う違う違う。何度も自分に言い聞かせる、必死に自分に言い訳をする。記憶の中にある、あいつのあの姿よりも少しだけ幼いそれが。




「魔王の雛鳥だな」




 ヒナな訳無いじゃないか。

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