最終話 陽のあたる場所で君と小鳥の鳴き声を聞けたなら①~魔王探し~
あれから一週間、俺を待っていたのは変わり映えのない学園生活だった。いつものバスにヒナと乗って、それから授業を受けて。そして放課後は……。
「ユウ、この後時間ある? いい加減ミノリ先輩が入部届出せってさ」
「ああ悪い、そろそろ出さないとな」
ヒナにそう答えるものの、その後ろにはミカエルとアリエスが控えている。
「ユウさん」
「ユウ殿」
二人は神妙な面持ちで俺の名前を呼ぶ。変わり映えのない学園生活は……放課後までだ。
と、ここで俺のスマホがなった。今日も登録名『クソ野郎』からの呼び出しだ。
「はいもしもし」
『あもしもしユウか~~~~? ちょーっと今日も手伝って欲しい事が』
『お父様、お昼から飲まないで下さいと何度も』
『王命だからな、王命! 絶対来いよ、絶対来てもらうか』
『すみません勇者様、ですが手伝っていただきたい事があるのは本当の事でして』
『絶対だぞ!』
親子の会話を聴き終えたので、そのまま電話を切る。
「だ、そうです」
肩をすくめて苦笑いを浮かべれば、ヒナは遠慮がちな笑顔を浮かべた。
「そっか、仕方ないよね……ユウにしか出来ない事があるんだもんね」
ヒナにはあの二人から聞かれた話を既に伝えてはいる。だからこそ、それを理由でヒナにこんな暗い表情をさせて良い筈がない。
だって俺はあの異世界で、誰にもこんな顔をさせない為に戦って来たのだから。
「ヒナも行こうぜ……それであいつの金で好きなだけ出前取ってやろうぜ」
彼女の背中を軽く叩いて、軽い冗談を飛ばしてやる。なにせ一人で来いなんて言われてないからな俺は。
「あいつにヒナをちゃんと紹介しないとな」
この間は夜も遅かったせいでなぁなぁになってしまったが、やはりあいつには彼女の事をちゃんと紹介しておくべきだと思う。
「大事な幼馴染ですってさ」
あいつもヒナも……俺にとって大切な人なのだから。
「幼馴染、か」
ヒナはわざとらしく肩を竦めて、諦めたような笑みを浮かべる。良いと思うんだけどなぁ、幼馴染って紹介で。
「仕方ない、普通の日本人代表としてついて行ってあげますか」
よし、話は決まった。後は後ろの二人だが……。
「お前らも行くだろ?」
ミカエルとアリエスに声をかければ、すぐに返事が聞こえてきた。
「是非もない”ぃぃぃぃぃっ!」
威勢のいい返事をするアリエスのつま先を思い切り踏みにじるミカエル。
「いえ、僕達には急ぎの用があるのでタクシーで先に向かいます。お二人はどうぞのんびりとお越し下さい」
ミハエルはそんな見え透いた嘘を言って、そのままアリエスの手を引いて教室を後にした。ああそう、気を使ってくれたのね。
「……じゃ、のんびり行きますか」
「だね」
それから俺達はあいつの待つキングダムホテルへと、道草を食いながら向かう事にした。
◆
ホテル三階のスイートルーム、ユーミリアの部屋として使われたそこはすっかりと様変わりしていた。壁には大きな都内の地図が貼られ、書籍に机が並べられ。さながらグランテリオス王国の作戦室のような趣に変わっている……まぁホワイトボードとかタブレットとか、王国に無いものはいくつもあるが。
「本日はお越し頂きありがとうございます勇者様、それと……」
扉を開けてすぐに出迎えて来れたのはユーミリアだった。いつかの異世界お姫様ファッションはなりを潜め、淡いピンクのタートルネックのセーターに白いロングスカートと、良いとこのお嬢様のような服装をしていた。いや実際そうなんだけどさ。
「ミカエル、アリエス。ヒナ様にお茶のご用意を」
それから後ろで文官らしき人にタブレットの使い方を教えていたミカエルと、地図を睨みながら何やら話し合っていたアリエスを呼び出す。
「いえいえ、そんなお茶なんて構わないですから」
「ヒナ様が構う構わないではありません、王家としてお客様をおもてなししなければならないという事です」
気を使わせたくないヒナと気を使わないと面子が立たないユーミリア。しかしヒナへの態度に棘があるよな、やっぱりちゃんと彼女の事は紹介しておかないと駄目だな。
「お客様、か」
ヒナ自身もユーミリアとの相性の悪さを自覚しているのか、こっちも棘のある言葉を放つ。
「ヒナさん、あちらの席へどうぞ。僕達も学校からすぐ来たので、少し休みたいんですよ」
と、ここで気配りのできる男ミカエルがそんな言葉で場を和ませてくれた。さぞカノジョも鼻が高いだろうなぁ。
さて、残された俺はと。
「よう『ユウ』か、よく来てくれたな」
白いスラックスと黒いワイシャツのおっさんと仲良くお仕事と行きますか。しかし一九〇を超える長身や火傷の痕も相まって、本当マフィアの幹部にしか見えないんだよなこの格好。
「『アインス』、酒は抜けたか?」
結局俺達はお互いに今の名前で呼び合うようになっていた。あれから時間が経ちすぎたし、何よりお互いに今の名前も大事にしなければいけないのだから。
「ああ、飲まないとやってられないけどな」
「つまり手がかりは」
「ほとんどなし、だな」
どうやら人を呼び出しておいて、今日も大した収穫が無かったらしい。収穫というのは勿論『魔王の卵』の痕跡なのだが……まぁそんなものが簡単に見つかる筈もなく。
と、こいつに話があったんだよな。
「そうだアインス……父さんの大学に翻訳持ちの文官を手配してくれただろ? ありがとうって昨日の夜電話があったよ」
父さんが絶賛修羅場中の大学の話をすれば、アインスは貴重な人材を快く派遣してくれた。こちらの文化も吸収できれば、という目論見はあったのだろうが、それにしたって『翻訳』で日本語を覚えさせた文官は安くない。
「なぁに、お前が今こうして生きているのは立派に育ててくれた人がいてこそ、だ。もし酷い親だったら……もしかしたらお前は死んでるかもって」
「思ってたか?」
「まさか」
お互いに肩を竦める。酷い親でも生きていけるという事は、何分前世で証明してしまったのだから。
「……少し整理するかぁ」
アインスは頭を掻きながら、近くの酒瓶に手を伸ばす。が、流石に自制心が働いたのかそいつには触れないでいてくれた。
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