囚われた心
「何をする、止めろ」
絶叫にも似た叫び声が響く。火鳥は声のした方へ走る。そこにはストレッチャーにベルトで括り付けられた人見の姿があった。
「人見さん、生きていたのか」
「火鳥さん、助けてくれ」
人見は顔を横に向け、必死の形相で火鳥に助けを求める。
人見の周辺に手術帽を被り、マスクをした白衣が集まってきた。表情が見えず、ただ感情の無い目が自分を見下ろしている。人見は恐ろしさに泣きわめく。
「え、人見さんどうして」
声を聞きつけて走ってきた智也も、溶接工に殺害されたと思っていた人見がここにいることに驚いている。火鳥が人見を助けようと、足を踏み出した。
「邪魔をするな」
威嚇するような怒声が聞こえた。カーテンを開けて入ってきたのは、福原だった。人見に続き、焼け死んだと思っていた福原の顔に、火鳥と水瀬は驚きの色を隠せない。
福原は黒い軍服を身につけ、軍靴を履いている。
「あれは所長室にあった制服だ、何故あいつが着ている」
水瀬は福原を指差す。福原は側近の看守八人を連れていた。八人の首にはドス黒い縄の跡があった。暴動のときに吊られた看守たちの亡霊だ。
「これは私の服だからだよ」
福原は誇らしげに胸を張る。帽子を被ったその顔は写真で見た所長の本郷そのものだった。目はギラギラと不穏な輝きを放っている。時岡は恐ろしさに思わず目を逸らす。
看守たちは火鳥に銃口を向けている。
「福原は私の血を引く孫だ。ここへ来たのも悲願達成の導きのため。この身体はよく馴染む」
福原は本郷に乗っ取られている、と金村が火鳥に耳打ちする。
福原は看守の孫と言った。しかし、実際は所長の本郷省造の血を引く人間だった。本郷の野望を完遂するためにここへやってきたのだ。身体を乗っ取られたのは本意かどうかは今は分からない。しかし、本郷の悪行の手助けをしているのは確かだ。
水瀬は隙をついて動こうとした。足もとに銃弾が飛び、コンクリートの破片が散った。看守が水瀬を狙っている。
「何故俺まで、協力しただろう」
人見がストレッチャーの上で暴れながら喚く。
「そうだ、貴様が欲していた資料は見せてやった」
福原は口髭を整えながら口角を釣り上げる。
「穢れた心臓がまだ足りないのだよ」
福原の合図とともに、白衣の医者が人見の服をはだき、胸にメスを入れた。
「ぎゃあああ」
麻酔も無く胸を裂かれ、人見は激痛に涙と鼻水を流しながら悶え苦しむ。聞くに堪えない恐ろしい叫びに、真里は耳を塞いだ。目の前で行われる恐ろしい殺人に、火鳥は唇を噛む。
絶叫と嗚咽が繰り返され、やがて静かになった。別の医者が医療鋸で肋骨を切り開く。もう一人が胸腔内に慎重に手を入れ、心臓を掴みだした。メスで大動脈を切断すると、噴水のように血が迸る。
三人の医者は頭から血を浴び、白衣を鮮血に染めていた。心臓を掲げると、不思議なことにまだ鼓動していた。水瀬は顔面真っ青になり、膝がガクガク震えている。
人見の心臓を持った医者が恭しく階段を上っていき、一際巨大な筒状の設備の前にやってきた。中にはドス黒いものが蠢いている。
「特別に見せてやろう」
福原が片手を上げると、天井の電灯がついた。明かりの下に晒されたのは、赤黒い塊が無数に詰め込まれたガラスポッドだ。それぞれがドクドクと脈打っている。
「あれは、心臓か」
火鳥は目を見開く。そのおぞましい光景に誰もが絶句した。真里は智也の胸に顔を埋めた。医者が人見の心臓をポッドに投げ込んだ。
「あの数、百、いや千はあるかしら。おそらくここが新築されたときから憐れな囚人の胸を切り裂いて抜き取って集められたものね。切り出された心臓がまだ動いているのは呪術のなせる業でしょう」
金村は冷静な態度を崩さないが、その声音には動揺が微かに感じられた。
本郷は両手を広げ、口元を歪めて笑う。
「これで悲願は達成される。戦争はまだ終わっていない。強化された呪術で兵器を生産し、日本を勝利に導くのだ」
勝ち誇った表情の本郷は狂気に溺れていた。火鳥はその執念に唖然としている。
「お前たちの集めた三種の神器をここへ」
本郷はピタリと笑うのを止め、冷酷な瞳でこちらを見る。
本郷の指差す先には祭壇が設えてあった。その上部にはあの心臓が詰め込まれたポッドが揺れている。
「我々が触れること叶わぬ神器を集めてくれた礼を言おう」
本郷はわざとらしく帽子を脱いで敬礼する。
「神器を一体どうするつもりだ」
火鳥が鋭い声で尋ねる。
「神聖な神器は裏を返せば強大な力を持つ
本郷は心臓の鼓動するガラスポッドを見上げる。これを集めるのに八十年余の歳月が必要だった。愚かな囚人ども起こした暴動で殺害され、計画は頓挫した。
しかし、ここに集めた呪力で魂は留まった。廃された刑務所に興味本気でやってきた浮かれた現代人は利用できた。
看守が水瀬と金村、真里に銃を向ける。本郷は神器を祭壇に奉納しろと再び指示をする。
「真里、俺がやろう。覇神魂を渡してくれ」
真里は躊躇いながら火鳥に覇神魂を手渡す。
「遙兄、あんな奴に渡していいの」
「大丈夫だ、心配するな」
火鳥は真里を安心させるよう微笑む。今はこうするしかない。金村はやれやれ、と気だるそうに封魔鏡をバッグから取り出した。
「せっかく手に入れたのによ、後から返してくれるんだろうな」
水瀬は本郷を睨む。本郷は水瀬を冷ややかな目で見下ろし、無言の圧力をかける。水瀬はチッと舌打ちをして祭壇に鬼斬り国光を置いた。続いて火鳥と金村もそれぞれの神器を置いて引き下がる。
神器が祭壇に置かれたのを確認した本郷は、悲願達成と哄笑する。
不意に、本郷の胸に赤い飛沫が散った。
「な、なんだと」
本郷は背後を振り返る。そこには生成の囚人服を着た袴田が立っていた。袴田が腕を引き抜くと、本郷は支えを失ったように倒れた。
「きゃあっ」
真里が叫んで目を逸らす。袴田が手にしていたのはドス黒い本郷の心臓だ。手の中でドクドクを脈打ち、千切れた動脈から鮮血を吹き出している。
「お嬢さんには刺激が強かったね」
袴田は穏やかな笑みを浮かべる。医師に心臓を手渡し、ポッドに入れるよう指示した。
この男は敵か味方か、まだ油断はできない。火鳥は袴田の動向を警戒しながら見守っている。
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