集合は竹野漁港

 神室島へ向かう定期船が出航する竹島漁港は村はずれにあるこじんまりした港だ。神室島への物資運搬や島の人間が稀に本土に往来する他、船を利用する者はほとんどいない。

 時折、変わり者の釣り人が人のいない釣り場を求めて島へ渡ることがある。

 船は週に三度、月、水、金の11時に出航し、神室島から折り返しで帰ってくる。漁師がバイトでやっているような船便だ。


 山を越えてコンクリートの簡易舗装の坂道を下る。対向車があれば、竹藪に突っ込んで離合しなければならないほどの道だ。

 火鳥は智也と真里を乗せ、赤のハスラーで竹島漁港に向かっていた。ハスラーは軽四の割に馬力がある。デザインに惚れ込み貯金をつぎ込んで3年ローンを組んで買った車だ。5年になるが調子も良く、気に入っている。


 漁港に到着し、空き地に車を停めた。トランクから荷物を取り出し船着き場へ向かう頃合いで、真里の顔つきが険しくなってきた。

「アニキ、リゾート施設のモニターツアーって言ったよね」

 真里が智也をじっとりとした目つきで睨み付ける。

「あ、ああ。リゾート化の計画もあるって話しだ」

 それは嘘ではない。智也は耐え切れずに目を反らす。実は、と智也はツアーのチラシを真理に見せる。


「廃刑務所見学って、兄貴のオカルト趣味に付き合わされたわけね」

 ネットのモニターツアー募集ページを見た智也が興奮のあまり、申し込み人数三名と入力してしまい、大学の友人を誘おうとしたが予定が合わず仕舞いに。

 そこで、やむなく真理を頭数に入れたというのが実情だった。それを聞いた真理はおっちょこちょいのアニキらしい、とため息をつく。


「まあ、いいわ。久しぶりの旅行だし、楽しまないとね」

 真理は観念して肩を竦めて笑顔を見せる。

「お前もオカルト物件は嫌いじゃないだろう」

「アニキはそうやってまた調子に乗る」

 真理は智也の腕を肘で小突く。智也は気恥ずかしそうに頭をかいている。昔から仲の良い兄妹だ、と火鳥は思う。


 高校二年生の真理は推理小説作家の父に憧れ、作家を目指している。書きたいものはまだ漠然としているらしく、時々物書きもしている火鳥の事務所に相談にやってくる。

 智也はお人好しで押しが弱いところがあるが、真里は快活で、物怖じしない性格だ。


 初秋の空は青く澄み渡り、陽光に海は眩しく輝いている。狭い入り江に浮かぶのは古ぼけた漁船ばかり。豪華クルーズ船周遊という真里の夢は脆くも崩れ去った。

 入り江の掘っ立て小屋に、似つかわしくない黒いスーツの男女のペアが立っている。名簿を捲りながらボールペンでチェックをしている様子から、モニターツアー主催の旅行社スタッフなのだろう。


「おはようございます、木島さま三名様ですね。本日は神島廃刑務所見学モニターツアーにご参加いただき、ありがとうございます」

 男性スタッフは中桐と名乗り、智也に名刺を手渡す。智也は申し込みの三名が揃っていることを伝える。

「それでは出発時間は11時です。時間になったらこの桟橋へお越しください」

 総勢十名のツアーだという。


 乗船時間までまだ三十分はある。

 真里は飲み物を買おうと周囲を見渡すが、自動販売機すらない。

 やむなく古びた商店のすすけたガラス戸を開けた。日用品や駄菓子、米などが雑多に並んでいる。近所の住人くらいしか買い物に来ないのだろう、大半が埃被っていた。飲み物も種類が限られており、常温で棚に並んでいる。

 真里は緑茶のペットボトルを手に取り、番頭台に声を掛ける。


「はあい」

 間延びした声がして、腰が90度に曲がった老婆がのれんをくぐってよたよたと姿を表わした。

「はい、百円ね」

 端数が出ない価格設定なのだろう。もちろんキャッシュのみだ。

「若い子が珍しいね、釣りにでも来たのかい」

 老婆はビン底眼鏡をずらして真里の顔をじっと見つめたあと、連れの火鳥と智也を見比べる。鄙びた漁港に似つかわしくない若者だと思ったのか、興味を惹かれたようだ。


「これからツアーで神室島へ行くんです」

 真里の言葉に、老婆の顔が曇る。皺の寄った額にさらに皺を寄せて怪訝な顔で首を傾げる。

「あんな島に行くもんじゃないよ」

「えっ」

 思わぬ批判に、真里は困惑する。

「神室島をよく思われていないようですね」

 興味を示した火鳥が黒縁眼鏡をくいと持ち上げ、老婆に尋ねる。


「あの島には戦前にできた刑務所があってな。本土におけない悪者を押し込めておった。島全体に怨念や邪念が渦巻いているんじゃ。近くで漁をしていた船が転覆したり、海流に流される死体を見たりしたと聞く。今でも好んで近付くものはおらん」

 老婆は恐ろしげに首を振る。

神室島かむろしまは地元の者は監獄島とも呼んでおる」

 老婆の不穏な話に、真里は背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。


「そういえば、去年も三人の若者がここへきよった。菓子や飲み物をたくさん買い込んで島に渡ると言っていたが、もしや監獄島に渡ったんじゃないだろうか」

 老婆はくわばらくわばら、と両手を合わせて祈るそぶりを見せた。


「いいじゃないか。そそるね」

 商店を出て、火鳥はニヒルな笑みを浮かべる。

「怪談ブログのネタになるね、遙兄」

「ああ、良い取材ができそうだ」

 オカルトマニアの二人を真里は呆れた顔で見つめている。


「頼むぜ、ここまで来たのに二日後なんて勘弁しろよ」

 桟橋のところへ戻ってくると、大人げなく喚く者がいた。

 黒いスーツに赤色の開襟シャツ、手首には金色の腕時計、よく磨かれた革靴。長めの前髪を後ろに撫でつけ、整えた眉の下には切れ長の鋭い目が光っている。

 長身で迫力のある男だ。背後にひょろ長い白いジャージの男と、小柄だが丸々とした黒いジャージの男が控えている。


「あの男、見るからにヤクザだな」

 火鳥は吐き捨てるように呟く。スタッフの中桐はたじたじで、でも、ですから、と歯切れ悪く断りを入れている。若い女性スタッフは彼の背後で状況をひやひやしながら見守っている。

「おい、あんた」

 見かねた火鳥が間に割って入った。眼鏡をかけた一見真面目そうな青年の姿に、赤シャツの男、水瀬博史は首を傾げる。

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