ツアー客の顔合わせ

「お前、だれだ。俺はこいつと話してんだ」

 水瀬は目を細め、唇を歪める。こいつと言われて指さされた中桐は縮こまっている。

 智也と真里は明らかにヤクザと思われる強面に堂々ケンカを売る火鳥を、心配そうに見守っている。

「諦めろ、船は二日後だと言っている」

 火鳥は水瀬の迫力に怯える様子もなく、冷静に水瀬をあしらう。


「お前もこのイカれたツアーの客か」

 水瀬はチッと舌打ちをする。好き好んで廃刑務所に行くなんて気がしれねえ、とブツブツ呟いている。

「俺も“仕事”でその、神室島か、に行かなきゃなんねえんだ。オヤジの遺言でよ。もう余命幾ばくもねえ。最後の願いを叶えてやりてえんだ」

 水瀬はポケットからタバコを取り出し、金張りのダンヒルで火をつける。これ見よがしに煙りを吐き出し、威圧する。


「この船、定員は何人ですか」

 火鳥が桟橋に停泊している漁船の船長に声をかける。

「十名だ」

 ツアーのメンバーは十名、満員だ。

「そもそも船は貸し切りという規定になってまして」

 中桐がおずおずと申し出る。水瀬はタバコを咥えたまま中桐を睨む。

「ということは、定期船が別に出るということですか」

「ああ、そっちに停まってるやつだ」

 火鳥の問いに船長が隣に停泊している年季の入った小型ボートを指差す。


「お前たちはあっちに乗ればいい」

「お、そうか」

 火鳥の提案に水瀬はあっさり納得したらしい。タバコを靴底で揉み消し、小型ボートの方へ歩いていった。中桐はヤクザとのトラブルを納めた火鳥に感謝している。

「遙兄、すごい。ヤクザを追っ払っちゃったね」

 真里が感激して火鳥の腕にしがみつく。

「ああいうのは自分の要求が通ればすぐに引き下がる」

 火鳥はつまらなそうにひとつあくびをした。


 出発時刻となり、桟橋に参加者が集まってきた。廃墟ツアーというから一体どんな変わり者がやってきたのかとお互いに興味津々だ。

「皆さん、改めましておはようございます。私は皆さんと一緒に島へ参ります晴野リゾートの中桐、こちらは早稲田と申します。何かあればお申し付けください」

 中桐は前髪に白髪がやや混じり始めた四十代前半、礼儀正しく無難なスーツに身を包みいかにもサラリーマン然としている。

 早稲田るりは二十台後半、ナチュラルメイクのショートボブで、笑顔を振りまいている。


 中桐が参加者の名前を呼びながら、ツアーの旅程と見学の注意事項を配布する。

 人見ひとみ 真吾と秋山 路瑠みちるは30代、会社の同僚で恋人同士だという。誠実でおとなしそうな人見に、ハキハキして押しの強そうな秋山は今時のカップルという雰囲気だ。


 河原 康聖こうせいは50代前半、首から本格的な一丸レフをぶら下げている。背中のリュックとは別に肩に大きなカバンをかけている。レンズが入っているのだろう。産業遺産や廃墟の写真集を出しているプロのカメラマンということだった。


 時岡ときおか 史生ふみおは30代手前、くせ毛のミディアムマッシュで長い前髪に目元が隠れて表情がつかみにくい。口数は少なく、人と打ち解けるのが苦手な印象を受ける。


 金村かねむら 琴乃ことのは年齢不詳だが、おそらく30代半ばだ。ベリーショートの髪は光に当たると紫を入れているのが分かる。

 肩にはダマスク柄の黒と紫のショールを羽織り、ダークブルーのドレスに派手な真鍮の飾りベルトをつけている。足元のサンダルにはラピスラズリが編み込まれていた。彼女が参加者の中で一番目を引いた。


 桟橋から漁船に乗り込む。

「これが神室島へのチャーター船というわけか」

 簡素な渡し板に足を掛けた河原が皮肉を口にする。操縦席以外屋根は無く、デッキには簡易ベンチしかない。

「これから約1時間の船旅です」

 中桐がエンジン音に負けないよう声を張り上げる。ガソリンの匂いが立ち込め、船尾から黒い煙が上がる。船は竹野漁港を出発し、穏やかな瀬戸内海へ乗り出した。


 真理は海風に帽子が飛ばされないよう頭を押さえる。

 風光明媚な瀬戸内の島々を横目に、漁船は白い波しぶきを上げて走る。大きな橋げたの下を通り過ぎ、さらに沖を目指す。遥か遠くに悠々と大型タンカーが進むのが見えた。

「漁船でクルーズも悪くないわ」

「そうだろう」

 きらめく海に目を細める真理はすっかり機嫌が直って旅を楽しんでいる。智也もホッと安心する。


「この辺りになると島が少なくなってきたな」

 周囲を見渡すと、先ほどまで人家や工場のある大きい島が点在していたが、今はめぼしい島は遠くに霞んでいる。

「絶海の孤島という触れ込みは伊達じゃないようだね」

 智也もいよいよ近付いてきた島影に心弾んでいる。


 ***


「なんだよ、客は俺たち三人か」

 神室島行きの定期船に乗り込んだ水瀬は木箱に脚を組んで座り、早速文句を垂れる。黒ジャージのジョーが船長に一人頭八百円、三人分の船賃を支払う。白ジャージのレイはひょろ長い身体を折り曲げてベンチに腰掛ける。足もとにはズタ袋が積んであった。島への郵便物だという。

「はいまいど、お客さん変わってるね、スーツなんか着て」

 気の良い若者だ。面倒を言いつけられてふてくされた水瀬の態度も物怖じせず笑い飛ばしている。

「極道は見栄が大事よ」

 水瀬は金張のダンヒルでタバコに火をつける。


「兄ちゃんは漁師か」

 水瀬が若者に声をかける。

「そうだ、普段はこの辺で投網をしてる。この定期船の仕事はバイトみたいなもんだ。客がいる日は珍しい」

「神室島に行く奴はそんなに少ないのか」

「そうだな、時々釣り人を乗せるくらいだ」

 話を聞く限り、島に娯楽は無さそうだ。水瀬が大きな溜息をつく。


「神島刑務所ってな、どんなところだ」

 水瀬の言葉に若者は一瞬押し黙る。

「この辺の者はあそこには近付かないよ」

 神室島の集落の反対側に廃刑務所はある。船は集落の桟橋に着いて、また戻る。刑務所側へは行かないという。

「あの刑務所は呪われてる。あの近辺で漁をしても魚は捕れないし、船の転覆事故も頻繁に起きてる。俺のじいさんは絶対に近付くなって言ってた」


 水瀬は若者の話にみるみる青ざめる。

「刑務所は今でも動いていて、囚人を集めているって噂があるよ」

 恐怖が絶頂に達した水瀬は頭を抱える。

「アニキ、よくある廃墟の噂ですよ」

 ジョーの気休めに、水瀬は情けない顔を向ける。どんないかつい相手でも怖いもの知らずに突っ込む水瀬だが、こうしたオカルト事案には滅法弱いのだ。


「俺は帰る。今すぐ引き返せ」

 水瀬は立ち上がり、真顔で若者に詰め寄る。

「何いってんだ、無理だよあんちゃん」

「アニキ、観念してください」

 ジョーが水瀬を必死で説得し、レイが無言で羽交い締めにする。帰ると言い張ってずいぶん暴れたが諦めたらしく、大人しく木箱に座って暗い影を落としている。

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