監獄島からの脱出-別冊・火鳥探偵社のKファイル
神崎あきら
プロローグ YouTuber失踪事件
神島廃刑務所潜入レポート(1)
武骨なコンクリート製の桟橋で漁船を下りる。瀬戸内海とは思えない荒波がコンクリートにぶつかっては砕ける。
神室漁港を出発してからさらに風が強くなった。波に揉まれて揺れる船に酔った川西みどりは、桟橋に降り立ってすぐさましゃがみ込む。胃から酸っぱいげっぷが上がってきたが、何も出なかった。
「マーライオンか、みどり」
後から降り立った小暮蒼太がげっそりとした表情のみどりを茶化す。
「ばか、本当に気分が悪いんだから」
みどりはしゃがんだまま振り返り、文句を言う。
「本当に迎えは明日の朝でいいのか」
漁船を操縦する地元漁師が吹きすさぶ風にかき消されないよう声を張り上げる。ここに彼らを置いていくのが不安な様子で、目の前に立ちはだかる崖の上をチラリを見上げる。
「いいですよ。明日の朝七時にここに来てください」
森山風斗は若い漁師に手を振る。漁師はしばらく桟橋の若者たちを見つめていたが、舵を切って桟橋を離れていった。
「そんなんで夜通しの取材ができるのか」
風斗がみどりに声をかける。肩に掛けているのは、最近新調した小型ビデオカメラでYouTubeの広告収入で手に入れた。
風斗、蒼太、みどりはオカルト廃墟系YouTuberで、体当たりの現地取材と軽妙な掛け合いが人気を博しており、チャプター5にしてチャンネル登録はうなぎ登りだ。
三人はSNSで出会い、妙にウマがあった。共通項はオカルトの噂のある廃墟に興味があるということだ。
蒼太は19才でプログラミング系の専門学校生だ。いわゆるオタク気質で、映像処理に強い。デジタルイラストも器用に描けるので、デザイン全般をカバーしている。剽軽な性格で、やや不謹慎とも取れる鋭い突っ込みが人気だ。
みどりは医薬品卸売り会社で事務をやっている。化粧映えする顔で、男性ファンが多い。ファッションが趣味で、毎回服装にはこだわりを持っている。胸元や脚を露出しておけばカウントが稼げることを知っている。
風斗は三人のうちで一番年長の25才、学習資材の営業マンだ。会社は正直ブラックで、残業代はおろか休日出勤もタイムカードを切らせてもらえない。就活戦線でどこにも引っかからなかった風斗が最後に受かった会社だ。さもありなんということだった。
風斗は調査、企画担当だ。今回の案件「神島廃刑務所」はみどりの持ち込んだ情報から調査を開始した。調査に取り掛かってすぐに、極上の素材だと直感した。
今はYouTuberとして上り調子だ。このまま上手くいけばクソったれなブラック会社なんぞ辞めてやる。そのためにはライバルが真似できないような過激なコンテンツが必要だった。
桟橋から続く岩を荒く削っただけの急な階段を登っていく。
「ここを囚人たちが登っていったのね、ちょっと、スカートの中を取らないでくれる」
みどりが背後でカメラを構える蒼太を睨み付ける。
「カメラチェックだよ」
蒼太はペロッと舌を出す。階段を上りきると、鉄条網の巻かれた錆び付いた柵、その向こうにはそびえ立つ黒ずんだ建物が見えた。沈みゆく夕陽が分厚い雲間から射し、空と海を不吉な暗赤色に染めている。
「いい絵になるじゃん」
風斗は腰に手を当てて満足そうに呟いた。
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