神島廃刑務所潜入レポート(2)
「我々は絶海の孤島に浮かぶ脱獄不可能と謳われた刑務所、神島刑務所に来ています」
鉄柵の前に立つみどりが神妙な顔でカメラに向かう。カメラを回すのは蒼太で、時々相の手を入れる。風斗は絵になるロケーション、進行に演出を考えるプロデューサーだ。
「神島刑務所は戦前に凶悪犯を収容する監獄として建設されましたが、戦後まもなく完全閉鎖され、15年の役目を終えました。ここには恐ろしい噂がまことしやかに囁かれて」
ああ、いけない噛んじゃった、とみどりは頭を振る。
「一旦カット、あとからアテレコすればいい」
蒼太の編集技術の腕は信頼できる。
煉瓦造りの重厚な門に設えられた観音開きの鉄柵には、錆び付いた太い鎖が幾重にも巻かれている。それもそのはず、ここは国有地で、建物は経年劣化のため崩壊の危険がある。
クレイジーな一部の廃墟マニアが島の裏側にある漁港の漁師に交渉して、勝手に乗り込んではネットに写真をアップしているような場所だ。
こういう誰にでも行けない場所に価値がある。
風斗は鉄柵に手を掛けた。柵を封印していたはずの鎖が足もとに滑り落ちる。
「何だ、開いてるじゃん」
蒼太は拍子抜けしたようだ。
「こいつを使わなくて済んだ」
風斗はバッグから突き出たボルトカッターを奥にしまい込む。廃墟探索には多少の”融通”が必要だ。
柵を押すと、車輪は土砂に埋もれてほとんど開かない。なんとか半開きまで押し切り、身体を滑り込ませて敷地内に足を踏み入れる。
「おお、すげー!想像以上だ」
興奮した蒼太が目を見開く。
「刑務所ってこんなに立派なのね」
みどりも圧倒されている。
中央に高い三角屋根が建つ荘厳な煉瓦造りの主塔、その両脇に伸びる建屋にはアーチ状の窓が並び、廃墟になる前は瀟洒なホテルを思わせたに違いない。黒ずんだ壁面は一部崩壊し、森から伸びた蔦が我が物顔で鬱蒼と茂っている。
日はすっかり落ちて、空には低い暗雲が渦巻いている。刑務所の背後にそびえる黒い森がいやに存在感を増している気がした。
「正面の建物は事務所のようなもんだ。獄舎はこの奥だよ」
風斗が半ばはずれかけた扉を慎重に押す。重厚な木の扉は斜めに歪んで開いた。その先には半円形の見張り台が見える。蒼太は懐中電灯のスイッチを入れた。
緑色の壁が剥げ、下地の煉瓦が剥き出しになっている。市松模様のリノリウムの床には天井から剥落した木片やコンクリート片が散乱していた。舞い込んだ枯れ葉が見張り台の内側に積もってカサカサと音を立てている。
見張り台の奥には獄舎が続いていた。風斗はネットで見た航空写真を思い出す。煉瓦造りの管理棟から手を広げたような構造で五棟の二階建ての獄舎が建つ。獄舎は独房と複数で収監される雑居房がある。
この五棟以外、奥にも長屋があるが、囚人たちの作業棟や食堂ではないかと思われた。
「刑務所って怖いわ」
みどりが頑丈な木製の扉がついた独房の並ぶ通路を覗き込む。二階は吹き抜けで、天井には鉄格子が嵌め込まれ光を取り入れる仕組みになっている。しかし、ここは囚人を閉じ込める穴蔵に変わりは無い。閉塞感に胸が詰まりそうだ。
「はは、オカルトは平気なのに、刑務所は怖いのか」
蒼太がみどりをからかう。
「こんな場所に閉じ込められて過ごすなんて無理よ」
みどりは小ぶりな唇を尖らせた。
「レポートを続けようぜ、ここでオカルト話を一発入れてくれ」
風斗に促されて、みどりは懐中電灯の光でメイクを整える。姿勢を正してカメラの前に立った。
「獄舎に入りました。独房が並んでいます。月もない夜です、かなり不気味です。この刑務所にまつわる噂を紹介するわ」
みどりはゆっくりと廊下を歩き出す。蒼太がカメラを構え、独房とみどりの姿を交互に撮影しながらゆっくりと追う。
「戦中、この刑務所では恐ろしい人体実験が行われていたと言われています。所長をはじめ、看守もグルで、地下研究所で強靱な人造兵士を作ろうとしたのです」
みどりのヒールがコンクリートの床を打ち、無機質な音を響かせる。
「非人道的な実験で、多くの囚人たちが犠牲になりました。刑務所の閉鎖はそれを隠匿する・・・あれ、何」
みどりが廊下の奥を指差さす。
「外の光が漏れているんじゃないか」
「いや、外はもう真っ暗だ」
独房の並ぶ廊下の先に微かな白い光が揺れている。光は等間隔で点灯し、こちらに近付いてくる。それは天井からぶら下がる蛍光灯の光のようだ。
「こんな廃墟なのに通電しているのか」
風斗は目の前の光景に眉根を寄せる。
「マジのオカルト現象だ」
蒼太は揺れる蛍光灯にビデオカメラを向ける。みどりは震えながら蒼太にしがみつく。
ガン、と音がして振り向けば、独房の小窓から青白い腕が伸びて風斗の腕を掴もうとする。
「う、うわああ」
風斗は飛びのいて逆側の壁に貼り付いた。すぐ横の独房からも血の気を失った腕が伸びて何かを掴もうともがいている。
通路に並ぶ独房から無数の腕が伸びて、不気味に蠢いている。
「ははは、これガチだよ。すごいぜ」
蒼太は通路の中央に立ち、撮影を続ける。すでに半狂乱だったのかもしれない。
「蒼太、これ本気でまずいよ」
みどりが半泣きで蒼太の腕を引く。風斗は恐怖に膝がガクガク震えてその場に立ち尽くしたまま動けない。男たちの低い呻き声が獄舎を埋め尽くす。
派手な破壊音がして、最奥の扉が吹っ飛んだ。三人は身を強張らせ、薄闇に包まれた通路の奥を凝視する。
独房から肩をいからせた巨漢が現われた。通路の中央に立ち、こちらを向く。そして、狙いをつけたようにゆっくりと歩いてくる。一歩踏みしめるたびに獄舎が揺れるようだ。
独房の呻き声が恐怖と嘆きに変わる。
巨漢は見るも異様な姿だった。二メートルはあろうかという身長に、プロレスラーのような筋骨隆々の体躯、そこから突き出た太い腕には巨大なハンマーが握られている。
一番恐怖を覚えたのはその顔だ。溶接工が装着する四角い鉄のマスクをつけていた。のぞき窓からは狂気に血走った目が見える。
「これはミリオンを狙えるぞ」
蒼太は半笑いで興奮しながら巨漢を撮影し続ける。足はガタガタと震え、ズボンの裾から尿が漏れ出し、足もとに水溜まりを作っている。
「蒼太、逃げろ」
風斗は叫んだ。巨漢は蒼太の目前に迫る。手にしたハンマーを振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
鉄錆の浮いたハンマーが半分、蒼太の頭にめり込んだ。ぐしゃ、と骨を砕く嫌な音がして蒼太はゆっくりと背後に倒れる。
「きゃあああ」
みどりが絶叫する。仰向けになった蒼太は脳が破壊されたことにより、脊髄反射で全身を激しく痙攣させている。
舌をだらしなく垂らし、半分潰れた顔面からぶら下がった目玉がこちらを恨めしそうに見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます