狂気の地下研究所

 精神医療棟 地下 01:13


 智也のボルトカッターで鎖を断ち切り、真里を独房から出すことができた。

「アニキ、みんな、ありがとう」

 真里はホッとして涙ぐむ。

「真里さん、すみませんでした。俺が余計なことをしたばかりに」

 時岡が覇神魂を真里のポケットに勝手にしのばせた経緯を正直に伝えて何度も頭を下げる。

「いいの、でも本当にお守りだったんじゃないかな。ここに来た男が、大切に持っているようにって」

 真里は逆に時岡を慰める。


「ここに来た男って」

 火鳥は真里に男について尋ねる。真里の言うことには、丸い眼鏡をかけた礼儀正しい男で、好感が持てたという。

「それはこの顔か」

 智也は興奮気味に袴田の写真を見せる。

「そう、この人。え、嘘、死んでるの」

 真里は青ざめる。あの男は幽霊だったのか。


「袴田はこれを大切にもっていろと言い、真里に危害を加えなかった」

 三種の神器が揃えば、禍津神を封印してしまうはずなのに、一体どういうつもりなのか。火鳥には袴田の狙いがまだ分からない。火鳥は黒縁眼鏡をくいと持ち上げる。


「水晶のブレスレット、役に立ったぜ」

 水瀬が満面の笑みで床に転がった水晶玉を指差す。金村に三万円で売りつけられたものだ。水晶を繋ぐ紐を切り、床にばらまいたことでフード男を転倒させることができた。

 状況を把握した金村はそうでしょう、と腰に手を当てて胸を張る。

「私はこれを予見していたわ」

 さっきは肉弾系には無理と言っていたが。智也は呆れて金村の横顔をチラリと見やる。


「でも、紐を断ち切ったことで加護が無くなってしまったわね。特別にこの恐山のイタコが弘法大師を口寄せして祈念したものをお譲りしてもいいわ」

 金村は着物の袖から水晶のブレスレットを取り出し、三本の指を前に立てて見せた。

 何というがめつい女だ。これには水瀬も怒るのではないかと智也の心配をよそに、水瀬はありがたそうに蛇皮の財布を取り出し、万札を数えていた。


 ***


「この施設の地下に研究所があるはずだ」

 火鳥は行き止まりの壁を調べる。煉瓦の壁を両手で押してみるが、動く気配はない。智也と時岡も壁を拳で叩いていく。特に変わった所はない。

「手詰まりか」

 火鳥は腕組をしながら壁を見上げる。ふと、階段を降りたところに詰め所があったことを思い出す。


 詰め所は簡素な事務机がある狭いスペースだ。火鳥は事務机の下を覗き込んで調べる。

「これは何だ」

 机の奥にスイッチを見つけた。足で踏むように作られている。スイッチを踏むと、一番奥の壁が音を立ててスライドした。

「遙兄、通路が出てきたよ」

 智也が叫ぶ。煉瓦の壁が途切れ、コンクリート打ちっぱなしの通路が出現した。古い蛍光灯が灯り、通路を照らす。


「よし、進もう。これから何があるかわからない。気をつけるんだ」

 火鳥は順番に皆の顔を見る。火鳥の言葉に皆も頷く。

 隠し通に足を踏み入れた。ひんやりとした空気に思わず鳥肌が立つ。通路の先には錆び付いた鉄の扉があった。すぐ脇に丸いスイッチがついている。

「これ押したら何が起きるんだ」

 水瀬は赤色のボタンスイッチに興味を示した。


「押してみるか、水瀬」

 火鳥は水瀬にスイッチを譲る。


「嫌だぜ、足もとの床が抜けるとか、天井が落ちてくるとか、こういうときロクなことが起きねえ」

 水瀬は断固拒否する。

「チキン野郎か」

 火鳥がボソッと呟く。智也は青ざめる。こういう男相手に絶対に言ってはならない言葉だ。時岡もハラハラしながら見守っている。

「なんだと、もう一度言ってみろよ」

 水瀬は唇を歪め、火鳥を睨み付ける。しかし、強面の水瀬の脅しにも火鳥は全く動じない。


 横から手が伸びて、赤いボタンを押した。

「押させてもらいました」

 時岡だった。

「すごい、時岡さん、勇気あるわ」

 真里に褒められ、時岡は嬉しそうにはにかむ。水瀬はチッと舌打ちをしてやり場のない手をポケットに突っ込んだ。


 ガコン、と音がして装置が動き出す。目の前でまたガン、と音がして扉が開いた。これはエレベーターだ。乗り込んでみると、行き先ボタンは一つしかない。今度は水瀬が率先してボタンを押した。

 鉄錆の浮いた古いエレベーターは、時折揺れながら地下に降りていく。どこまで下がるのだろう、と不安を覚え始めたとき、エレベーターが停止し、鉄の軋む音を響かせて扉が開いた。


 短い通路の先に観音開きの扉がある。扉にはガラス窓がついており、その先にある部屋には電気が通っているらしく、ほの白い光を放っている。

 火鳥は扉を開く。室内には低いモーター音が響いている。奥の壁には巨大な換気扇がゆっくりと回転していた。

「ここは、医療施設のようだ」

 ステンレス製の机にはガラス製の実験器具や計測器が所狭しと並ぶ。火鳥は周囲を警戒しながら部屋の中を探索する。当初は白を基調とした清潔なデザインだったのだろうが、経年劣化と人間の体液のせいか、壁も床もドス黒い染みがこびりついている。


「これは薬かな」

 スチール棚の中にはシールの貼られたビンや木箱が収納されている。真里は智也の背中にぴったりついて不安そうな顔だが、興味津々のようだ。

 天井には巨大な手術灯が据え付けられており、いくつものストレッチャーベッドが並ぶ。その脇にはメスや鉗子などの手術器具が放置されたままのステンレス製のカートがある。

 ストレッチャーには黒ずんだ布がかけられているものもあり、その下がどうなっているのか、見たいとは思わない。


 金村は天井から吊されている埃で煤けたビニールシートをはぐった。隣にいた時岡はヒッと声を上げた。

 スチール棚に様々な大きさのガラス瓶が並び、ホルマリン漬けの検体が浮かんでいる。臓器や骨、脳に目玉、これが正規の手続きで取り出されたものかは怪しいものだ。


「なんだこりゃ」

 水瀬は2トートル以上はある巨大なガラスポッドを見上げる。天井から何本もの管が繋がったガラスの中には濁った緑色の液体が入っており、中に何があるかは分からない。

 不意に、目の前の濁った水が動いた。ガラスに青白い顔が貼り付いて、水瀬は裏声で悲鳴を上げる。


 中に浮いていたのは筋骨隆々の大男だ。目は白く濁り、命の光は無い。あの怪人はここで作られたのだろう。

「マッドサイエンティストってやつかこりゃ」

 水瀬は肩を竦めて身震いする。

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