エピローグ
雑居ビル三階にある火鳥探偵社の事務所。
事務所の主である火鳥は神島刑務所見学モニターツアーをブログ記事に書き起こしていた。
不可解なことがあまりに多い神島廃刑務所の殺人事件は、控えめに報道された。
事件はまだ捜査中なので、廃刑務所潜入レポートの形を取った。ホットな話題でもあり、ホラーファンには好評でアクセス数の伸びも最高だ。
探偵社の今月の仕事はペット探しが二件だ。副業のライターと本業の探偵と、どちらが実入りが良いか比べると切ないものがある。
火鳥は事件について独自に調査を進めていた。
福原孝司は神島刑務所所長、本郷省造の孫だった。祖父の歪んだ悲願を成就させるという目的を隠し、ツアーを企画した晴野リゾートの中桐にツアーガイドの話を持ちかけた。
ツアーメンバーの選定には福原も一枚噛んでおり、刑務所に隠された臓器移植の極秘カルテを手に入れようと企んでいた人見真吾をメンバーに加えた。
神島廃刑務所の地下研究所には儀式半ばの邪悪な瘴気が渦巻いていた。暴動のとき、地下研究所が破壊されなかったのは彼らにとって幸運だった。
福原と人見は恐ろしい人体実験で生まれた怪人を復活させ、刑務所にやってきた人間を千の穢れた心臓の贄とした。
モニターツアーの前年に行方不明になった三人のYouTuberもその犠牲となっていたことがわかった。
犠牲者の共通点は、後ろ暗い過去を持つ者だ。
三人のYouTuberはある廃墟探索で一人のホームレスに撮影の邪魔をされた。それに腹を立てた彼らはホームレスを暴行し、腹を抑えてうずくまる様子を笑って見ていた。
結果的にホームレスは内蔵破裂で死亡した。島に残された彼らの荷物から回収したビデオカメラの記録で判明した。
早稲田るりは大学生のときに付き合っていた男性が彼女の度重なる浮気を苦に自殺している。
中桐誠司は妻が第一子妊娠のとき、早稲田との浮気がバレて妻はストレスのために切迫流産となった。二人は不倫関係を続けていた。
秋山路瑠はミライ製薬で闇治験、つまり公式に認められていない危険な治験のバイトを募り、テスト薬の健康被害が元で二名が死亡。因果関係は認められず、追求を免れている。
人見真吾は廃刑務所に犠牲者を送り込む役目でもあり、秋山を殺害したのは人見だと警察はみている。
癪な話だが、火鳥たちは三種の神器を探させるため泳がされていたことになる。
火鳥はマグカップに注いだ珈琲を飲み干し、席を立つ。
腹が減った。一階の中華料理店がそろそろ開店の時間だ。扉に鍵をかけ、階段を降りていく。
二階フロアに新しい入居者が入るようだ。慌ただしく家具や荷物を搬入している。独特のエスニックなお香の匂いが鼻をついた。この匂い、どこかで嗅いだ覚えがある。
「それ全部奥に運んでちょうだい、看板はここね」
引越し業者に指示をするのは派手な紫色のスカートを履いた女だ。
「あら、火鳥くんじゃない。奇遇ね。今日からここに引っ越してきたのよ」
金村琴乃が手を振る。ピンク色の看板には”ミスティムーンの占い館”と書かれている。面倒臭いのが引っ越してきたものだ。
一階には老舗中華料理店”揚子江”がある。小汚い店だが、中国四川省成都で料理を学んだ店主の本格中華の腕は間違いない。
油で汚れた赤いのれんをくぐり、店内に入る。独特の中華スパイスの香りに食欲が刺激される。
「火鳥サン、いらっしゃい」
昼前だが近隣オフィスのサラリーマンを中心にすでに満席だ。店主に相席を進められた。
「相席失礼するよ」
火鳥は会釈して椅子に腰掛ける。
「げっ、火鳥」
目の前で天津飯をかき込んでいたのはヘタレヤクザの水瀬博史だ。火鳥の顔を見てよほど驚いたらしく、米粒を吹き出した。
「なんだよ、ここは俺の行きつけなんだ、お前もよく来るのか」
水瀬は咳込みながら水を飲み干す。
「うちの事務所はここの三階なんだよ、俺の方が常連だ」
火鳥はメニューも見ずに日替わり定食を注文した。
水瀬の話では、神室島への出発する前に呼んだ救急車で組長は病院へ運ばれ、急性虫垂炎だと判明。その日のうちに手術をした。それで今はピンピンしているらしい。
「何が遺言だ、ふざけんな」
水瀬は杏仁豆腐を掬いながら文句を言いつつも、娘の美鈴に父の命を助けてくれたと感謝され、悪い気はしなかったと笑っている。
鬼斬り国光は組長の屋敷に大事に飾られている。若頭の八木に奪還の手柄を横取りされたらしい。
「八木の野郎、また尿道結石になればいいんだ」
タバコを吸いながら呪詛を吐いていた。
事務所に戻ると、智也と真里が待っていた。
なぜか食後のコーヒーをねだりについてきた水瀬も一緒に事務所でお茶をすることになった。
「そっか、ヒロシは頑張ったからいいことあるよ」
女子高生に慰められて水瀬はまたいい気になっていた。
「遙兄、また廃墟の産業遺産を訪問するモニタ-ツアーがあるんだけど、どう」
智也は全然懲りていないようだ。今度は廃工場らしい。
火鳥は机の上に広げた神島廃刑務所事件のレポートをひとまとめにする。本棚の一つは親父の代からこれまでの事件をファイリングしたものを格納している。ファイルにはA~Jまで事件を分類したコードがついていた。
「これまでにないケース、Kだな」
新しいファイルを作り、その中にレポートを綴じた。
了
監獄島からの脱出-別冊・火鳥探偵社のKファイル 神崎あきら @akatuki_kz
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