岬の廃灯台
金村と智也は墓地の茂みに身を潜め、機会を覗っている。墓掘り人は鈍重だが、仕事を続けている。スポーツバッグを搔っさらい、目的の品を手に入れたら灯台に入ることができる。
「でも、どうやって引き付けるんです」
智也はスポーツバッグを取ってくる役目を買って出た。金村は囮になるという。
「あいつの動きを見てご覧なさい。同じことを繰り返しているわ」
金村は墓掘り人をよく観察していた。穴を掘り、また埋める、そして掘る。偏執狂のようにその動きを繰り返しているのだという。
「それだけこの墓掘り、墓守なのかもね、の仕事にプライドがある」
つまり、と金村は続ける。
「自分の掘った墓に異常があれば放ってはおけないはず」
たしかに一理ある。金村は墓穴を埋めようとでもいうのだろうか。
「ここは土葬ね、きっとこれを嫌うはずよ」
金村がバッグからマッチを取り出した。部屋でお香を焚くのに使うため、常備しているらしい。
「火を使うんですか」
「そう、火葬されたらこんな穴はいらないでしょう。だから奴は火が嫌いなはず」
よくわからない理論だが、彼女がそういうなら任せてみようと思った。最悪、見つかったら逃げるしかない。
金村はバッグの対角線の穴で火を起こすという。火がついて墓掘り人がそちらに向かったらスポーツバッグを取って階段を駆け上る、という作戦だ。
「無理はしないでください」
智也は心配そうな表情を浮かべる。
「うん、大丈夫よ。早く真里ちゃんを助けないとね」
こんなときに妹の心配をしてくれるなんて、智也は金村の度量の大きさに感心した。
金村は茂みに身を隠しながら智也から離れていく。塀の傍に散乱する廃材から乾いた木片をいくつか拾い上げた。これを火種にすればいい。一瞬気を引けばそれでいい。
墓掘り人が背を向けた隙を見計らい、金村は墓穴に飛び込んだ。空気が通るよう木片を組んで立てかける。バッグから酒瓶を取り出した。
「勿体ないけど、仕方無いわね」
酒瓶の蓋を開け、木片にふりかける。墓穴から這い出し、火を点けたマッチを投げ込んだ。
木片に火がつき、炎が勢いよく燃え上がる。墓穴に異常を察知した墓掘り人がすぐに向かってきた。金村は茂みに飛び込み、身を潜める。
智也は駆け出し、スポーツバッグからボルトカッターを掴み取った。少し錆びは浮いているが、使用感はほとんど無く十分使えそうだ。廃墟マニア御用達のグッズだ。バッグから覗いているのを見てすぐにボルトカッターだと分かった。
柵を乗り越えて階段を駆け上がる。
塀の上で金村が待っていた。地上を見下ろすと、墓掘り人は穴に土をかけて消化したところだった。
「一体何を燃やしたんです」
その辺の木片を燃やしたにしては炎の勢いが強かった。金村はバッグから酒瓶を覗かせる。ポーランドが誇るウォッカ、スピリタスだ。アルコール度数96度、ほぼエタノールを同じ成分で、タバコの火でも引火する。
「私の寝酒なのよね」
金村は半分に減った酒瓶を勿体なさそうに見つめる。これを原酒で飲むのか、酒に強いはずだ。智也は妙に納得した。
***
ボルトカッターで鎖を断ち切った。灯台の扉は開かれた。
狭い螺旋階段を登っていく。三周ほどしたところで最上階に到着した。中央に巨大なレンズが設置してある。電球は抜かれていたが、その代役のように中央に鏡が置かれていた。
「これが、封魔鏡」
智也は鏡を慎重に手に取る。直径二十センチに満たない銅鏡で、背面には神獣の文様が刻まれており、表面には現代の鏡が嵌め込まれていた。この文様は所長室の押収品リストで見たものと同じだ。
「やったわね」
金村と智也はパチンと手の平を合わせた。
「でも、どうして灯台が光ったというだけで、遙兄はここに鏡があると言い当てたんだろう」
智也は不思議に思う。ただの勘にしてはあまりにでも出来過ぎだ。
「この灯台は南向きで、太陽の光を多く集めるわ。封魔鏡は太陽の光を集めることでその力を増す。火鳥くんはそこに気が付いていたのかもね」
火鳥くん、と呼んだのは意外だった。金村は火鳥よりも年上なのだろうか。
行きましょう、と金村は階段を降りていく。所長室へ集合しなければ。火鳥たちは鬼斬り国光を手に入れたのだろうか。
***
管理棟 所長室 21:37
中桐の血は絨毯を黒く濡らしている。恐怖と驚きに見開いた目にはすでに生気は無い。男は日本刀に付着した血を白いハンカチで拭い、中桐の背中に落とした。床に落ちた旭日旗を広げ、背伸びして画鋲で両端を留めた。
衣装箪笥を開き、ハンガーに掛かっていた制服を取り出す。胸についた勲章を誇らしげに指でなぞる。来ていた服を脱ぎ捨て、制服に袖を通す。制帽を被り、位置を整えた。日本刀をベルトに差して踵を揃え、旭日旗に向かって敬礼した。
男は扉を開け、所長室を出ていく。階段を降り、その足音は闇に消えた。
***
管理棟 所長室 22:18
時岡は恐る恐る所長室の扉を開ける。中を覗き込むと、人の気配はない。まだ誰もここへ戻ってきていないようだ。一番明るい天井のシャンデリアが破壊され、ぶら下がっていた。文書をスキャンするには光源に乏しい。
執務机に卓上ランプがあった。作業をするにはちょうど良い。時岡は所長席に座り、レトロなデザインの卓上ランプを点ける。机上に祖父の手記を広げ、辛うじて文字が認識できる頁をタブレットで撮影していく。
ソフトで画像処理をかければ判読性が上がる。手記からここを脱出するヒントを探すのだ。時岡は姿勢を正し、作業に没頭し始めた。
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