第五章 渦巻く陰謀
地下監獄の男
地下監獄 時刻不明
どこからか聞こえてくるクラシック音楽に真里は目を覚ました。ゆっくりと目を開けると、鉄格子が視界に入った。
身体を起こし、周囲を見渡す。寝かされていたのは白いシーツが敷かれた簡易ベッドだった。シーツは埃っぽいが、洗いざらしの清潔なものに思えた。微かに粉石けんの匂いがした。
壁には立派な額縁に入った絵画が掛けられていた。西洋の風景画で、薄曇りの空の下、広大な畑の向こうに廃墟の砦がある。見ていると妙に寂寞感を誘う絵だ。
クラシック音楽は天井のスピーカーから流れていた。放送機器が古いのか、ややザラついた音質が耳障りだった。
部屋の背後と左右は煉瓦の壁で囲まれており、正面は堅牢な鉄格子、その向こうには暗い通路がある。天井には裸電球がぶら下がり、部屋の中を穏やかな暖色で照らしている。
自分は今、独房に監禁されている。それを認識して真里は青ざめる。
「誰かいませんか」
真里は通路に向かって小声で呼びかける。しかし、返事はない。火鳥や智也、金村はどこにいるのだろう。この際、ヒロシでもいい。
真里は鉄格子から顔を覗かせる。通路の片方は壁で塞がれており、行き止まりだが、もう一方はずっと奥まで続いており、その先は墨を溶かしたような暗い闇だ。通路に人の気配はない。ここには空を見上げる窓も無い。
こんな場所に一人置き去りにされた不安で、息が詰まりそうだ。スマートフォンの電池は切れていた。
真里は記憶を辿る。
確か、管理棟の所長室でハンマーを持った怪人に襲われ、智也と金村と共に走って逃げた。階段を駆け下りたところで背後から何者かに襲われ、それから意識を失った。気がつけば、ここにいる。火鳥や智也は無事だろうか。
「訳わかんない」
真里はベッドに座り、唇を引き結んで涙ぐむ。しかし、泣いても誰も助けには来ない。
どうにかしてここから逃げ出そう。真里は立ち上がり、鉄格子を揺らしてみる。風雨に晒される地上の建物よりも劣化が少なく、頑丈に作られているようでびくともしない。鉄の扉には鎖が何重にも巻かれ、南京錠で施錠されていた。
「誰か」
真里はもう一度声を大きくして叫ぶ。悲痛な叫びは暗い廊下に虚しく木霊した。やはり返事はない。
落ち着こう。ベッドに座り、助けを求める方法を考える。まず、ここはどこなのか。空が見えないということは、地下の可能性が高い。火鳥が所長室で見取り図を見ながら確認していた話では、精神医療棟に地下があるということだった。
今いるのは精神医療棟だ。真里は確信する。房の作りが他と違うこともその確信を後押しした。
耳を澄ませば、廊下を歩く靴音が聞こえてきた。ゆっくりとこちらへ向かってくる。真里は心臓が凍てついた手で鷲づかみされたような感覚に震え上がる。緊張で口の中がからからに乾いている。足音が大きくなってきた。同じ歩幅でこの房へ近付いてくる。
「目が覚めたかな」
優しい声が聞こえた。若い男の声だ。真里は顔を上げて通路を見やる。そこには生成の作務衣を着た男が立っていた。髪を短く刈り込み、背筋をすらりと伸ばして立つ姿には清潔感がある。丸い眼鏡の奥の瞳は優しく細められ、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。若い大学講師といった知的な印象があった。
「あなたは誰ですか」
真里は警戒しながら尋ねる。
「私は今君がいる房の住人でした」
男は真里を真っ直ぐに見つめ、礼儀正しい口調で答える。その声には温かみがあり、妙に気分が落ち着いた。
「助けてくれませんか、ここから出して」
真里はベッドから立ち上がり、鉄格子の前に立ち懇願する。男は残念そうにゆるゆると頭を振る。
「それはできない」
穏やかだが、明瞭な拒絶の言葉に真里は悲しい表情を浮かべる。
不意に野獣のような叫びが響いた。獣だろうか、いや、時折混じる罵声は人間の言葉だ。隣の独房から聞こえてくるようだった。真里は恐怖に怯え、耳を塞ぐ。
「君はここにいる方が安全なんだよ」
男は優しい声で語りかける。もし、隣の凶人が檻を破ったとき、ここに居た方が身の安全が守られるというのは正しい気がした。
「君のポケットにはお守りが入っている」
男に言われ、真里はカーディガンのポケットを探る。左のポケットの中にあった冷たい石が手に触れた。恐る恐る取り出してみる。それは十センチほどの白い勾玉だった。電球の光を受けて神秘的な輝きを放っている。
「大切に持っておきなさい」
そう言って、男は踵を返した。
「待って」
真里は慌てて鉄格子に貼り付く。まだこの勾玉が一体何なのか聞いていない。それに、なぜ自分がここにいるのかも知っているなら教えて欲しい。
男は隣の房の前で足を留め、じっと中を見つめた。先ほどまで狂ったように聞こえていた絶叫がピタリと止まり、地下牢獄に静寂が訪れた。
男はゆっくりと闇の中へ消えていった。男の背が見えなくなり、真里は簡易ベッドに腰掛ける。手の平に置いた白い勾玉を見つめる。これは、もしや三種の神器の一つではないか。真里はその事実に気がつき、全身の肌が粟立つのを感じた。
しかし、何故自分が知らぬ間にこれを手にしているのか、全く分からない。男はこれをお守りだと、大切に持っているように言った。その言葉を信じて真里は白い勾玉をぎゅっと握りしめた。
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