看守記録ー精神医療棟
看守記録ー精神医療棟
袴田は三十二名を殺害した連続殺人鬼だ。
最初の被害者は袴田の母親だったという。被害者は袴田の親族から職場の同僚、全くの他人まで多岐に渡り、その法則性の無さから警察の逮捕が遅れて被害が拡大した。
殺害方法は酸鼻を極めた。被害者の顔の皮を剥ぎ、心臓を掴み出すというものだ。それ以外に遺体を損壊した形跡は無いという。
異常心理に詳しいお偉方によると、性的興奮を感じることなくただ淡々と遺体を処理していく袴田の殺害方法はかなり特殊で理解に苦しむということだった。
米国ではこういう犯罪者を”サイコパス”と呼ぶそうだ。意味は良く分からないが、不気味な響きがしっくりきた。
袴田は礼儀正しく物腰も柔らかで、とても人殺しをするような人間には見えなかった。袴田は時折、見張りの看守に話しかけた。基本的に囚人と看守は必要最低限の会話しか許されていない。しかし、袴田の話術は巧みで、しばしば看守と話し込む様子が見られた。
看守の中には奇声を上げ、服を脱ぎ散らかし、排泄者を投げつけてくる他の精神病患者ではなく、物静かで知的な雰囲気すら漂う袴田の見張りを望む者も多かった。
私自身、袴田と会話をしてその心地良さに陶酔感を覚えたほどだった。
ある日、隣の房の囚人が暴れ、対応した看守が骨折する怪我を負った。それを聞いた袴田は懲罰房から戻ってきた囚人に何やら囁き続けた。囚人は奇声を上げながら自ら壁に頭を強くぶつけ、脳挫傷で死亡した。
誰もが袴田の仕業だと思ったが、上官に報告するものは誰もいなかった。袴田が仲間の仇討ちをした、と宿舎では密かな話題になっていた。
その噂を聞きつけたのか、所長が精神医療棟を見学にやってきた。袴田に会うためだ。そんなことは例外中の例外だった。この棟には足を踏み入れたがらない所長がだ。
袴田と面会した所長は、何やら得るものがあったのか度々足を運ぶようになった。袴田の待遇は目に見えて改善され、希望する書物の差入れがあり、絵画が飾られた。
私はこの男が恐ろしい。袴田には人心掌握の力があるのだろう、所長は彼の言いなりのように見えた。所長に忠言すれば、きっと罰せられるのはこちらだ。黙って看過するほか無い。
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