囚人番号六六六 袴田孝明

 管理棟 所長室 23:03


 時岡が待つ所長室に智也と金村が戻ってきた。それから十分もしないうちに火鳥と水瀬もやってきた。廃灯台で封魔鏡、重警備棟地下火葬場で鬼斬り国光を発見した。明るい報告に、希望の光が差した。

「これで真里の持つ覇神魂があれば、三種の神器が完成する。」

 智也は目を輝かせる。


「僕も祖父の過ごした雑居房で手記の残りを見つけました」

 時岡は古いノートを差し出す。

「よくやったな」

「すごいよ、見つけたんだね」

 火鳥と智也に褒められて、時岡ははにかむ。賞賛されたのはいつ以来だろう。

 読めそうな記事をスキャンし、画像加工を進めているという。保存状態は良かったものの、湿気と経年劣化で大部分の判読は厳しいようだった。


「精神医療棟の看守記録に囚人番号六六六の袴田はかまだ孝明たかあきという男の記録がある。三十二名を惨殺した連続殺人鬼で、スピード裁判の後、神島刑務所へ密かに収容された。本郷はこの男を相当手厚く扱っているな」

 火鳥は精神医療棟に収容されていた袴田に興味を示している。

「その男、囚人リストの中にあった気がする」

 智也は床に落ちたリストを拾い上げようとして、ふと絨毯に目を留めた。絨毯が異様に黒ずんでいる。そっと指で触れると、冷たい。粘りのある液体で濡れているようだ。


「これ、まさか血じゃ」

 卓上ランプに指をかざすと、赤黒い血がべっとりとついていた。智也はヒッと叫んで慌ててハンカチで拭う。

 火鳥が絨毯にかがみ込み、懐中電灯を当てた。赤黒い染みは広範囲に広がり、飛沫が散っている。鉄の匂いが鼻をついた。


「智也の言うとおり、血液に違いない。しかも、この量じゃ死んでる」

 絨毯の長い毛足に吸われているが、これだけ浮き出ているということはかなり大量の出血だと思われた。

「これほど血飛沫が散っているということは大動脈、首か太腿か、を鋭利な刃物で刺された」

「おいおい、勘弁してくれよ、まだ怪人がいるのかよ。今度は剣でも持ってるのか」

 水瀬が頭を抱える。


「犯人は分からない。ただ、気になることはある。早稲田さんと人見さんのときもそうだが、遺体が持ち去られている。殺しているのは“怪人”だけではない気がする」

 火鳥は立ち上がり、黒縁眼鏡をくいと持ち上げる。その目の奥には鋭い光が宿っていた。


「袴田についてもっと情報は無いか」

 火鳥はファイルを漁り始めた。智也と金村もファイルを捲り、関連する記録を探す。水瀬も面倒臭そうに分厚いファイルを手に取った。


 ***


「袴田の犯罪に関する調査記録があった」

 智也が個人ファイルを見つけた。 

 袴田は神島刑務所には昭和十四年に収監されている。精神医療棟が完成し、本郷が所長に就任した年だ。三十二名の連続殺人で、死体遺棄等で証拠が発見できないケースを含めると、被害者は五十名以上に上るとされている。


 袴田の殺害方法は特殊な共通点がある。執拗に顔面を破壊すること、心臓を傷つけずに取り出すこと。特に、心臓を取り出すことについては医療器具を使いこなし、肋骨を切り取り、動脈を切断する手腕は医者も驚くほどだった。当初は外科医が犯人ではないかと噂されるほどだった。


 顔面を破壊することについては、袴田にとって犠牲者の個性の喪失を意味した。犠牲者を個として扱わないことが公正なのだ、と平然と言ってのけた。これが犠牲者のランダムな選定に通じており、捜査は困難を極めたという。


「袴田が中学生のとき、二つ下の妹を亡くしている。池で溺れて死んだそうだよ。母親の内縁の夫が犯人ではないかと捜査が進められたが、確証が得られず事故死ということになっているみたいだ」

 智也の話にその場にいる全員が押し黙る。あまりに壮絶な人生だ。


「袴田の顔写真がある」

 智也が白黒写真を示す。

「まあ、どんな凶悪犯かと思えば、すいぶん優男ね」

 金村はその犯罪歴とは裏腹に、意外な印象を持ったようだ。でもサイコパスって一見無害に見えるこういう人間なのよね、と妙に納得していた。


「これも興味深いと思わない」

 金村は囚人への差入れリストを見つけた。袴田については特別に所長許可となっている。場所は精神医療棟B-12号、彼の独房は地下階だ。

「クラシックのレコード、絵画、書籍、ずいぶん優雅に暮らしていたみたいね」

 注目すべきは書籍のリストだった。

「日本書紀、古事記、神室島風土記、古代神器、厄災と神、祭祀と呪術・・・オカルティックなラインナップよね」

 これ以外にも、神話、歴史、呪術にまつわるキーワードの本を読み漁った履歴が読み取れた。


「これほど読み込んでいるとは、驚きだよ。まさに研究者だ」

 大学で民俗学を専攻する智也も舌を巻いている。

「この刑務所に起きている怪異の原因は袴田の仕業と見ていいだろう。しかし、これほどの知識を得て、何をしようとしていたんだ」

 火鳥は顎に手を当てて唸る。引っかかるのは、単に戦争を勝利に導くための屈強な兵士をつくるためという目的を越えていることだ。


「日本必勝を掲げた所長の本郷に取り入り、三種の神器を集めさせたのも袴田の企みだろうな。集めた神器をどう使うか・・・」

 三島の手記によれば、神器は神聖なもので禍津神を鎮める役割がある。しかし、袴田が起こしているのは厄災としか思えない。

「俺なら壊すぜ」

 執務机に腰掛け、水瀬がタバコを煙を窓に向かって吐き出す。

「禍津神に暴れてめちゃくちゃさせたいなら、神器を壊せばいいだろ」

 水瀬の意見は暴論に思えるが、一理ある。


「あの、読めるデータができました」

 データ加工ができたと時岡がタブレットを執務机に置く。画面には三島の手記が表示されている。

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