囚人番号五七九 三島 豊の手記(四)

神室島の伝承

 この刑務所の不穏な噂は絶えなかったが、幸運にも私はそれらとは無縁で過ごしている。同じ房の川越 藤司は変わらず無口で、私がこうして記録を残していることを面白がっていた。


 川越は気まぐれに私に話をしてくれた。いや、それは独り言だったのかもしれない。所長の堂に入ったオカルト趣味や、看守の不正、新しくやってきた囚人の話。

 中でも神島刑務所が建つこの神室島の歴史についての話は興味深いものだ。


 この島には神話の時代から神が住む島という言い伝えがある。神は瀬戸内の美しい海と島の豊穣を守り、人々に崇められていた。

 時代の流れとともに漁法が発達し、農業に道具が使われ始め、いつしか人々は神に祈らずとも豊かな恵みを享受できるようになった。そして、海が荒れると神を恨み、農作物が枯れると神に怒った。


 かくして、古来から島を守っていた神は傲慢な人間に仇なす禍津神まがつかみとなった。

 台風のような激しい嵐が吹き荒れ、果樹は根こそぎ吹き飛ばされ、海は大津波となり、島を襲い陸地を削り取った。神島刑務所正門前の絶壁は禍津神の怒りの嵐で削られてできたものだという。


 人々は傲慢な心を悔い、三種の神器を祀り禍津神の怒りを鎮めた。そして祈りを欠かさぬようになった。以来、神室島には平穏が訪れたという。

 神も人間の心次第で祟り神になる。川越はそう締めくくった。


 三種の神器とは一体何なのか。

 今でも禍津神を鎮めるため、神室島のどこかに奉納されているのだろうか。もし、悪しき心を持つ者が三種の神器を手に入れ、退けてしまえば再び禍津神は復活してしまうのではないか。

 非科学的な話だが、私は心底恐ろしく感じた。

 

                       昭和1?年 晩秋某日 三島 豊



 追記


 昭和二十三年に神島刑務所で起きた暴動により所長の本郷氏は殺害され、三種の神器は散り散りとなった。後の噂によれば、覇神魂は刑務所を見下ろす山の神社に密かに奉納されたと聞く。


 三種の神器がいったいどんなものなのか並々ならぬ興味をそそられるが、漸く生きて脱出できたのに、あの島に戻る気にはとてもなれなかった。


 いつか行ける日が来るのだろうか。







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