鬼斬り国光

 火鳥は貴金属には目も触れず、何かを探している。

「まさか、ここに」

 水瀬も漸く勘づいたのか、台車の上を漁り始めた。

 装飾品も多いが、ナイフや拳銃などの武器も見つかった。貴金属の山を崩しきったところに黒い柄が見えた。漆塗りの艶やかな柄は懐中電灯の光を反射して美しく輝いている。


 水瀬はそれを慎重に拾い上げた。黒い組紐が巻かれ、鍔は炎をイメージした緻密な文様が彫られている。見事な日本刀だ。


「鬼斬り国光・・・」

 水瀬は鞘を抜く。刀身は凜とした光を帯び、気品すら感じられた。間違いない、これが組長の探していた刀だ。本当にここで見つかるとは、水瀬は胸が熱くなり、涙ぐむ。

「礼を言う、火鳥。俺はこれで堂々と組に戻れる」

「気が早い奴だ、まだここに閉じ込められているという状況は変わっていないぞ」

 感激してガッツポーズをする水瀬を火鳥は呆れて見やる。怖がったりぬか喜びしたり、忙しい男だ。


「なぜこんな場所に押収品があると分かった」

 水瀬は火鳥が刀の場所を的確に突き止めたことに驚いている。

「これを見ろ」

 火鳥は台車に積まれた貴金属を指差す。

「ここに来る囚人にはもう必要ないものだ。看守たちは死体から貴金属を抜き取ったり、私物から金目のものを掠め取り、ここに集めてあとから配分でもしていたのだろう」

 金歯は死体から抜き取ったものだ。死者への冒涜も甚だしい。水瀬は改めて人間の強欲さに嫌悪感を覚えた。


 政府の手入れが入ったときに、火葬場の釜まで覗かれることは考えにくい。違法な財産没収を隠蔽するには焼却炉は悪くない考えだ。

「火葬場がここにあると踏んだのは地上にあった煙突だ」

 煙突は重警備棟の脇から突然地上に伸びており、煉瓦はひどく焼け焦げていた。火鳥が重警備棟に入る前に確認していたのは火葬場の位置だったのだ。


 不意に背後の壁が音を立てて崩れた。煉瓦が足もとまで転がり、水瀬は慌てて飛びのく。

「ああもう、今度は何だよ」

 水瀬は情けない声で文句を言いながら音のした方に注目する。煉瓦の壁の穴から白いものが覗いている。火鳥は懐中電灯を向けた。


 それは白骨死体だった。黒い眼窩がこちらをじっと見つめている。一体ではない、壁の奥に大量の白骨が積み上げられていた。

「おおかた焼却炉が間に合わず、壁の向こうに投げ込んで始末したのだろう」

 いくつかの頭蓋骨の眉間には、銃弾によって穿たれたと思われる穴があった。これではとても報われない。ここには囚人たちの怨念が渦巻いている。

「俺たちにはどうにもできないからな、無事に出られたら坊主でも呼んでやるよ」

「違いねえ、それがいいや」

 水瀬もやりきれない気持ちでタバコに火を点ける。


 突然、ガス室へ通じる鉄のスライド扉が開き、白煙がもうもうと吹き出した。焦げ臭い匂いが充満し、思わず顔をしかめる。

 白煙の中から巨大な影が現われた。焼け焦げたガスマスクをした大男だ。服は焼け落ち、黒焦げになった肌は炭化してとても生きていられる状態ではない。

「ば、化け物だ」

「間違いない、その通りだ」

 焦る水瀬に火鳥は頷く。水瀬は火鳥の落ち着きように、冷静さを取り戻す。こいつを片付けなければここを出ることはできない。


「こいつを頼む」

 水瀬は火鳥に鬼斬り国光を手渡し、火葬炉に立てかけてあった鉄製のショベルを手にした。灰を掻き出すために使われたものだ。

 ガスマスク男は水瀬に掴みかかろうと腕を伸ばす。水瀬はショベルで腹を突く。ガスマスク男はよろめいて壁に背中をぶつけた。全身を焼かれ、動くことなどできないはずだが、まるでゾンビだ。これが呪術の力なのか。


 ガスマスク男はそのままずるずると尻もちをついた。

「南無三」

 水瀬はシャベルの刃先を水平にして、男の首を思い切り突いた。肉を抉り、ゴリッと脊髄を破壊する手応えがあった。切断された首が男の股ぐらにごろりと転がった。痙攣するように足と腕がビクビク動いていたが、やがて動かなくなった。

 水瀬はショベルを投げ捨てる。


「やったな水瀬」

 これでもう起き上がることは無いだろう。火鳥は鬼斬り国光を水瀬に返す。

「さすがに気分悪いぜ」

 化け物とは言え、首を落とすのはさすがに抵抗があった。水瀬はやれやれと溜息をついた。


 地上へ通じる階段への通路が妙に明るい。ガス室から出た炎が廃材に引火して燃え広がっている。火葬場にも煙が充満し始めた。

「まずいな、火事だ」

 火葬場で火事に遭うとはシャレにならない。

「遺体を運ぶ搬送路があるはずだ。」

 それは地上に通じているに違いない。火鳥は周辺の壁を照らす。突き当たりに大きな観音開きの鉄の扉があった。火鳥と水瀬は取っ手を掴み、全力で押す。しかし、扉は堅く閉ざされている。

 もしかしたら、長年蓄積した土砂にでも埋っているのかもしれない。


「こんな場所で死にたくねぇ」

 水瀬は叫びながら足を踏みしめ、肩で扉を押す。火鳥も歯を食いしばる。煙に咽せ、目が涙に滲む。もうダメなのか、ふと目を落とした。火鳥は目を見開く。

「水瀬、引くぞ」

「お、おお」

 火鳥と水瀬は体重を掛けて扉を思い切り引いた。扉は円形のレールに乗り、あっさりと開いた。微かに潮の匂いを纏う新鮮な空気が吹き込んできた。空気が入ったことで、背後で勢いを増した炎がうねりながら迫ってくる。


 コンクリート製のスロープを駆け上がり、外に飛び出した。扉から上がる白い煙はやがて黒煙に変わり、空に立ち上っていく。

 地面に座り込んだ水瀬はホッと息をついてタバコを口に咥えた。見上げる空の分厚い雲間からは明るい月が顔を出していた。

「押してダメなら引いてみろ、か」

 水瀬は笑い出す。火鳥もつられて肩を揺らして笑う。

 灯台へ向かった金村と智也は無事だろうか、火鳥は岬の方を見やる。


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