墓掘り人

集団墓地 20:16


 金村と智也は岬の廃灯台を目指していた。灯台は高台に建っている。刑務所の壁に沿って歩けば、灯台へ登る道があるはずだ。

「あの、金村さんは占い師でしたよね。どうしてツアーに参加したんですか」

 智也は金村のことを全く知らない。彼女は宿の夕食でもほとんど個人情報を語らなかった。ただ、酒を浴びるように飲んでいたが、全く酔わない様子だったのが印象的だった。


「そうね、ダークツーリズム、オカルトへの興味といえばいいかしら」

 金村は深いワインレッドの口紅を塗った唇を小さく歪ませて笑う。蠱惑的な笑みに、思わず呑まれそうになる。

「なんてね、神島刑務所がヤバいってことは知っていたのよ。まさかここまで酷いとは思わなかったけど。参加してツアー会社に顔を売れば、お祓いの仕事でも来るかと思ったのよ」

 当てが外れたわ、と肩を竦めてあっけらかんと笑う。


 男の自分でも恐怖に震える程恐ろしい目に遭っても、金村は動じない。がめつい女だと火鳥は呆れていたが、意思の強い女性だと思う。

「待って、何かいる」

 金村が茂みに身を潜める。智也も慌ててその場にしゃがんだ。指差す先に筋骨隆々の大男が無心でスコップを振り上げている姿があった。異様なことに、頭には麻布を被り、首の位置で縛っている。

 どう見ても溶接工と同じタイプの怪人だ。


「何をしているんだろう」

 智也は声を潜めて呟く。

「あの盛り土からすると、墓穴を掘っているようね」

 男の周囲には無数の盛り土があった。一体どれだけの囚人があの墓標のない穴の下に眠っているのだろう。智也は恐怖に肌が粟立つのを感じた。


「あそこに長い階段がある」

 智也が塀の上まで続く長い階段を見つけた。塀の上に登れば灯台に続いているはずだ。しかし、階段にたどり着くまでにあの墓掘り人のいる墓地エリアを通り抜けなければならない。

 見つかったらスコップを振り上げてくるだろう。絶対にそうだ。階段が他の場所に無いか探してみるが、西側の塀はかなりの面積が自然の壁として機能する高い崖に面しており、階段は墓地の向こうにあるものだけだ。


「あいつにバレないように行くしかないわね」

 金村は頭を低くしたまま進み始めた。壁に沿って伸び放題の植え込みがある。身を隠しながら進むことができそうだ。智也も後に続く。


 植え込みの隙間から覗くと、墓穴はまだ土が被せられていないものもある。中には囚人の遺体が折り重なっている。服がはだけ、痩せこけた身体には黒い斑点が見えた。同じような皮膚のものが何体もいた。

 何かの疫病に罹患したのだろうか、それで大量に死亡して、ここに埋葬しているのだろう。墓穴の囚人が呻き声を上げた。


「まだ生きているのに、埋葬しようとしている」

 智也は思わず叫び声を上げそうになる口を両手で抑えた。

「これは過去の亡霊よ、気にしては駄目」

 金村に言われて、智也はハッと気がついた。今見せられているのは、刑務所が稼働していた当時の幻影だ。


「あなたにもこの水晶玉が必要かしら、学生みたいだから特別に五千円でいいわよ」

 金村は着物の裾から水晶のブレスレットを取り出す。

「いえ、遠慮します」

 智也は金村の押し売りをきっぱり断った。


 茂みに身を隠しながら階段の傍までたどり着いた。階段は囚人が越えられないよう柵で覆われているが、乗り越えられない高さではない。おそらく、稼働時にはここに銃を持った警備の人間が立っていたのだろう。

 墓掘り人は自分の仕事に集中しており、こちらに背を向けて土を掘り返している。新しい遺体が届くまでに、決められた数の墓穴を作るよう言いつけられているのだろうか。


 智也はふと、墓掘り人の足もとに転がっている泥に塗れたスポーツバッグに目を留めた。反射板がついており、メーカーのロゴも読み取れた。あのデザインは戦前のものとは考えにくい。スポーツバッグから長い取っ手が覗いている。

「ここに誰か来たのかも」

 島に密航して廃墟探索にやってきた先人かもしれない。まさか、墓掘り人に殺害されたのでは、と嫌な予感が過ぎる。


 墓掘り人が大きな穴に飛び降りた。何をしているかと思えば、囚人の遺体を積み上げている。

「チャンスよ」

 金村は茂みから飛び出し、階段の柵によじ登る。スカートを履いているのに、まるでおてんばな少女のような軽やかな動きだ。智也も慌てて柵に足をかけ、飛び越えた。


 階段は老朽化しており、足を掛ける度にギシギシと軋みを上げた。いつ崩壊してもおかしくはない。鉄製のオープン型階段は足もとに目をやると地面が見えるため、塀の高さまで近付くと内臓が持ち上げられるような浮遊感に恐怖を覚える。

 智也は錆びの浮いた手すりを握りしめ、一歩一歩ゆっくりと登っていく。


 漸く登り切ると、額から嫌な汗が流れ落ちる。智也は呼吸を整え、ハンカチで汗を拭う。金村は塀の縁に立ち、墓地を見下ろしている。

「こ、これは」

 智也もおそるおそる下を覗き込むと、一面に広がる無数の墓穴に驚愕した。墓掘り人はずっとここで墓を掘り続けているのだろうか。


「仕事熱心なことね」

 金村は塀に沿って歩き出す。岩場の向こうに廃灯台が見えている。煉瓦造りのスロープを降りてゆくと灯台の入り口があった。光を無くしたくすんだ灰色の塔は、高さ約20メートルはあるだろうか、夜の海を背景に不気味にそそり立つ。


「えっ、これじゃ入れない」

 智也は声を上げる。観音扉の入り口には何重にも鎖が掛けてあった。扉自体には施錠されていないようだ。


「困ったわね」

 金村はそう言いながら岩壁に転がる手頃な大きさの石を持ってきて、鎖を殴り始めた。あまりに豪気なやり方に、智也は驚いて見ているしかない。

「駄目だわ」

 錆び付いてはいるが、立派な鉄の鎖だ。石ころでは破壊することができない。金村は石を投げ捨てる。


「そうだ、墓地にあったバッグに入っていたアレが使えるかも」

 智也は思いつきを金村に伝える。

「うん、良いかもね。でも、墓掘り人の意識を逸らす必要があるわね」

 そうだ、墓地には恐怖の墓掘り人がいる。奴の気を逸らして、バッグを持ち出すことができるだろうか。

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