管理棟の攻防
神島刑務所 管理棟 13:16
正門を抜けると、正面に噴水のある庭、その奥に三角屋根の二階建ての洋館、右手に煉瓦造りの長屋、右手に木造の宿舎が建つ。洋館までは煉瓦が敷き詰められているが、一部剥がれたり割れたりしている。
「正面に見えるのが管理棟です」
福原が噴水の前で足を止める。丸枠の噴水の中央には水瓶を持つ女性裸像が立つ。白い大理石の像は風雨にさらされ、黒ずんでいた。水は抜かれており、湿った藻が底を覆っており、雨水が端の方にたまっている。
一人参加の時岡は相変わらず無口だが、興味深く周辺を観察している。桟橋を降り立つ前から興奮しているのが見て取れた。
「これがホテルになるなんて、ロマンチックね」
三角屋根の主塔には風見鶏がついており、海風に煽られてくるくると回転している。煉瓦造りの壁には蔦が生い茂り、レトロな雰囲気を醸し出している。
秋山が目を輝かせる様子に、中桐は手応えを感じる。このような煉瓦造りの洋風レトロな建物は若い女性に受けがいい。別グループで参加している女子高生、木島真里も感激している。
「右手の煉瓦の建物は貯蔵庫、左手は職員の宿舎です。職員は月に一度、本土に戻ることができました。単身赴任のような感覚ですね」
煉瓦の貯蔵庫は長屋になっており、かなり大きい。ここに収容されている囚人と職員の食事や日用品などが保管されていた、と福原が説明する。
「桟橋からここへ物資を運ぶのはかなり骨が折れますね。どこかに運搬用の通路があるんですか」
桟橋から続く階段は傾斜がきつく、大量の物資を運ぶのは不可能だ。
「ああ、確かにルートはあるでしょうが、私も知りません」
火鳥の質問に、福原は困った顔で頭をかく。祖父は刑務官で、裏方の仕事に従事するのは搬送作業の人間だから、と付け加えた。
「管理棟と一部の収容棟を見学できるように改装しています。まずは管理棟からまいりましょう」
中桐が洋館の扉にかかっていた南京錠を開ける。木製の扉は周辺の木材と比べると明らかに新しい素材で作られている。ご丁寧に百合の花をモチーフにしたステンドグラスが設えられていた。
「改装ねえ、まったく風情があるよ」
河原が新しいオーク材の扉を冷ややかな目で見つめる。河原の皮肉に、早稲田は中桐とアイコンタクトを取る。中桐は相手にするな、と目で訴えた。
管理棟の中へ入ると、正面の天井には大きなシャンデリアがぶら下がっており、吹き抜けの天井側面には美しい島の自然の風景を表現したステンドグラスが嵌め込まれている。左右に続く長い廊下の絨毯は深い臙脂色だ。すでにホテルを想定して改修が進んでいることに河原はあからさまに面白くない表情だ。
「やだ、すごーい。素敵だわ」
秋山はホテルになったら絶対に泊まりにきましょう、と人見におねだりをしている。
昼間とはいえ古い作りの洋館は明かり取りの窓が少なく、薄暗い。
「遙兄、オカルトネタになりそうだね」
「そうだな、いいロケーションだ」
智也は喜んでいるが、火鳥は先ほどから微かに頭痛を感じていた。気の流れが良くない場所にいくと虫の知らせのように時折起きる偏頭痛だ。頭痛薬は効かない。一番の対策はここから離れることだ。
「あなたもそうなの」
金村が火鳥の顔をチラリと見やる。微かに眉間にしわを寄せる表情から火鳥の不快感を読み取ったようだ。あなたも、というからには金村も何か感じているのだろうか。
「ここは良くないわね」
得体の知れない女だ。派手なブルーのストールに民族衣装を思わせるスカートを履いている。一緒に歩きたくないというくらいには奇抜な格好だ。
「そうだな」
火鳥は努めてポーカーフェイスを作り、金村をチラリと見やる。
大きなリング状の真鍮製のイヤリング、切れ上がった目には濃い紫のアイシャドウ、ワインレッドの口紅。顔立ちは整っているが、攻めた化粧のせいでパーツの自己主張が強過ぎる。結構な変わりものだ、友達は少ないだろう。
「これを身につけなさい。気休めだけど邪気を払うことができるわ」
金村はカジュアルな着物の合わせから水晶玉のブレスレットを取り出した。人指し指と薬指にはパワーストーンのついたシルバーリングがついていた。
「あんた、金を取るつもりだろう」
「当たり前よ、これは私が特別に念を込めた水晶玉なの。三万円のところ、今日は特別に一万円にまけてあげる」
金村は得意げに腰に手をあてる。
「霊感商法で人をたばかるな」
「人聞きが悪いわね、私はれっきとした占い師よ。予約は三ヶ月待ち、当たると評判なのよ」
「占い師か、人の心の弱さや不安につけ込んだヤクザな商売だ。強欲なあんたにはぴったりだな」
火鳥と金村は醜い争いを始める。火鳥のふてぶてしい態度は今更だが、金村も負けてはいない。智也と真里は二人の争いをおろおろしながら見守っている。
「後から頼んでも売ってあげないわ」
金村は押し売りを諦めたらしい。腕組をしてそっぽを向いた。
吹き抜けの先に頑丈な鉄の扉があった。仰々しいほどに立派な鉄扉で、鋲が打ち込まれて物々しい雰囲気だ。
「この先が受刑者のいたエリアです」
福原が武骨な取っ手を引き、扉を開く。その先は思ったよりも明るい景色が広がっていた。
中央に半円形の木製のカウンターが据え付けてある。ここに看守がいて、手を広げたように伸びる五つの収容棟が見渡せる構造になっている。
天井は明かり取りの窓が広く開けられ、コンクリート製の床に自然光が降り注いでいた。もちろん天窓はすべて鉄格子で塞がれている。鉄柵の向こうに青空と白い雲が浮かんでいるのが見えた。天窓が無ければ穴蔵に等しい。
「へえ、意外と快適なんじゃない」
秋山は鼻で笑う。刑務所など、人生を踏み外した人間が行き着く場所だ。自分には全く関係がないと思っている態度だ。
「太陽光が不足すると、免疫力が低下するし、うつ病になるというからね」
人見は興味深く二階建ての収容棟の構造を眺めている。
「囚人にそんなもの必要なのかしらね」
秋山はつまらなそうに肩を竦めた。
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