看守日誌-重警備棟

看守日誌-重警備棟

四月八日 曇天


 一般収容棟の囚人番号二七四を移送。溶接作業場で仲間と口論になり、ハンマーを振り回し囚人三人を殺害、看守が二名負傷。二七四は娑婆での本業が溶接工であり、仲間の適当な作業が気に入らなかったので注意した。腹を立てた仲間に突然殴られたため、やむなく反撃したというのが言い分であった。

 二七四は一二号に収容完了。


四月一二日 小雨


 本郷所長の重警備棟視察。各部屋の囚人の生活状況を把握された。


五月三日 晴天


 新しい警備棟主任が着任。本郷所長の旧知ということだ。重警備棟の各部屋と地下施設を視察。檻から主任の靴に唾を吐いた囚人番号九七が看守三名に殴打され、即刻懲罰房へ送られた。


五月七日 晴天


 囚人番号九七が死亡。

 懲罰房は座れば膝に壁が当たるほどの部屋だ。寝転がることもできない。高さ二メートルの位置にある明かり取り窓は煉瓦一つ分ほどの大きさで、太陽の光を浴びることはできない。食事は水と痩せた芋が投げ込まれるだけ、排泄は穿たれた溝で行い、ここを出るまで掃除もされない。


 その過酷な環境からここに収容された囚人は三日と持たず気が狂う。規則では二十四時間ということになっているが、主任の許可が下りず九七は四日以上放置された。

 遺体は焼却炉へ送る。


五月二十一日 小雨


 運動場で囚人同士の乱闘が発生。一般収容棟の囚人が使う運動場と隔離された狭い場所だ。鬱憤の蓄積した凶悪犯が閉鎖的な場所に集められたら喧嘩が起きるのもさもありなんである。

 主任は乱闘をしばらく見学していた。囚人番号八六一が集団制裁に遭い、片目を失明する障害を負った。八六一は医療棟へ移送した。


六月九日 晴天


 運動場での乱闘は常態化し始めた。主任はいつも二階監視窓から見学する。囚人同士血を流そうが、動けなくなろうが、決着がつくまで看守が乱闘に割って入ることを禁じていた。

 勝利した囚人の夕食は特別食が配給された。周囲の囚人もそれを見て、乱闘に参加し始めた。集団で一人を倒そうが、隠した凶器を使おうが、ルールは無用だ。相手を倒せばいい。


六月十八日 雨


 囚人番号七五は背は大して高く無いが屈強な大男だ。元は相撲取りで、十両まで勝ち上がったという。七五に賭けたが、カミソリを隠し持った二七九に血だるまにされて負けた。七五は医療棟へ移送された。


七月三日 豪雨


 最近は乱闘も落ち着いてきた。というのも、よく勝ち上がる大柄で血気盛んな者たちが別の棟へ移送されていくのだ。ここと比較して処遇の良い一般収容棟へ行くのだろうか、末端には知らされていない。

 かわりに一般収容棟で問題を起こしたとして重警備棟へ移送されてくるものもいる。新しい囚人は健康で体つきも良く、乱闘ではすぐに目立つ存在になった。しかし、主任の指示で再移送されることが多い。


七月二十一日 晴天


 新しい地下設備を稼働させると通達があった。物資が地下倉庫に運び込まれた。


七月二十九日 晴天


 気温が上昇し、異臭を放つ遺体の処理が追いつかないため、運動場の脇に穴を掘り埋めることで対処することになった。墓掘り人夫を囚人の中から選ぶ。


七月三十一日 晴天


 地下のガス漏れ事故により囚人十二名の他、看守三名が負傷。


***


-記録はここで途切れた。

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