変わる日々

「……あ、もう昼だな」

「そうですね」

「時間経つの早すぎるわ」


 輪廻さんと黄泉さんが過去のあの子たちと判明し、それからは今まで離れていた分の時間を取り戻すかのように口が止まらなかった。

 完全に昔に戻るというと少し違うのは、あまりにも俺たちは離れていた時間が長かったのもあるし、俺たちはもうあの小さな頃より成長しているせいなのもある。


「……ふふっ」

「あはは♪」


 ニコッと輪廻さんが微笑み、黄泉さんも笑って軽く肩ドンをしてくる。

 本当に気の置けない友人かのように接してくれる彼女たちに、時間は掛かったけどちゃんと思い出せて良かったと心から思う。

 黄泉さんがちょっとお手洗いにと言って立ち上がり、輪廻さんと二人になったところで彼女がこう言葉を続けた。


「まだ思い出せていないことはあるんですけど、あなたと出会ってずっと引っ掛かっていたものが分かった。それが何より嬉しいです♪」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 クスッともう一度笑うと、輪廻さんは俺の手を取った。

 そのまま優しく両手で包み込んだ俺の手を撫で、そしていつかのように頬へと当てて目を閉じる。


「あぁ……こうしていたのも意味があったんですね――やっと……やっとスッキリしましたし、嬉しい気持ちです」

「……えっと、俺としては凄く緊張するんだけどさ」


 何となく、昔にこうしていたような気がしないでもない。

 懐かしい気持ちにはなるけど、あったかなと考えてしまうくらいにはまだその辺りは思い出せていないようだ。

 ただ……こうやって触れていると、手の平に伝わる輪廻さんの頬はとても温かくてすべすべだった。


「緊張しますか? でも私は凄く温かい気持ちになれるんです。きっと黄泉も同じはずです」

「そうかな? だとしたら俺も嬉しいけど……まあでも」

「?」

「ちょっと無限に時間が欲しいって気分かな。まだ色々と話をしたいし」


 そう、もしも許されるなら時間が無限に欲しいところだ。

 輪廻さんも同じことを思ったのか、そうですねと微笑み……そして、後ろからドンと凄い勢いで何かが飛びついてきた。


「ちょっと。私が居ない時に良い空気になり過ぎじゃない?」

「あら、帰ってきましたか」


 背中から飛びついてきたのは黄泉さんのようだ。

 今までは軽く肩で触れる程度だったのに、いきなり飛びつかれる……これはもう抱き着かれているようなものなので、背中に伝わる感触などで一気に心臓の鼓動が速くなってしまう。

 でも……そのドキドキを通り越して嬉しいと思うのは何故か――彼女たちに対する懐かしさが大きいからだ。


「なんつうか……昔はりーちゃんとよーちゃんって言ってたけど、もうおっきくなったし名前の方がしっくり来るかな?」

「そうですね。明人君と、そう呼ぶのが良さそうです」

「私としてはどっちでも良いけれど……そうねぇ。明人君、それがしっくりするかもしれないわ」


 改めてしみじみ名前を言われると不思議な気分だな。

 さっきも言ったが時間は既に昼になりかけているし、咄嗟に家を出てきたのもあってスマホも家に置きっぱなしなので、何も連絡をせずに帰らなかったら母さんたちを心配させてしまう。

 なので、今日はここまでだ。


「二人とも」

「はい」

「なあに?」


 ジッと見つめてくる二人……ちょっと緊張する。


「……その、上手く言えないんだけどさ。こうして俺たちは再会して、また会うことが出来た。だから……これからまたよろしく」


 その言葉に、二人は強く頷いてくれるのだった。

 それから俺は二人と別れたのだが、何とも言えない寂しさのような……それこそもう少し一緒に居たかったなと思うほどに、それだけ彼女たちと改めて再会出来たのが嬉しかったらしい。


(……隠されていた美少女姉妹との再会か……やっぱりあれだな。そこに邪な気持ちは一切なくて、それ以上にやっぱり嬉しさの方が大きい)


 だからなのか、輪廻さんと黄泉さんにあそこまで接近されても確かにドキドキはするけどその程度だった。

 男女の間に友情は成立しない、なんてことを言う人も居るけれど……俺たちの間には確かな繋がりがあるんだと自信を持って言える。


「よし、俺も帰るか」


 正直なことを言えば、彼女たちと改めて記憶を照らし合わせて本当の意味での再会をしたわけだけど、これから何かが変わるかは分からない。

 ただ……さっきのやり取りもそうだけど、俺たちの間に僅かに存在していた壁がなくなったこと自体は感じていた。


(……良い匂いだったなぁ)


 距離感が近いからこそ漂う甘い香りも強く、それを思い出すと鼻の下が伸びてしまうのは男として仕方ないと思いつつ、俺のことを信頼してくれている二人に悪いなと思うのも確かだ。

 輪廻さんと黄泉さんの背中が見えなくなり、俺も帰路を歩くのだがその間に二人の言葉が脳裏に蘇った。


『これからは今まで以上にお話とか、たくさんのことが出来ますね♪』

『そうね! ねえ明人君。もしかしたら昔の感覚とごっちゃになって距離が凄く近い時があるかもだけど、もし迷惑だったら言ってちょうだいね?』


 そう言われて少し目を丸くしてしまったが……今はもうそれは具体的にどういうことかと確かめる術はない。

 また明日、月曜日になって学校に行けば分かることだ。

 その日の俺はとてつもなく機嫌が良いように見えたらしく、母さんが一体どうしたんだとジッと見てくるほどだった。


「この写真の子たちに会えたんだよ。昔に会ったことがないかって、そう俺に言ってくれた子たちだった」


 ありのままにさっきのことを伝えると母さんは驚きながらも、良かったわねと言ってくれた。

 良かったら今度紹介しなさいと、家に連れてきなさいと言ってきたので女性だから無理だと言っておく。流石にもうお互いに高校生だし、お互いの家に行き来するのは現実的ではないだろうから。


(いやいや、そもそも家に行くのもそうだけど来させるのも無理だって……)


 そんなもんは恋人同士か、仲の良い異性の幼馴染しか無理である。

 母さんはしつこいほどにどんな子たちなのか聞いてきたが、流石にちょっと鬱陶しかったので今度機会があればと言って俺は逃げた一目散に。

 既に昼食も済ませたのもあり、部屋に戻ると少し眠くなったので昼寝でもしようかと目を閉じた。


「……ふわぁ。明日から何か……変わんのかな」


 それは明日にならないと分からないか、そう苦笑して俺は眠りに就いた。


▽▼


 実を言うと、俺はただ嬉しかっただけだ。

 彼女たちと昔に会っていたことを再認識し、断片的にだが徐々に思い出して、最終的に彼女たちの元に繋がったことがただただ嬉しかった。

 離れていた分を取り戻すというと烏滸がましいかもしれないが、少なくともこの再会を大事にしたいとは考えていた……その結果、俺の認識は少し甘かったらしい。


「おっす明人」

「おはようさん」


 翌日のこと、学校に着いてすぐに芳樹と正志が声を掛けてきた。

 芳樹の方は完全に風邪が治ったらしく一安心だが、こうして傍に居ると話が止まらないやかましさが戻ってきたなと少しだけ……ほんの少しだけため息を吐く。


(いつも通りの光景が戻ってきやがったぜ……)


 いつも通りの光景が戻ってきた……そう思っていた矢先、認識が甘かったと思ったその最たるものが彼女たちの登場だった。


「おはようございます」

「おはよう」


 昨日、運命的な再会を果たした輪廻さんと黄泉さんが教室に現れた。

 二人の登場に教室が僅かに沸く中、芳樹と正志も二人に目を向けている。


「相変わらず綺麗だよなマジで」

「だなぁ。よし、今日もあれをやるか?」

「どっちがどっちってやつ? いいぜ!」


 二人がそうやっていつものようにおふざけも込みでどっちが輪廻さんなのか黄泉さんなのか、そのクイズをしようとしたその時だった。

 席に荷物を置いた彼女たちは俺たちの元に歩いてきた。

 どうしたんだとちょっとビビっている二人はともかく、俺としては昨日ぶりだったので取り敢えずまずは挨拶をすることにした。


「お、おはよう二人とも」

「はい。おはようございます明人君」

「おはよう明人君」


 ニコッと微笑んだ二人の表情はとても綺麗で、一体何人の男子が見惚れたことだろうか。

 もちろん俺も少しそうなりかけたものの、輪廻さんの手が昨日みたいに俺の手を包み込んだ。


「あぁ……やっぱり安心しますね♪」


 昨日と同じように、輪廻さんに手を握られたのだ。

 この行動に教室が一瞬だけ静かになり、どうしたことかといくつもの視線が刺さってくる。

 その中で唯一声を上げたのが黄泉さんだった。


「ちょっと姉貴? ここ教室なのだけれど?」

「良いじゃないですか。私たちと明人君の仲なんですから――これからもっと、もっと仲良くなりたいですし♪」


 ……うん。

 一旦手を離そうかと、俺がそう提案したのはすぐだった。

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