二人のお家へお邪魔します

「あら、出掛けるの?」

「うん」


 ついに休日――輪廻との口約束から始まったことではあるのだが、彼女たちの家にお邪魔する日がやってきた。

 別にニヤニヤするというか、そんな風にワクワクしている様子はなかったはずだけど、母さんからしても今の俺はソワソワとしているらしい。


『父と母は居ませんから安心してくださいね?』

『なんで安心になるのよ……まあでも、面白いことが大好きな母さんと会わないのは良いことかもね』


 そう、今日は本当に彼女たちしか居ないわけだ。

 ご両親が居たなら挨拶はしたいところだし、もしかしたら昔のことを何か思い出すかもしれないし……それはまあ、またの機会に楽しみにしておこう。


「じゃあ行ってくるよ」

「えぇ。行ってらっしゃい」


 母さんに見送られて俺は家を出た。

 女子の家に行くからと言って特に気を遣うこともないが、一応一緒に外に出たりする可能性も考慮して見られても困らない恰好ではある。

 温かい時期ではあるので半袖半ズボンという簡単な恰好ではあるのだが、俺って別にアクセサリーとか興味のない人間なため色々と金が掛からない。


「って、俺のことはどうでも良いんだよ。とっとと行くか」


 10時までには向かうことを約束しているので、あまり考え事に没頭していたら遅れてしまいそうだ。

 それから俺は少しばかり急いで彼女たちの家へ向かう。

 ただその途中、彼女たちの家から数えて4本目の電柱が立っている場所――そこで黄泉がスマホを手に立っていた。


「……あ! 明人君!」

「うっす。おはよう黄泉」

「えぇ。おはよう」


 傍に駆け寄ってきた彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。

 輪廻もそうだけど黄泉にもこうして笑いかけられると、照れよりもどこか幸せが溢れるというか……異性とはいえ、こうして笑い合える空間そのものが幸せを運んでくれるような気がする。

 隣に立つ黄泉はトンと肩ドンをいつものようにしてくるので、俺もそれに応えるようにトンと肩ドンをし返す。


「……ふふっ♪」

「ははっ」


 ……やっぱり黄泉とはこんな風に遠慮がない関係に落ち着いたなという印象だ。

 輪廻を二人っきりになった時は変に意識して緊張してしまったけれど、黄泉の場合は軽口を叩き合える仲と言えるのかな?

 まあそこは俺が意識し過ぎなだけで、輪廻とも同じように接すれば良いだけなんだけどな。


「今日は来てくれてありがとね」

「いやいや、礼とかじゃなくないか? というよりも、クラスの男連中が憧れる美人姉妹の家に誘ってもらった俺が礼を言うところだろ」

「ふふっ、何よそれ」


 クスクスと肩を揺らして笑う黄泉に連れられて家に向かった。

 でも今日はちゃんと起きてるんだなとかは言わなかった……だってそれを言うと黄泉が拗ねてしまいそうだったからだ。


「どうぞ」

「あぁ……ふぅ。お邪魔します」

「そんなに緊張しないで? 自分の家のように考えてくれて良いから」

「それは無理じゃね?」


 それは無理だよ流石に……うん。

 ガチャッとドアが閉まった瞬間、バタバタと足音が響き、リビングと思われる場所の扉が開いて輪廻が現れた。

 やはり黄泉と違って落ち着きのあるカジュアル風の服だったのだが、エプロンを着けている。


「おはようございます明人君。よく来てくれました♪」

「うん。おはよう輪廻」


 ニコッと微笑んだ彼女に左手を握られ、黄泉が右手を握る。

 そのまま二人に引っ張られてリビングに向かい、予め用意されていたのかジュースとお菓子が出された。


「えっと……ありがと」

「良いんですよ。今日を楽しみにしていましたから」

「姉貴ったら昨日からソワソワしちゃってね」

「それを言うなら黄泉もじゃないですか!」


 ……なんか、やっぱり悪くないなこういうの。

 俺としては同年代の女性の家に来たという緊張は当然あるけれど、かつての古い知り合いでもある二人がこんな風に仲良く過ごしている姿を見れるだけでも……こうしてここに来て良かったと思える。


「二人とも、本当に仲が良いよな。こういう瞬間を見れるだけでもここに来て良かったって思った」

「明人君……」

「ちょっと、なんでそんなお父さんみたいな顔をしてるのよ」


 お父さんだと? 俺はまだそんな歳じゃ……いや、なるほどこれが娘を見守る親の心境というやつなのかもしれない……違うだろうけど。


「それよりもほら、たちっぱもあれだし座りましょ?」

「おわっ!?」


 思いっきり黄泉に腕を抱かれて引っ張られた。

 体勢を崩しそうになったが何とか堪えられたのも、以前に輪廻とカラオケでのアクシデントを経験したおかげだ。

 ソファに腰を下ろしても尚、黄泉は全く離れてくれず、そんな俺たちを見て輪廻は心底楽しそうに眺めている。


「二人の仲が良い姿を眺めるのは良いものですねぇ」

「ちょっと、なんで今度は姉貴がお母さんみたいな目してんのよ」


 さっきの俺と全く同じじゃないか……まあでも、改めて少し緊張してきたぞ。

 今日は輪廻に誘われる形でここに来たのだが、明確に何をしようかと考えていたわけでもないので……何をする? 何を話す?


「二人とも、今日はありがとう。まさかこうして招待されるとは思わなかったよ」


 でもまあ取り敢えずお礼から入ろう。

 二人にそう伝えると一瞬だけポカンとしたが、すぐに頷いて微笑む……その笑顔にまたドキッとしたが、よくよく考えればこれから先もしかしたらまたこういう機会はあるかもしれない。

 そう考えると慣れておかないと身が持たないぞ。


「ま、元々考えていたことだしね。私は姉貴と違って明人君の家にお邪魔したけど」

「もう黄泉ったら……ねえ明人君聞いてくださいよ。この子ったら事あるごとに羨ましいでしょって言わんばかりに自慢してくるんですよ?」

「あ~……まあでも、あれに関しては仕方なかったからさ」

「そうねぇ。それに……っ」

「黄泉?」


 何かを思い出したかのように黄泉が顔を赤くした。

 黄泉は俯いたりせずにその状態のまま見つめてくるので、妙な空気に充てられるように俺まで恥ずかしくなってくる。

 十中八九、彼女が思い出したのはあの時のことだろう。


(って、輪廻だけじゃなくて黄泉ともアクシデントは経験してたな……)


 そうなると俺って二人の胸の感触を知っているのか……ええい! この場で変なことを考えるんじゃない!

 そんな風に心の中で自分を叱責するが、黄泉と見つめ合いは終わらない。

 お互いに何も言葉を発さないものの視線は逸らさず……そんな風にしていると黄泉とは逆サイドに輪廻が座った。


「……なんか、気に入りません」


 そう言って彼女は最近になってよく見せてくれる可愛らしい膨れ顔を披露しながら空いている俺の腕を抱いた。

 輪廻がそうなると黄泉も対抗するように頬を膨らませ、その二人の表情はやっぱり似ていて一瞬ではあるがどっちがどっちか分からなくなりそうだった。


(……これ、どうしたら良いんだろう)


 ヤバい、もっと何を話せばいいのか分からなくなっちゃった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る