分かること
人間、誰しも苦手なモノはあるだろう。
こと運動に関しては出来る人は出来る、普通くらいなら出来る、極端に出来ない人は出来ないと……そんな風に色んな人たちが居るはずだ。
「……あ」
ゴール前に転がってきたボールを思いっきり芳樹は空ぶった。
そのままの勢いで尻もちまで突いてしまい、そんな彼を腹を抱えるようにして笑う集団なんかも居た。
「いつつ……」
「大丈夫か?」
「おう……悪いな」
彼に手を差し伸べて立たせる。
今は体育の時間となっており、その中で運動を終えた後のご褒美タイムとも言うべきサッカーのプレイ中だった。
まあご褒美タイムとは言うが、運動が苦手だったりそもそもサッカーに興味がない人間からしたら特に面白くもなんともないだろう――少なくとも、運動がとことん苦手な芳樹からしたらそれもひとしおのはずだ。
「……かっこ悪いな俺って」
「仕方ないだろ。そもそも芳樹は運動が苦手だしさ」
相変わらず笑っている奴らは居るけど、ああいうのはどこにでも居るものだ。
中にサッカー部の人間が混じってるのはどうかと思うけど、分かりやすく侮辱するような言葉を投げかけないだけマシと見るべきか……っと、そう思っていたのだが一人の男子が声を上げた。
「めっちゃだっせえなぁ! この場に女子が居なくて良かったじゃん。女子にまで笑い者にされたら俺なら耐えられんね!」
「っ……」
だからそこまで言うんじゃねえよと、俺はキッと視線を鋭くしてそいつを睨みつけた。
とはいえ俺はそこまで目立つ人間でもないし、影響力があるわけでも睨んでビビらせることが出来るわけでもない……故に、奴はそんな俺を見ても指をクイクイと動かして挑発するだけだ。
「大丈夫だ明人。俺が原因ではあるんだけど気にしちゃいないから」
「……そうか。まあでも、こうして笑われてる可能性は俺にもあったけどな」
「ははっ、それなら俺で良かったぜ。俺はどんくさいからなぁ」
あくまで自分を卑下する芳樹の背中をバシッと叩く。
「あまりそういうことを言うんじゃねえよ」
「……悪い」
だから謝る必要もないっての。
まあでも、こんな風に芳樹を馬鹿にされて黙っていられない奴が俺と同じでもう一人居たようだ。
「親友が笑われてるのは我慢ならねえぜ。ちょい行ってくるわ」
「正志!? 良いってば!」
そう、正志だ。
サッカー部で活躍をしているだけでなく、サッカーというスポーツを愛しているからこそそれが原因で芳樹が馬鹿にされたことが我慢出来ないんだろう。
ただ、彼の気持ちは分かるけどここで挑発に乗ったら奴らの思う壺だ。
なのでここは正々堂々とサッカーで決着を付けよう。
「順番的に芳樹は休憩だし、次は俺と正志の出番か」
「うん? あぁそうだな……ははっ、やる気は十分なのか?」
「言っとくが俺はサッカー得意じゃないぞ?」
「大丈夫だ。パスさえ出してくれれば俺がゴールにぶち込んでやる」
「了解」
ということで、それじゃあ敵討ちってわけじゃないけど頑張るとするか。
どうやら転げた拍子に足首を捻ったらしく、芳樹にはとにかく安静にしてもらうことに。
彼の様子から見るに平気そうだけど、やっぱり大事にしてほしいからな。
「二人とも、俺たちも協力するぜ」
「あのクソ陽キャ共に目にモノ見せてやる」
「正志! 頼んだぞ!」
俺と正志以外にも、今のを見ていて味方してくれるクラスメイトも多い。
それから俺たちは芳樹を笑った連中を相手にし、主に正志を起点兼得点源にするかのように動きまくった。
芳樹のために……そう思うといつも以上に体を動かすことになり、体育の授業が終わる頃には汗だくだくだった。
結果としては俺たちの勝ちで、奴らは負けが決まった瞬間鼻を鳴らすようにして教室に戻って行った。
「流石正志だな?」
「相手にもサッカー部が居たけど……何とかやれたか」
「明人! 正志も! めっちゃかっこよかったぜ!」
俺なんか全く大したことはしてないけどな。
まあでも、こうして芳樹もスッキリしてくれたようなら良かったよ。
「じゃあ俺たちも戻るか」
「そうだな」
それから俺たちも教室に戻るのだった。
そのようなアクシデント……とまでは言わないけど、ちょっとした一悶着があったがその後は特に何もなかった。
既に午後だったこともあって、後はもうこう言ってはなんだが消化試合だ。
「……あ」
俺を含め生徒たちの眠気がピークに達する最後の授業風景の中、俺は少しだけ普段では見れない光景を目にした。
それは美人姉妹の片割れである黄泉が今にも寝てしまいそうな光景だった。
輪廻に比べて勉強がそこまで得意ではないと言っていた彼女だからこそみたいな風にも見えるが、それでも黄泉がああして寝そうになっているのは珍しい。
「それじゃあここを……うん?」
そこで先生も気付いたようだ。
ただすぐに彼女を呼ぶようなことはせず、しっかりと名簿から席順を確認した上で黄泉の名前を呼んだ。
「黄泉さん」
「っ……はい」
サッと顔を上げた黄泉だが、すぐに頬が赤くなっていくのが分かる。
他の誰かならきっとクスクスと笑われただろうけど、それが黄泉となると笑うのは精々輪廻か親しい友人くらいだった。
「……疲れてんのかな?」
一応今日の朝も話をしたけど疲れた様子は見られなかった……まあそこまで心配の要るものではなく、単純に眠たいだけなのかもしれない。
とはいえ眠たいのは俺も同じだ。
ジッと文字を書いていたら段々と瞼が重くなるので、シャーペンの先っぽを手の甲に当ててみたり、頬に当てたりしてなんとか眠気を堪える。
「それじゃあ今日はここまで。日直、号令を」
号令を終えて授業は終わった。
後は終礼を待つのみ……ではあったのだが、俺も少しだけまだ眠気が残っているのもあってか特に何も考えずに気になったので黄泉の元へ。
「あ、明人君」
「どうしたんですか?」
友人たちに囲まれながらも二人は俺に反応してくれた。
他の男子はともかく女子たちは俺たちが仲が良いことをそれなりに知っているのもあってか壁を作ったりはせず、そのまま俺たちを見守ってくれている。
彼女たちだけじゃなく、他の生徒たちの注目もそこそこに集まる中――俺は黄泉に視線を向けた。
「随分眠たそうだったけど大丈夫か? 黄泉」
「うん。全然大丈夫よ……その、今日は本当に眠たかったわ」
「ふふっ、いつも寝ないですから先生もそこまで怒りませんでしたね」
何か調子が悪かったりしたら心配だったけど、黄泉の様子を見る限りそれはなさそうでまずは安心だ。
ただ、そこで俺はあることに気付く。
それはクラスのみんなの前で二人のことを判別したこと、一切迷うことなく黄泉だと言い当てたことだ。
「最近、長瀬君と二人って仲良いし……何々? そんな風に心配とかしてもらい合う仲なの?」
……ま、授業の後だし席も動いてないから特に気になったりはないよな。
そこに少し安心しつつ、教室内ではあったが彼女たちと会話をした――その後、離れる際に嫌な視線も一緒に感じたのもいつも通りだった。
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