彼女は抱きしめられるのが好き

「はぁ♪ 今日はとても楽しかったです♪」

「あはは、それなら良かったよ」


 夕方になり、隣を歩いている輪廻が満足そうにしていたので俺も嬉しかった。

 朝に偶然出会いそこからカラオケに向かって、流れで昼食もファミレスで済ませてその後はボウリングなどをして楽しんで……本当に楽しい時間だった。

 まあカラオケに行く際に彼女が自分のことを音痴と言っていたけど、確かにあれは俺の想像を遥かに越えていた。


「……………」

「明人君?」


 おっと、そのことを考えていたからか輪廻にジト目で見つめられてしまった。

 本当に勘が鋭いなと思いつつも、確かに下手くそではあったがそれで揶揄うようなことをするつもりはない……むしろ、基本的に多くのことを熟せる彼女にあった弱点みたいに思えて可愛かったほどだし。


「何を思っていたのか、言ってみてください」

「……えっと、特に何も考えてないよ?」

「嘘です。絶対に何か思ってました!」


 グッと顔を寄せて彼女はそう言った。

 俺は間近に接近した輪廻から距離を取るように一歩下がったのだが、ちょうどそこには電柱があって背中がぶつかる。

 痛くはなかったが、やはり目の前の輪廻は優しいので一瞬とはいえ心配そうな顔をしてくれた……だがしかし、彼女があまり浮かべることがないであろうニヤリとした笑みを浮かべ、そのまま更に近づく。


「捕まえました♪」

「っ……」


 そのまま身を寄せたかと思えば、俺の背中に腕を回す。

 それはまるで親しい間柄の男女にしか許されない抱擁……まあ、彼女の希望で背後から抱きしめたことがあるので今更だけど、それでもこうしてそれなりに強い力で抱きしめられるのは……嫌ではなく、むしろ嬉しいとさえ思える。


「私……やっぱりこうすると落ち着くんです。自分から抱きしめても良い、あなたから抱きしめてもらっても良い……心が安らぐんです」

「……そうなんだ」

「はい。明人君はどうですか?」


 それは……聞かなくても分かるだろうとは言いたくなる。

 けれど輪廻は俺の言葉を待っていた――俺は輪廻の肩に手を置きながら、見上げてくる彼女を見つめて言葉を返す。


「落ち着く……な。分かるよ凄く……本当に安心するっていうかさ」

「……ふふっ♪」


 ちなみに、何度も言うがここは多くの人の目が集まる場所でもある。

 数多く集まる視線をモノともしない輪廻は流石だけど、それでも針の筵な俺に気付いたのか輪廻はそっと離れた。

 離れてくれたことには安心しつつも、体に触れていた温もりがなくなるのは若干の寂しさもあった。


「でもさ輪廻」

「はい?」

「こういうことって普通の年頃の男女はやらないだろ?」

「そうですね。ですが私たちは普通……ではあるんですけど、過去に出会っていて奇跡的にまた再会したんです。これくらいのことはどうか許してください♪」

「……………」


 パチッと片目を閉じてのウインクは破壊力抜群だった。

 優しさだけでなく相手を立てる在り方、そしてふとした時に惜しげもなく行動をする強さ……そしてお茶目で破壊力のキュートな仕草……この子は一体どれだけレベルの高い女の子なんだと再認識する。

 でも、おまけというか彼女は更にコンボを重ねてきた。


「ですが確かによくよく考えれば恥ずかしかった……ですね。その、明人君が相手とはいえ男性に抱き着くというのはやはり……うぅ、でもそうするのもされるのも好きだからやめたくないんです……あなたがそこに居るから」


 なあ輪廻さん、一言よろしいか?

 こんなん俺が彼女の古い幼馴染とかじゃなかったら一瞬にして惚れてまうぞ! 黄泉と二人になった時もそうだけど、彼女たちは本当にこちらの心を的確に乱してくるのが難敵だ。

 何度も言うけどかつて出会っていた経験、その時から距離がある程度近かった記憶も思い出せて本当に良かった……そうでなかったらきっと、俺はもう彼女たちに夢中になり過ぎて大変なことになってるはずだ。


「そろそろ帰ろうか」

「そうですね」


 俺の言葉に輪廻は頷き、俺たちは歩き出す。

 いつの間にか俺たちの間にあった恥ずかしさという名の気まずい空気はなくなり、今まで通りに話をすることが出来ていた。

 もちろんふとした時に思い出して恥ずかしくはなるけれど、それでも会話が途切れることはなかった。


「あ、そうです!」

「どうした?」

「ずっと提案しようと思っていたことがあるんですよ」

「提案?」

「はい。明人君、是非家に遊びに来てくれませんか?」

「……え?」


 それはつまり……彼女たちの家――新垣家に来いということ?

 そこから詳しい話を聞くと元々輪廻も黄泉も俺を誘おうと考えていたらしく、学校ではなくプライベートという環境でゆっくりと三人で過ごしたいらしい。


「……良いのか?」

「構いませんよ。ちょうど両親も居ないでしょうし、それに……またあの子に黙って楽しんでしまいましたから。後はそうですね……あの子がどんな風にベッドの上で爆睡しているのかも見てもらいたいですし」

「冗談だよね?」

「……冗談ですよ。ちゃんと今日帰ったら伝えますから」


 でも……美少女のそんな姿も見てみたい気はしないでもない。

 俺も直近で用事がないかを軽く確認し、この場でいつ遊びに行くかを輪廻と話し合って決定した。

 輪廻が家が後少しという場所で、彼女はまたこんな提案を口にした。


「明人君。また、あれをお願いして良いですか?」

「……おう」


 俺に背中を向けて動かなくなった彼女、それが何を意味しているのか気付いた俺はゆっくりと背後から彼女のお腹に腕を回す。

 俺の腕に輪廻は手を重ね、そのまま顔だけをこちらに向けて微笑んだ。

 夕陽に照らされていたおかげもあって、きっと俺の顔が赤くなったのは気にならなかったはずだ……いや、それこそ今更かと輪廻と別れてから気付くのだった。



【あとがき】


久しぶりなんで上手く書けてるか不安ですが良いんじゃないかなと!


それと、ちょっとエッチな義妹とのお話も書いてます。

良かったらどうぞ↓


外では陰キャで家ではギャル〜俺の前で見せる義妹の本当の姿に色々耐えるのが大変です~

https://kakuyomu.jp/works/16817330653958658976


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