名前の意味
「輪廻と黄泉……何故、そんな名前だと思いますか?」
「何故って……それは二人に付けられた普通の名前では?」
「そうですね。ですが輪廻と黄泉……それぞれ死を連想させる言葉には違いなく、二人に何か特別な役目が背負わされているとは思いませんか?」
「……んな馬鹿な」
この人は何を言ってるんだ……?
目の前に現れた女性はクスクスと笑いながら……って、何も分からずに笑われるのはかなりムカついたので俺はムッとした。
「ふふっ、ごめんなさい。でももしかしたら……本当に何か重大な意味が込められているかもしれませんよ? 輪廻と黄泉……ほら、段々と気になりませんか?」
「……だから? 仮に名前に意味があったとしても、何か二人に会ったとしても輪廻と黄泉は俺にとって大切な友達だ」
「……………」
そう自信を持って告げると、女性はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「つまらないですね。少しくらい気にしても良いのに」
「気にする必要はない。特別な役目とか、そんな漫画がアニメみたいなことを話されても困る――俺たちが生きているのは現実だし、そんなことあるわけないもんな」
「むぅ……本当につまらない男ですね」
「黙れよ」
俺もいい加減怒るぞ。
キッと睨みつけると、女性は分かりましたと言って背中を向けた。
「……ま~じでつまらないです」
「うるせえ!!」
▽▼
「うるせえ!! ……うん?」
大きな声を上げて目を開けたかと思えば、見覚えのない天井が視界を埋め尽くしていた。
どこだここは……なんて考えていると、そっと目を丸くして俺を覗き込む輪廻の顔があった……何をしてるんだ俺は。
「えっと……いきなりどうしたんですか? 確かに問いかけていましたけど、そんなに煩かったですか?」
「あ……あ~その……違うんだ。実は――」
頭に浮かんでいた件の人物……つまり夢の内容を輪廻に話した。
というか俺……眠くなって寝たんだな……しかも輪廻に膝枕をされていたが全然どうしてこうなったのか覚えていない。
「不思議な夢だったんですね。ふふっ、私たちの名前に意味……ですか」
「あぁ。でも確かに……その、不思議な名前ではあるよな?」
「そうですね。意味を知った時は子供ながらに驚いたものですよ」
今まで何度も二人の名前を呼んだことはあったが、思えば名前について質問をしたのは今日が初めてだ。
ただまあ夢の中であの女性に言ったように、二人の名前に何か意味があるわけでもなく役目を背負っているわけでもない……うん。やっぱり二人は普通の人間のようだ当然だけど。
「黄泉は?」
「お手洗いです。すぐに戻ると思いますよ」
「なるほど……」
……取り敢えず起きるか。
別にそこまで疲れが溜まっているわけでもなかったのに、随分とぐっすり眠ってしまっていたようだ。
「もっと横になっていても良いんですよ?」
「いや、流石にな」
「私としては明人君の寝顔を眺める凄く好きなんです……ダメですか?」
「恥ずかしいんでダメです」
「……むぅ!!」
横になってくれ……つまり膝枕をさせてくれって言ってるんだよな?
それを拒否されて頬を膨らませるのは中々珍しいし、輪廻以外にそういう人は居ないんじゃないかって思うが……一言良いか?
なんで君の膨れっ面はそんなに可愛いんだい?
「……?」
「……っ」
膝枕云々の話題が過ぎ去った後、俺たちは揃って黄泉の帰りを待つ……のだが、言葉を交わさずにジッと見つめ合うという謎の時間が発生した。
目を逸らすと負けた気になるのでジッと見つめていたのだが、輪廻は恥ずかしくなったのか視線を逸らす。
「そ、そういえば!」
「お、おう!」
ポンと手を叩いた輪廻は勢いのままに言葉を続けた。
「最近、明人君と一緒に過ごすのが楽しくてですね。母に勘違いをされたんですよ困ったものです!」
「勘違い?」
「はい! 好きな人が出来たんじゃないかって、ずっと揶揄うように言って……あ」
……ごめん輪廻、その話題は俺にとっても凄く恥ずかしいかもしれない。
俺も輪廻も思わず黙り込んでしまったが……恥ずかしいだけであって、それ以上の気持ちがないのは確かだと言える。
もしも輪廻たちのお母さんに会うことがあったらそういうことはないって伝えるべきかな俺から。
(……でも、想像しないわけじゃないんだよな。輪廻と黄泉……二人を比べるようなことはしないけど、二人と接することが楽しいのは確かだ。そんな彼女たちと恋人同士になったら……それはきっと楽しい日々なんだろうな)
口に出さず妄想するだけならタダだ。
ジッとそのことを考えていたのが悪かったのか、輪廻が顔を近付けていることに俺は気付かなかった。
「っ!?」
「……………」
相変わらず頬を赤らめ、少しだけ潤んだ瞳は宝石のように綺麗だ。
段々と……段々と輪廻の顔が近付き――ようやくそこで黄泉が戻ってくるのだった。
「ただいま……あ、明人君起きたのね」
「お、おう!」
「? ちょっと……どうして二人とも顔が赤いの?」
あ、この流れはマズいかもしれない。
別に何かやましいことをしていたわけではないが、俺と輪廻の間に何かがあったことはすぐに分かるんだろう。
「もう! またあたしを除け者にして!」
大股で堂々と歩く黄泉は輪廻の前に立ち、スッと手を伸ばして輪廻の頬を摘まんだ。
「にゃ、にゃにをするんでしゅかぁ!」
「ちょっとムカついたの」
「ひ、ひどいでしゅって!」
頬を摘ままれて上手く喋れないようだけど、輪廻の喋り方がとても可愛い。
こうしていると本当に二人の仲の良さというか、どこまでもお互いのことを信頼しているのが見て取れる。
輪廻は言うまでもないが、黄泉も心のどこかに輪廻に対して大きな嫉妬心を抱いていても……本人たちが言っていたがやっぱりお互いが大好きなんだろうな。
(……良い空気だけど、俺もちょっとトイレに行くか)
そう思って立ち上がろうとしたところ、輪廻と向き合っている間に正座になっていたらしく、足の感覚がなくなってしまうほどに痺れていたようだ。
「あ……まずっ」
上手く立ち上がることが出来ず、俺は足に襲い掛かった痺れに屈するように体勢を崩してしまい……そんな俺を助けようと輪廻と黄泉が同時にこちらに体を近付け、俺はラッキースケベよろしく二人を押し倒してしまった。
「ご、ごめ――」
「大丈夫ですか……?」
「あいたた……明人君大丈夫……?」
俺の両手がそれぞれ、二人の胸に置かれ……押し潰していた。
俺は魚のようにパクパクと口を動かしながらも、慌てて二人の胸から手を退かし、すぐに二人を起こすように手を差し出した。
「……………」
「……………」
それからまた、俺は二人に対して正座をして向き合うことになる。
取り敢えず……最近こういうことが多いなと思いつつも、速攻で二人に頭を下げて許しを請うのだった。
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