同化の魔法

 正直な話、輪廻さんから聞いた話を身近なことだと思っていなかった。

 姉妹の見分けが付かないのであればどちらでも良いのだと、そんな非常識なことを口にする人間に俺自身は会わないだろうなとそう考えていた。

 だが、その考えはどうも甘かったらしい。


「ちょっと良いかい? 君は新垣姉妹と同じクラスの生徒かな?」


 優等生風の先輩――伏見ふしみという人が俺に声を掛けてきた。

 先輩の中に知り合いは当然居るのだが、この人を俺は知らなかったし突然新垣さんたちのことを聞いてきたのも、いきなりだなと目を丸くしてしまった。

 放課後という絶妙なタイミングと、わざわざ先輩があの二人のことを名指しして聞いてきた。この時点でそういうことなんだろうと予想出来たわけだが、この次に続いた言葉が上で述べたことに繋がる。


「実は前から新垣さんたちは気になってたんだ。ただどっちがどっちか分からないんだけど、まあ良いかと思ってね。どっちでも良いからまだ残っていたら連れてきてくれないかな?」


 そこから詳しく聞くと、どっちがどっちか分からないからとのことだ。

 以前に輪廻さんか黄泉さんのどちらかを見た時に一目惚れをしたらしく、結局どっちか分からなかったからこそ、どっちでも良いのだと先輩は笑っていた。

 彼は爽やかに笑ったが、俺からすればそれはどうなんだと呆れたのである。

 それは流石にダメじゃないかと、少しだけ小言を言わせてもらい見事に面倒な奴認定をされたわけだ。


「面倒だな……」


 そうため息を吐かれたが、俺は先輩に対しこう言葉を続けた。


「確かに先輩からしたら俺は面倒な奴かもしれないですけど、常識的に考えて先輩のしようとしてることってカス以下だと思いますよ」


 カス以下だと、そう口にすると先輩は分かりやすく顔色を変えた。

 彼がどんな人かは分からないし、他に仲間が大勢居たりするとこれからの学生生活に怖いものは残るけど……それでも言わずにはいられなかった。


(まあでも、結局この人が告白をするかどうかを俺が止められるわけじゃない。ここまで言ったけど、流石にこれ以上を止めろと言える立場じゃないからな)


 確かまだ教室に二人は残っていたはずなので、すぐに戻って伝えるくらいは出来るかなと思ったその時だ。


「こんにちは」

「っ!?」


 背後から聞こえた声に俺は肩をこれでもかと震わせた。

 先輩の視線が後ろに向いた段階で誰かが来たのだと思ったけど、この声は……俺が振り返るとそこに居たのはやっぱり彼女たちだった。

 鞄を持っていないのでこれから帰るというわけでなさそうだが、このタイミングで来るなんて間が良いのか悪いのか……。


「……あの時の彼女がどっちか本当に分からないな」


 ボソッと先輩が呟き、彼女たちの元に動こうとしたところで輪廻さんが口を開く。


「盗み聞きはダメだと思いつつも、話題が私たちのことでしたので聞かせていただきました。その上で先輩から話を聞く前に答えさせていただきます――私も妹も、先輩と付き合うつもりはありませんので、どうかそのようにお願いします」

「どっちでも良いなんて言われたら流石に人間性を疑うわ。申し訳ないですけど諦めてください先輩?」


 二人とも同じ顔でニコッと微笑み、先輩に対しての答えを口にした。

 あまりにも似すぎている美しい二人の微笑みは先輩だけでなく、俺もドキッとして一瞬下を向いてしまうほどだ。

 だがある意味、こうして話を聞かれていたのは逆に良かったのかもしれない。


「いや、ちゃんと分かってるから! 俺は君! 黄泉さんに告白をするつもりだったんだよ!」


 うっわ白々しい。

 優等生っぽいというか、真面目そうな見た目なのにここまで来るとどこまでも無責任そうな印象が付いて回る。

 指を向けられた黄泉さんは分かりやすく嫌そうにしているので、これはもうどう転んだとしても受け入れてもらえるわけがない。


「なるほど。黄泉?」

「何も聞く必要ないと思うけれどね。分かったわ」

「二人とも?」


 何をする気だ?

 お互いに頷き合った二人は一度目を閉じ……間を置いて目を開けたのだが、その瞬間に何か雰囲気が変わったのを俺は感じた。

 それはどうやら先輩も同じらしく、ハッとするように息を呑んでいる。


「先輩」

「先輩」

「どちらが黄泉でしょうか?」

「どちらが私だと思います?」


 ……え?

 その問いかけはどっちがどっちだというクイズだった。

 二人は位置を変わっていないので、さっきまでと同じなら左が輪廻さんで右が黄泉さんなのは変わらないはず……だというのに、今の一瞬で少し分からなくなってしまったのだ俺は。


(……いや、惑わされるな。冷静に見ろ……うん。間違いない)


 間違いなく二人は何も変わっていない。

 冷静になれと自身に問いかければ、二人の違いが明確に分かった――俺は二人を間違えることがない。その言葉を裏付けるように、左が輪廻さんで右が黄泉さんだと確信を持っている。


「……右……いや、左が黄泉さん……?」


 違う――その答えは外れだ。


「違いますよ。私が姉の輪廻です」

「私が妹の黄泉ね」


 二人とも自身に指を差して答えを口にした。

 やっぱり俺の答えに間違いはなかったなと思うと同時に、一瞬であれあの空気の変化によって今まで分かっていた見分けが一瞬付かなくなったのは驚いた。

 まるで、二人が本気でお互いに溶け込もうとしたかのようだった。


「別にこれで合っていたからと言って先輩を受け入れることはありません。もう一度言いますね? あなたと付き合うつもりは毛頭ありません」

「そういうこと」


 二人の言葉に先輩は悔しそうに唇を噛んだ後、背を向けて歩いて行った。


「……えっと」


 さて、完全に二人の独壇場になってしまったわけだが……俺は一体どんな言葉を掛ければ良いのだろうか。

 そんな風に困っていた時、輪廻さんがクスッと笑って俺に近づいた。


「最初からというわけではありませんでしたけど、あの人に対して色々と言ってくれたことは聞いていました――ごめんなさい。本来ならそんなことせず、こちらに用があるのならあなたを困らせるなと言うべきでした」


 頭を下げてきた輪廻さんに続き、黄泉さんも口を開いた。


「私は姉貴よりも途中からだったけど、ごめんなさいね長瀬君。私たちのことで面倒な時間を使わせてしまったわ」


 輪廻さんと同じように黄泉さんもまた頭を下げてきた。

 流石にこの二人に頭を下げられるとなると、この場を他の人に見られたら変な噂を立てられると思い、俺は慌てるように頭を上げてくれと口にした。


「別に良いんだよ。そんな風に言われるようなことじゃない……その、たぶん二人に色々と話を聞いてなかったら普通に呼びに戻ってたか、或いは勝手にしてくれって知らんぷりだったと思うからさ」


 もし何も知らなかったらどっちでも良いなんて言われても、うわっとなるだけできっとそこまでだったと思う。

 予め輪廻さんから聞いていたからこそ、黄泉さんとも同じように話をする機会があったからあの先輩にそれはどうなんだと言えたのだ。

 口にしてみて情けないなと苦笑しながら頬を掻いていると、サッと輪廻さんの伸ばされた手が俺の手を包み込んだ。


「そのような過程の話は必要ないでしょう。大切なのは今ですから――その今においてあなたは私たちのことを考えてあの人に対して物申してくれた。それが素直に私たちは嬉しかったですよ?」


 輪廻さんの手の平はとても温かく、不思議なほどに安心感があった。

 さて、こんな風に手を握られたりするとやはり顔が赤くなってしまうと言うのは当然で、そんな俺を見て輪廻さんが微笑ましそうに見つめてきた。

 まるで年上のお姉さんかのような表情だ……凄く綺麗だった。


「姉貴と私の荷物取ってくるわね」

「良いんですか?」

「えぇ。だからちょっと待ってて」

「ありがとう黄泉」


 背を向けて黄泉さんは駆け出して行った。

 ただ先生に注意されたのを思い出したらしく、途中で歩き始めたのは少し笑ってしまったが。

 黄泉さんが居なくなり僅かな間を輪廻さんと二人で過ごすことに。

 そんな中、遠くなっていく黄泉さんの背中を輪廻さんは見つめ続けているわけなんだが……ずっと彼女に手を握られてしまっており、俺はどうしようかと迷う。


「……あ、すみません。ずっと手を握ってしまって」

「いや、全然大丈夫だ」


 内心は全然大丈夫じゃなかったけども!

 これでもう用事はなくなったし、黄泉さんが戻ってくる前だけど俺はもう帰ることにしよう。

 一応母さんから食材の買い物を頼まれているからだ。


「じゃあ俺は帰るよ。実は用事があってさ」

「分かりました。今日はありがとうございました長瀬君」

「何も礼されることはしてないよ。二人が来て解決したようなものだし」

「ですから……ふふっ、これだと同じことの繰り返しですね。このことはここで終わっておきましょう」


 そうだなと、俺は輪廻さんと笑い合った。

 それから俺は手を振って輪廻さんと別れたのだが、妙に背中に視線を感じたので一度振り返ってみると、輪廻さんとピッタリと目が合った……そして、彼女が何かを言っていたような気がしたけど結局それは分からなかった。







「まさかと思いましたけど……長瀬君。私たちのこと、分かっていましたか?」

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