休日の出会い
学生にとって、休日の過ごし方というのは色々あるだろう。
俺は部活動に入っていないので学校に行く用事はないし、芳樹や正志といった友人とも遊ぶ予定はない――つまり、暇なのである。
「だからってわざわざそんなことをしなくても……」
「良いんだよ。何もしないよりはマシだって」
というわけで、俺は母さんがやる予定だった掃除を代わりにやっていた。
休日出勤で外に出ている父さんはともかく、母さんも平日は仕事で忙しくしているんだから休日くらいはゆっくりしてほしい。
「休日くらいは休みなって。まあ、今日が特別みたいなもんだけどさ」
「それはそうだけどねぇ……ま、分かったわ。任せるわね」
「おうよ」
誤解がないように言うなら休日を全てこんな風に過ごしているわけではない。
口にしたけど今日が特別みたいなもので、基本的には家の掃除は母さんがやることが圧倒的に多い。
「……ふふっ」
「なによ?」
掃除機を持ってウロウロする俺に母さんが微笑んだので、俺は掃除機の電源を切って母さんを見つめた。
すると母さんはおもむろに立ち上がり、俺の正面に立って突然抱きしめた。
突然のことにビックリしたが、母さんが意味のない行動をするとは思っていないので大人しく抱擁を受け入れた。
「嬉しかったのよ。本当にあなたは親思いだって」
「……掃除したくらいで何言ってんだよ」
「そうね。たかが掃除だわ――でも明人はそうなのよ。私のこともパパのことも、いつも労わってくれるでしょ?」
いや……家族を労わるのは当然だと思うんだが。
頭をなでなで、背中をポンポンと優しく叩きながら母さんは言葉を続けた。
「昔から転勤が多くて明人には苦労を掛けたわ。けど明人は決して文句を言わず、私たちに付いてきてくれて……もう少し、我儘を言ってくれても良かったんだけど」
「いや……確かに色々変わったのはストレスがあったけどさ。母さんと父さんが傍に居れば別に寂しくなかったし」
ヤバい言って恥ずかしくなったわ……だがこの言葉は嘘ではない。
どんな新天地に言ったとしても、母さんたちの言葉が俺を包んでくれていた。俺は特に反抗期があるような時期はなかったが、こんな風に温かい家族に対して嫌な感情を持つというのがそもそも難しい。
『何かあったらすぐに言うのよ?』
『馴染めなかったりしたらすぐに相談するんだぞ? 決して一人で抱え込むな』
世の中には色んな家族の形がある。
良い形、悪い形、それは様々だ。だが俺は自信を持って言える――俺は母さんと父さんが大好きだ。だってそれだけ愛のある家族だったから。
「んもう明人ったら! 今日は明人の大好きなお肉料理をたくさん作っちゃう!」
「お、マジか!」
「えぇ! 楽しみにしておきなさい!」
「あいよ!」
ということで、今日の夕食は豪華になりそうだぜ!
それからは母さんも一緒に掃除をしたくなったらしく、せっかく俺が掃除機を奪ったのに母さんも途中参戦してしまった。
途中で水の入ったバケツを蹴っ飛ばしたりなどハプニングはあったが、何とか短時間で終わらせることが出来た。
「じゃあ母さん。ちょっくら出てくるわ」
「気を付けるのよ~」
「う~っす」
時間は流れて昼過ぎ、流石に家ですることがなくなったので外に出ることにした。
適当に買い物でもしながら、ゲーセンにでも行って遊ぶか……色々と候補はあったが、取り敢えずはブラブラすることに。
「……お?」
そうして歩いていると、俺は見つけてしまった――一人で目の前を歩いている輪廻さんを。
こうして彼女を……というより、彼女たち姉妹を見かけることはあった。
だが普段見る制服ではなく、カジュアル風なファッションの輪廻さんを見るのはまた少し新鮮な気分だった。
「ま、別に用はないからな」
いくら知り合ったとはいえ、わざわざ見かけただけで声を掛けるのも変な話だ。
そう思った俺は彼女を見なかったことにしようと思った矢先、どこの建物に入ろうかと物色していた様子の彼女がこちらを真っ直ぐに見つめて動きを止めた。
ワンチャン……ワンチャン俺を見ていない可能性もあると思い、俺はそっと視線を外して横に歩いてみた。
「……………」
「……………」
すると俺の動きに合わせて彼女もゆっくりと視線が動くのがよく分かった。
あ、これ完全に俺をロックオンしてるわ……これ自意識過剰? でも最近になって話をしたからだと思っている。
直近でもあの先輩の告白騒ぎもあったからな。
なんてことを考えていたら輪廻さんはすぐ傍に歩いてきていた。
「こんにちは長瀬君。もしかして逃げるつもりだったの? せっかくクラスメイトに出会ったのにそれはどうなのかしら?」
……え? 輪廻さんだよな?
仕草というか言葉遣いは完全に黄泉さんだけど、俺の認識としては目の前の彼女を輪廻さんとして見ている……あれ?
「こんにちは……黄泉さん」
なんか……初めてだな。
こうやって間違っていないと思っているのに間違いを敢えて口にしたのは……だがそう俺が黄泉さんの名を口にすると、彼女はクスッと口元に手を当てて笑った。
「ふふっ、ごめんなさい長瀬君。本当は私です――輪廻です」
「あ……うん」
思いの外早かった種明かしに逆に俺はポカンとしてしまった。
やっぱり間違っていなかったのかと驚くわけでもなく、ただただ彼女がどうしてこんなことをしたのかが分からなかった。
微笑む彼女はやっぱりと口ずさみ、確信を持った様子でこう言った。
「長瀬君――やはり私たちの違いに気付いてますね?」
その問いかけに心臓が跳ねた。
別にバレてどうなることでもないのだが、それでも実際にこうして輪廻さんから指摘されたのは驚いた……だって気付かれたであろう瞬間がなかったからだ。
「どうして気付いたのか分かりませんか?」
「……まあ」
「確かにそうですよね。強いて言うならあの先輩の時です――私と黄泉がお互いにお互いを演じた時、あなたが私たちのことを分かっていたことに気付きました」
「……それだけで?」
「あの先輩への対応をしていた時、私はずっとあなたのことも見ていたので」
……まさか、その時に俺の僅かな反応で気付いたってのか?
一瞬、俺もどっちか分からなかったけど……それでも間違えない自信はあった。
ジッと見つめてくる輪廻さんは一歩俺の方へ更に近づき、その綺麗な瞳で見上げながら言葉を続けた。
「もしかして……ずっと気付いてました?」
これはもう誤魔化す必要はないなと、俺はうんと頷いた。
その瞬間に目をキラキラとさせた輪廻さんはとても可愛く、どこか隠し切れない喜びを感じているように見え、それほどなのかと俺は彼女を眺めていた。
ただ、あまり期待させすぎるのもどうかと思ったのでこう伝えるのだった。
「その……なんで分かるかは分からないんだよ。明確な理由はないし、どうしてと聞かれて答えられるものじゃない――なんでか分かるとしか言えない」
明確な理由はないと、俺は確かにそう伝えたのだが……目にも留まらぬ速さで輪廻さんは俺の手を両手で包み込んだ。
「今まで……私たちのことを分かる人は家族を除いていませんでした。……いえ、確かそのはず……あぁでも――」
「どうした……?」
ボソボソッと呟いた輪廻さんは何かを思い付いたかのようにまた俺を見た。
間近で見る彼女はやっぱり可愛くて、同時にとても綺麗で……正直なことを言えば心から彼女に見惚れてしまった――ただ、その後すぐに俺は驚くことになったが。
「長瀬君。これから時間はありますか? もし用事があるなら構いませんけど」
「いや、特にないけど」
「ならこれから一緒に居ても良いですか? あなたのこと、教えてください」
「……わっつ?」
「あなたのこと、教えてください」
教えてくださいって……俺はたぶん凄い顔をしていたと思う。
彼女の言葉の意味は理解出来るが、どうしていきなりそんなことを言い出したのかが分からなかったのだ。
相変わらずポカンとする俺に輪廻さんは言葉を続けた。
「実を言うと私はあなたのことが気になっています。以前に話した時、どうしてこんなに話しやすいのかと……気を許せているのかと気になりました。そして何より、偶然かも分からないですがあなたは私と黄泉を見分けることが出来る……それがどうしても知りたいんです」
「お、おぉ……」
グッと体を寄せられ、俺は思わず一歩下がった。
しかし、彼女は許さないと言わんばかりに下がった分の歩幅を狭めてくる。
「長瀬君。今日はあなたと一緒に過ごしたいです――ダメ……ですか?」
……これ、断れません。
不安そうに首を傾げた輪廻さんに、俺は頷く以外の選択を取れなかった。
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