新鮮で懐かしい

 家での掃除を終えてのお出掛けになったわけだが、本当に今日は適当に過ごす予定だったのは間違いない。

 それがどうしてこうなった?


「ふぅ……美味しいですね」

「そ、そっすね……」


 普段なら絶対に来ないようなお洒落な喫茶店に輪廻さんと訪れていた。

 流石に昼過ぎということもあって頼むのは紅茶程度だが……俺は味よりも目の前に座っている輪廻さんが気になって仕方ない。

 美人姉妹と呼ばれている片割れ……こうして休日に間近で見るのは初めてだけど、見れば見るほどこの人はやっぱりレベルの高すぎる美少女だ。


(……まあでも、ある程度は落ち着いてきたな)


 店の雰囲気と紅茶の良い香り、味もそうだが浮ついた心を落ち着かせてくれる。

 俺のことを知りたいと、気になると言われて手を引かれた時はそれはもう内心慌てていたものだが、前述したように今はもう落ち着いていた。

 綺麗な所作で紅茶を飲み終えた輪廻さんが俺を見た。


「あまり固くならないでください。知らない仲ではないのですから」

「それはまあ……クラスメイトだしな」

「はい。ですのでどうか気を楽に――さっきも言いましたが、私はあなたのことを知りたいんですよ」

「言い方が逆ナンなんだよなぁ」

「自覚はあります。好奇心に突き動かされるように、私はあなたの何が気になるのかそれを知りたいんです」


 輪廻さんの真っ直ぐに俺を見つめている。

 正直なことを言えば、彼女が求める答えを提示出来るとは思えない……でも、どうして彼女たちのことが分かるのか、それを知りたいのは俺だって同じだ。


「その……俺も実は気になってる。なんで俺は輪廻さん……新垣さんたちのことを判別することが出来るのか、その理由をさ」

「それなら……って、せっかくの機会ですから名前で呼び合いませんか?」

「……え?」


 名案だと、パンと彼女は手を叩いた。


「私たちは同じ苗字ですから。それに……あなたは私たちの違いが分かっている。尚更名前で良いではないですか」

「それは……そうなのか?」

「はい。私もあなたのことを名前で呼びますから――どうですか?」


 今度は不安そうではなかったが、コテンと首を傾げる仕草は本当に可愛くて、俺は彼女の提案に素直に頷いた。


「えっと……輪廻さん?」

「はい! 明人君♪」


 ニコッと、輪廻さんは微笑んだ。

 以前に屋上でのやり取りの後に見た黄泉さんの微笑みに匹敵するほどの破壊力は本当に凄まじく、俺は誤魔化すように残っていた紅茶を飲み干した。

 それから手にしていたカップを端に寄せ、改めて俺たちは見つめ合った。


「あの時、あなたと本格的に話した時に言った言葉を覚えてます?」

「どこかで会ったことはないかってやつ?」

「はい。私は明人君と話をした時、不思議な懐かしさを感じたんですよ。まるで昔に会ったことがあるような……そんな気がしました」

「生憎と記憶がないんだよなぁ」

「分かっています。黄泉に聞いたんですけど、調べてくれたんですよね?」

「……勘違いするなとか思わなかった?」

「え? 全然思いませんでした」


 黄泉さんも言っていたけど変に思われていないなら良かった。

 少し話の腰を折るようだが、俺は彼女の傍に黄泉さんが居ないのが珍しいと思って聞くと、これまた意外な事実を知ることに。


「あの子は基本的に休日は寝て過ごす子ですから。ぐうたらというわけではないんですけど、用事がなかったら大体はベッドの上です」

「……へぇ、それは意外だな」


 二人はとても似てるけど、話してみた感じ黄泉さんは結構出歩いていそうなイメージだったんだが……なるほどなるほど。まあこの事実を俺が知って良かったのかと怖くなったが、輪廻さんはクスッと笑って大丈夫だと言ってくれた。


「何も用事がないからこそです。私を含め両親の誰かと出掛ける時、或いは友人たちと出掛ける時はしっかりと身支度を整えて外に出ますから」


 だろうなと俺は頷く。

 時々輪廻さんを見かけるように黄泉さんのことも見ることはあった。でも彼女が基本的にベッドの上の住人というのはかなりのレア情報かもしれない。


「これ、言わないでくださいね? この事はあの子の親しい友人も知りません。もしも広まったら誰が原因かすぐに分かりますよ♪」

「怖いんだってば!」

「うふふっ♪」


 知るべくして知ったような運命を感じた気がする。

 けど……不思議だな。やっぱり輪廻さんと話をするのはどこかすぐに慣れてきたというか、最初にあった緊張がなくなっている。

 これは黄泉さんにも共通していたけど……本当に何なんだ?


「最初にあった緊張がなくなってるって、そう思ってます?」

「……俺、口に出してた?」

「いえ、言ってませんよ。何となく、そう思ってるのかと思いました。まあその反応ですと合っていたみたいですね?」

「……ビックリしたよ。心臓ドキッとしたって」

「驚かせたならごめんなさい。でも……分かっちゃいましたね♪」

「っ……」


 ええい! だからなんでこの人はこんなにドキッとした言葉を口にするんだ!

 俺はたまらず店員さんを呼び、いつの間にか空いた小腹を満たすためにチョコのケーキを頼んだ。

 輪廻さんもケーキを頼んだため、しばらくして運ばれてきたケーキを俺たちは一緒に食べ始めた。


「……美味しいな」

「はい、とても♪ ここには黄泉も一緒によく来るんですよ。あの子は辛いのも甘いのも大好物でして、基本的にケーキは二つ頼みますね」

「へぇ……」

「毎回太りますよと忠告はするんですが、あの子は私と同じで脂肪がそこまで付かない体のようでして」

「……ほう」


 特に他意はなかったが、俺がチラッと見たのは彼女の胸元だった。

 高校生離れしている大きく実った二つの果実……制服の時もそうだったが、服の内側から主張するかのような膨らみだ。

 あくまでチラッと見ただけなので気付かれてはいないはず……いや、流石に一瞬とはいえ女性の胸に目を向けるのは失礼だと反省した。


(どこに脂肪が付くのか分かる気がするな……)


 なんてことを考えていると、話の内容は過去のことになった。

 輪廻さんが言うには懐かしい感覚は何なのかと考えた時に、俺の昔のことを聞きたいと思ったようで、俺は簡単に過去のことを話した。


「小学校と中学校は別の場所に居たんだよ。それで高校に入学する段階でこっちに帰ってきたんだ」

「そうだったんですね。大変ではなかったですか?」

「父さんと母さんがとにかく気に掛けてくれたからさ。大変なことはあったけど全然大丈夫だった」

「そうですか……。明人君はご両親のことが大好きなんですね。話してくれる中でそれを感じましたよ」

「……あ~。まあ大好きではあるな」


 クラスメイトに家族のことを言われるのはかなり恥ずかしいな。

 頬を掻く俺を見てクスッと微笑みながら、今度は自分のことだと輪廻さんは話してくれた。


「私はずっとこっちに住んでいましたね。幼稚園から今まで変わらずこちらに住んでいます。一時期は明人君のご家庭のように仕事の関係で引っ越しの話はあったんですが、結局父が単身赴任で他所に赴いたんですよ」


 なるほどな。

 でもそうか……もしかしたら、こうして彼女たちと出会うことがなかった未来もあったかもしれない。

 そう考えると、何やら感慨深い気分にさせられる。


「明人君の言い方ですと幼稚園はこっちだったんですか?」

「あぁ。○〇幼稚園だな」

「あぁあちらの方の……私たちは□□幼稚園ですね」


 流石にどこの幼稚園かは覚えていたが、やっぱり別々だったらしい。

 どうりで若干の記憶を頼りに幼稚園の集合写真を見た時に彼女たちの名前がなかったわけだ。


「手掛かりはゼロ……ですが、ちょっとだけワクワクします」

「そうか?」

「はい。これで何もなければそれはそれで仕方ないでしょうけど、明人君も何かあると思ってるんですよね?」

「それは……まあな」


 確かに何もなかったらそれはそれで仕方のないことだ。

 けど……どうやらお互いに気になっている以上はスッキリさせたいからな。


「ならこれからも、もっと明人君と話をしたいです――この感覚、今までにないこの気持ちを大切にしたいので」

「……さっきから照れることを言うよね輪廻さんは」


 そう言うと輪廻さんも少し照れたように笑った。

 今日、こうして俺たちは出会い話をしたわけだけど……当然のようにこの感覚に対する答えは出なかった。

 それでも、だからこそこれからも彼女と時間が合えば話をする約束をした。


「あ、そうでした」

「どうしたの?」

「私たちのことが判別出来ること、黄泉にはまだ言わないでもらえますか?」

「え?」

「なんとなく……そうしてほしいんです」


 小さく呟いた輪廻さんに俺は頷いた。

 その後は特に過去を話すことはなく、学校生活のことであったり勉強のことなどを話しながらケーキを食べ終え、また機会を作ろうと言って別れた。


「……なんか、不思議な時間だったな」


 離れていく輪廻さんの背を眺めながら俺はそう呟き、家に帰るのだった。


『りーちゃん! よーちゃん!』

「っ!?」


 一瞬、脳裏で声がした。

 今のは何だと首を傾げたが、結局分からなかった。

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