触れ合う肩に視線は重なる

 輪廻さんと一緒にティータイムを過ごしたあの日から数日が経った。

 黄泉さんもそうだけど、あの先輩による告白騒ぎがあってからよく視線をくれるようになり、教室でもそれとなく目が合うことが増えたのだ。

 輪廻さんと黄泉さんの美人姉妹と目が合う度に、ドキッとするのだが……流石に視線を逸らすのは失礼だと思ってさり気なく会釈はするようにしている。


『なんとなく……そうしてほしいんです』


 喫茶店で彼女にそう言われたことは覚えている。

 なので黄泉さんには彼女たちのことを判別出来ることは伝えていないし、輪廻さんも黄泉さんには伝えていないようだ。

 どうして輪廻さんがそのようなことを言ったのか、その意図は分からないがあれから輪廻さんと二人で話す機会はなかったため、それ以上のことは何もない。


「何考えてんだ?」

「いや、特に何も」


 輪廻さんのことで考え事をしていたせいか会話が止まってしまい、一緒に歩いていた正志が怪訝そうな顔をしていた。

 本当に何でもないと伝え、少し強引ではあったがこの場に居ない芳樹のことを出すことで話題を逸らすことに。


「芳樹のやつ、大丈夫かねぇ」

「それな。早く治ると良いけど」


 これから学校に向かうという中、いつもの面子の一人である芳樹の姿はなかった。

 今日は久しぶりに三人で登校しようと昨晩に連絡を取り合っていたのだが、今朝になって芳樹は風邪を引いてしまったらしくメッセージが入っていた。

 熱は結構あるようだがメッセージの文面は元気そうだったので、意外と大丈夫なのかもしれない。


「放課後どうする? 見舞いに行くか?」


 俺がそう言うと正志は当たり前だろと頷いた。

 まあ仮に俺が言わなかったら正志が提案したと思うので、結局は同じことだ。


「そう言えばさ」

「うん?」

「前にも会ったよな。あの時は俺が風邪を引いたんだけど」

「……あ~」


 正志の言葉を聞いて俺は思い出した。

 今は二年の6月なのでちょうど半年ほど前、それこそ俺たちがまだ一年の頃の冬の時期だったか……芳樹と同じように正志も風邪を引いて休んだ時があった。

 ちなみに俺は高校生になってから一度も風邪になったことはない。


「それで? その時のことがどうしたんだ?」

「いや……あの時は芳樹に聞いたんだけど、うちに見舞いに来る提案をしたのって明人だったなって」

「そういやそうだったな。芳樹が行かないって言ったら俺一人で行くつもりだった」

「……ほんと、お前って優しい奴だよ」


 いきなりなんだよ気持ち悪い――俺はそう言って苦笑した。

 確かに高校生にもなって見舞いに行くほどかと言われたらその通りだ……その通りではあるのだが、高校から知り合ってかなり仲良くなったからこそ俺は正志の見舞いに行ったのだ。


「明人の両親も凄く良い人たちだし……なんか、血って感じだよな」

「お前や芳樹の両親も良い人たちだぞ?」


 仲が良いということは、当然お互いの家に行き来は何度もしているので二人の両親とも顔見知りだ。

 遊びに行く時も泊まりに行く時もいつだって良くしてくれるし、大量のお菓子なんかもくれてめっちゃ良い人たちなのだ。


(……って、これだと餌付けされているみたいなんだが)


 でも……また遊びに行った際にお菓子が出てきたら遠慮なく食べてしまいそうだ。


(……ま、こんな風になれたのは間違いなく母さんと父さんのおかげだろ)


 別にそうで在れと強く言い聞かせられたわけではない。

 しかし母さんと父さんはとにかく俺に優しかったし、頭ごなしに否定して怒ることはせず、ちゃんと話を聞いてくれた……もちろんそれだけじゃない。

 母さんと父さんは互いのことを心底大切にしている。だから俺も、そんな二人を見ていたから他人に優しくすることを学んだのも大きい。

 もちろん、悪意のある人や個人的に嫌だと思った人にまで優しくすることはないんだけどさ――あの先輩みたいな人にはな。


「取り敢えず放課後になったらアイスでも買ってってやるか?」

「そうだなぁ。風邪が移るからって会わないようにするかもだし、そうなったら家に入らせてもらって冷凍庫に入れて帰ろう」

「おっけー」


 そんなやり取りを経て俺たちは学校に着いた。

 教室に入った段階でお互いに自分の席に座ったのだが、そこで俺はふと視線を感じてそちらに視線を向ける。

 するとそこには輪廻さんがジッとこちらを見ていた。


(……何だろうな。あの視線に怖いとか思えなくて、逆に本当に綺麗だなって思えちゃうのが美少女レベル高すぎるんだろうなぁ)


 視線が合うと輪廻さんは微笑み、それが更に可愛いと思わせる笑顔だった。

 彼女から視線を外して俺は荷物を鞄から取り出すのだが……やっぱり、あの笑顔にはドキドキさせられる。

 しかしながら、そんな輪廻さんの様子に気付けるのも黄泉さんだった。

 俺は立て続けに黄泉さんにも見つめられ、彼女もまた輪廻さんと全く同じ表情で微笑み……何を思ったのか黄泉さんは立ち上がってそのまま俺の元にやってきた。


「おはよう長瀬君」

「お、おはよう……」


 確かに俺は彼女たちと仲良くなったようなものだが、こんな風にクラスメイトの視線が集まる中で堂々と話をするような仲ではなかった。

 どうしたんだと困惑したが、彼女の手に持っている物を見てすぐに察した。

 黒板の左端を見ると、そこには今日の日直の欄に俺と黄泉さんの名前が書かれており、どうやら今日は俺と彼女が日直のようだ。


「日誌はもうもらっておいたわ。名前とか書いてもらえる?」

「分かった」

「他は全部私が書いても良いけどどうする? 半分で分ける?」

「それが良いかな。流石に全部任せっきりにするのは嫌だしさ」

「分かったわ」


 彼女から日誌を受け取り、自分の名前を書いてから他の欄を埋めていく。


「ねえ長瀬君」

「なに……っ!?」


 どうしたんだと振り向いて俺は驚いた。

 彼女は膝に手を突くようにして俺の机を覗き込んでいる姿勢のせいで、彼女の横顔がすぐ傍にあったのだ。

 俺のすぐ傍で日誌を覗き込む彼女の横顔は本当に綺麗だ。

 まあ黄泉さんに関してどんな感想を持ったとしても、それは全部輪廻さんに思ったこととほぼ似通ってしまうのだが、俺はそこで僅かな違いに気付いた。


(……笑い方とか、雰囲気は意外と違いがあるよな。元々分かってたけど、こうして二人のことを知ったからなのか結構ハッキリした気がする)


 顔は同じ。声も同じ。体格も同じ。ほとんどの要素が同じだ。

 でも……彼女たちはやっぱり別人で、ちょっとした仕草と雰囲気が違う。だからこそ自信を持って言える――彼女たちにはそれぞれの個性があり、それは間違いなく輪廻さんと黄泉さんにおける二人の違いであることを。


「どうしたの?」

「……おっとごめん」


 手が止まり、彼女を横目で見ていたことがバレてしまった。

 それでもやっぱり黄泉さんは文句を口にすることはなく、クスッと微笑んで逆に耳元の髪をかき上げる動作を披露してきた。


「もしかして見惚れてた?」


 右目でパチンとウインクをした黄泉さん。そんな彼女に対し、ちくしょう可愛いなと思いながら俺はそっと日誌に視線を戻す。

 黄泉さんは隣の席から椅子を借りて俺の隣に座った。


「そういえばこうして二人で話をするのはあれ以来じゃない? あの時も伝えたけれど本当にありがとう長瀬君」

「いやいや、俺もあの時に伝えたけど礼を言われることじゃないよ。二人が来てハッキリ断ったから先輩との話は終わったんだから」

「確かにそうだけど。あの人を前にして言ってくれた言葉、姉貴もそうだけど私もしっかりと覚えてるのよ? あんな風に言ってくれて本当に嬉しかったんだから」


 そう言って黄泉さんは自分の肩を俺の肩に軽くぶつけた。

 それはよく俺が芳樹や正志にやられるようなじゃれ合いの一つで、まさかそれを異性の黄泉さんにされるとは思わなかった。

 黄泉さんはニコッと笑うだけでそれ以上の反応はなかったが、俺はその瞬間に懐かしい声を聞いた気がしたのだ。


『あっくん!』


 それは幼い女の子の声だった。

 まるで昔にこのようなシチュエーションを経験したかのような……そんなデジャブを俺は感じた。

 そして反射的に黄泉さんの顔をジッと見たのだが、彼女もまた目を丸くして俺を見つめている。


「黄泉……さん?」

「……あ、ごめんなさい――少し、懐かしいって思っちゃって」

「……………」


 それからの俺と黄泉さんと包む空気は不思議なモノだった。

 結局、その後すぐに彼女は自分の席に戻って行ったので分からずじまいだったが、それでもさっきの一連の動作に何かを感じたのは間違いなかったのだ。

 ……でも、それ以上に黄泉さんや。


(……あれ、つまりは無意識に肩ドンしてきたのか? 笑顔も合わさって破壊力ヤバすぎるだろ)


 あんなんされてしまったら大抵の男は落ちてしまうぞマジで。

 俺は割と本気でそう思った。




【あとがき】


結構ジレジレしていますが、ちゃんと区切りまでにある程度の決着は付きます。

ヤンデレのように速攻でということはないんですが、どうか見守ってくださいますと幸いです。

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