気になる人

「どうして私だと分かったの?」


 目をキラキラさせて彼女はそう聞いてきた。

 意図しているのかどうかはともかく、俺の答えに興味があるかのように彼女はグッと距離を詰めてきた。

 甘い香りが鼻孔をくすぐり、風に揺られて彼女の髪がなびく。

 まつ毛長いなぁとか、肌が綺麗だなぁ……なんてことを思うくらい、そして何より輪廻さんにどこまでもそっくりだなと俺は改めて感じていた。


「なんてね。たぶんあれでしょ? あの授業でのやり取りがあったから何となく私だと思ったんじゃない?」

「いや、普通に分かったんだけど」

「ほんとかしら? ふふっ、じゃあ今はそう思ってあげるわ♪」


 二人のことが分かるんだとカミングアウトしたようなものだけど、これは全然信じてくれていないなと俺は苦笑した。


(たぶん、それだけ誰も彼女たちのことを完璧に判別出来ないからかな。だから真顔で分かると伝えても信じてくれない……いや、この場合は信じられないのか)


 結局、分かるかどうかの話は流されてしまいそれ以上のことはなかった。

 昼休みが終わるまでまだまだ余裕はあるものの、万が一にも遅れたらダメだということで俺は黄泉さんと共に屋上から校内へと戻った。


「……う~ん」

「どうしたんだ?」


 階段を下りる途中で黄泉さんが腕を組んで唸り始めた。

 そのまま彼女はチラッと俺の顔を見て動きを止め、そのままジッと見つめ続ける時間が続いてしまい俺の方が耐えられなくなって視線を逸らす。


「あ、ごめんね? なんかさぁ……本当に私たちどこかで会ってないわよね?」


 また以前のようにそう聞かれてしまい、俺は頬を掻きながら実はと言ってあのことを伝えてみた。


「その……輪廻さんと黄泉さんの二人に同じことを聞かれたのもあってさ。昔のアルバム引っ張り出して調べてみたんだけど分からなかった」

「あら、もしかしてあわよくばを狙ったの?」

「そんなことは……ないとは言い切れないのが悔しいところです」

「素直でよろしい♪」


 分かってはいたけど、やっぱり気持ち悪いとかって言われなかったな。

 安心したようにホッと息を吐くと、どうしたんだといった風に黄泉さんが首を傾げたので、俺は今思ったことをそのまま伝えてみた。

 すると黄泉さんは一瞬目を丸くした後、ないないと首を振った。


「事の発端は会ったことがないかって言った私と姉貴でしょ? ほぼ同時に私たちから聞かれたようなものだし、長瀬君からしたら気になっても仕方ないわよ」

「そう言ってもらえると助かる。めっちゃ気になったから」


 色々言ったけど本当に気になっていた。

 母さんにアルバムないかって聞くくらいだし、俺にももしかしたら美少女との淡い出会いの記録が隠されているかもと期待しちまったんだ。

 それでどうこうなるとは当然思ってないけど、同じクラスメイトだし何か話のネタにはなるかなと思っていたんだ。


「改めてありがとう長瀬君。こんな風に異性に心配されるってなかったから」

「あ~……ま、ひょんなことで話したからな」

「ふふっ、本当に話しやすいわよ長瀬君♪」

「っ……」


 ニコッと微笑み、口元に指を当てた黄泉さんにドキッとした。

 こういう時にそこまで積極的に女性と接していなかった草食男子の弱点というか、それが全面的に出てしまうのが少し悔しい。

 顔を赤くした俺を見てニヤリと笑った黄泉さんはツンツンと人差し指で肩を突いてきた。


「照れちゃってるわね?」

「……………」


 そりゃ照れるに決まってるでしょうよ、そう言おうとしたがちょうどそこで昼休みの終わりを伝えるチャイムが鳴った。

 俺と黄泉さんはしばらく見つめ合った後、どちらからともなくマズいと呟き、一気に駆け出すのだった。


「廊下を走るのは止めなさい!」

「すんません!」

「ごめんなさい!」


 廊下は走るなと、偶然その場に居た先生に注意を受けながらも俺たちは足を止めなかった。


▼▽


「お手洗いに行ってきますね」

「は~い。行ってらっしゃい」


 時は放課後となり、トイレに向かう輪廻を黄泉は見送った。

 まだ教室内に生徒が多く残っている中、輪廻が戻るまで黄泉はスマホでも弄りながら時間を潰すことに。

 そんな中、彼女はある男子生徒を思い浮かべてクスッと笑った。


「……ふふっ」


 その微笑みは彼女の美しさを最大限に引き出す。

 可愛いか美しいか、その二択だと彼女に集まる表現としては美しいの方が軍配は上がるだろう。

 しかし、そんな美しい顔立ちもこうして彼女が微笑むだけで可愛いという要素がプラスされ、まだ残っていた男子が顔を赤くしていた。

 さて、そんな彼女が誰を思い浮かべているのか――それは明人のことだ。


(クラスメイトだから当然知ってたけど、あんなに話したのは初めてなのよね。なんなのかしらこの感覚……どこか懐かしいって思えたのよね)


 それが彼に対して告げたどこかで会ったことがないかという言葉の正体だ。

 初対面でないのは確かだが、それだけで説明出来ない何かがあるのは間違いない。しかしその答えが黄泉には分からなかった。


(まあでも、それが分からなくてもいいわよね。彼と話をするのは楽しいし、何より凄く優しいのが伝わってくるから)


 それでも良いかと思えたのは明人の人柄を知ったからだろう。

 男子が全員そうと言うわけではないが、黄泉に告白をしてきた男子はみんなその瞳に欲望を携えている……それを見るのが黄泉は嫌だった。

 だが明人は本心から黄泉のことを心配してくれていた。

 わざわざ背中を見かけただけで駆け付けてくれた。先生の言い方にイラついたのは確かだが、その時に脳裏に浮かんだのは明人のマイナスな感情も悪いことではないという言葉で……ただでさえ心配の要らないものだったが、明人からの言葉は不思議なほどに黄泉の気持ちを落ち着かせた。


「……ちょっと遅いわね」


 明人にも伝えたが、時折黄泉は輪廻に対して隠れて暴発することがある。

 だが普段は姉のことを大切にしており、明人に伝えた仲の良い姉妹というのは何も間違ってはいないのだ。

 だからこそ、こうして姉の帰りが遅くなると心配になるのだ。


「……よっこいしょっと」


 椅子から腰を上げ、トイレの場所に黄泉は向かう。

 しかし意外にも輪廻の姿はすぐに見つかり、彼女は隠れるようにしてある一点を見つめていた。

 黄泉が首を傾げながら近づくと、輪廻は彼女に気付いて小さく微笑んだ。


「何してんの?」

「……悪いとは思いつつも、少し聞き耳を立てています」

「??」


 輪廻の視線の先を覗くと、そこには明人と特に見覚えのない先輩の姿があった。

 周りに生徒が居ないからこそ、二人の話し声がよく聞こえた。


「別にどっちでも良くないか? あまり知らないんだし、付き合ってから知っていくことだってあるだろ?」


 そう言ったのは先輩だ。

 これだけだと黄泉は話の全貌が掴めないが、後に続いた明人の言葉に黄泉は全てを察することが出来た。


「確かにそういう恋愛の形があるのは知ってます。でも、どっちも良いだなんて考えで告白するのはどうなんですか? 彼女たちは確かに似てる――でも輪廻さんも黄泉さんも違う考えを持っているんです。そもそも、そんな考えの人に告白されて嬉しいわけがないでしょ」

「……うるさいな君は。出会ったばかりの君に聞いたのが間違いだった」


 黄泉と輪廻にとって、とても面倒な内容であることはすぐに分かった。

 だがどうしてこんなことを明人が話しているのかが謎だったが、それを教えてくれたのが輪廻だった。


「明人君はこれから帰るところだったんですけど、私か黄泉のどちらかを呼び出す手伝いをしてほしいと先輩に頼まれたんです。それで理由を聞くと、私たちのどちらでも良いから付き合いたい……それに明人君があんな風に言ってくれている流れです」

「……はっ、なによそれ」


 どちらでも良いから付き合いたい、改めて聞くと嫌悪感が溢れそうになる。

 そして同時に改めて明人の人柄を見抜いた自分が間違っていないことが分かり、黄泉はそれが嬉しかった。


「彼、不思議ですよね」

「えぇ。そこは姉貴と一緒かしら」

「分からないんですけど、凄く気になるんですよ。それが分からないのが凄くもどかしいですが、今は彼の元に向かうとしましょう。黄泉はどうします?」

「私も行くわ」


 取り敢えず、彼の元に黄泉は輪廻と向かうことにした。

 気持ち悪いことを言った先輩に一方的なまでの拒否をするために、そしてそんな相手にそこまで言ってくれた明人にお礼を言うために。

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