時々暴発

 クラスで有名な美人姉妹こと、輪廻さんと黄泉さんの二人と話をしてから数日が経過した。

 あの出来事は確かに俺と彼女たちにとって、今までなかった関りを生み出す結果になったのは言うまでもなかったが、だからと言って特別彼女たちと時間を作って会ったりするようなことはなく、今まで通りの時間が過ぎて行った。


「……うん?」


 ただ、それでも時折目が合うと彼女たちは反応してくれる。

 今だってボーッと席に座っていた俺の視線の先に、友人たちと楽しそうに会話をしている二人と目が合った。

 輪廻さんはクスッと微笑み、黄泉さんはそっと手を上げた。


「何見てんだよ。って、またあの二人を見てたのか」

「最近増えてねえか?」


 バシッと、いつかの再現のように肩を叩かれた。

 うるせえよとも、いてえよとも言えずに俺はただ黙って受け入れる――何故ならその通り、視線が合うことが増えれば必然的に顔を向ける時間も多くなる。

 もちろん、彼女たちをジッと見つめる恋を拗らせた男子たちほどではないが、ちょっとは気になってるのも否めない。


(なんつうか、恋をしてるとかそういうんじゃないんだよな)


 所詮言い訳に聞こえるだろうけど、これは恋ではないと断言出来る。

 俺にも良く分からない謎の感覚……別に気持ち悪いほどではないけど、何かがあると無意識に感じているのが何とも言えない。

 どうせすぐに気にならなくなるかと俺はため息を吐き、空気を換えるように二人に問題を出した。


「問題~、どっちがどっちでしょうか」


 俺の問いかけに二人はすぐに答えてくれた。


「右が姉だな」

「左が妹だ」

「……ほう?」


 実はこの答え、二人とも間違ってはいなかった。

 それでちょっと感嘆の声が漏れてしまったが、どうやらまぐれというか当てずっぽうの答えだったらしい。


「いや、右が妹だな!」

「ぐぬぬ……左が姉だ!」

「……………」


 残念、そのままなら合ってたのにな。

 その後先生がやってきたことで授業が始まったのだが、担任はともかく授業の時しか接することのない先生でも彼女たちの判別はやはり難しいようだ。

 ちゃんと教卓には席順で名前の書いたプリントが置かれているにも関わらず、じっくりと確かめてから先生たちは彼女たちのどちらかを指名する。


「新垣輪廻さん。この問題を解いてみてください」

「はい」


 あ、そっちなんだって顔をしているけど紙を見なはれよ……。

 黒板の前に立った輪廻さんは問題を軽々と問題を解いていくのだが、その問題は習いたての範囲ということもあってそこそこに難しいものだ。

 だというのに一切止まることなく答えに辿り着いた彼女を先生は拍手し、他のクラスメイトも凄いと口々に言っていた。


「それじゃあ次は……新垣黄泉さんに解いてもらいましょう」

「は、はい……」


 次に指名されたのは黄泉さんだった。

 輪廻さんと違って彼女は自信無さげに黒板の前に立ち、必死に考えながらゆっくりと問題を解いていく。

 最終的に答えは出せたものの、その答えは間違っており先生が正しい答えを黒板に書いた。


「難しい問題でしたからね。気にする必要はありませんよ」

「……はい」

「おそらく解けた人はそこまで居ないでしょう。黄泉さんもお姉さんに是非教えてもらうと良いでしょう」

「っ……分かりました」


 先生にとって、それは何気ない言葉だったんだろう。

 それでも以前に黄泉さんの話を聞いた俺からすれば、それが黄泉さんの負の感情を刺激することは容易に想像出来た。

 その証拠に黄泉さんは下を向いて必死にノートに書き込んでいる。

 彼女が何を考えているのかは分からないけど、かなり悔しがっているだろうことは想像に難くない。


「それじゃあ今日はここまで。日直、号令を」

「はい。起立、礼」


 授業は終わって昼休みだ。

 芳樹と正志の二人と机を合わせて弁当を食った後、俺は彼らと一緒にトイレを済ませた帰りのことだ。

 黄泉さんが一人で屋上に続く階段の方へ向かっていた。


「悪い。ちょっと用事があるのを思い出したわ」

「用事?」

「ふ~ん、じゃあ先に戻ってるぜ?」

「おう」


 二人にそう伝えて俺は黄泉さんの後を追った。

 普段なら何も気にするはずはない。でもあの背中が気になったのはたぶん彼女と絡みを持ったからだ。

 カツカツと、屋上に向かう足音がやけに大きく感じた。

 明確な目的を持って屋上に行くことはなかったけど、こんな風に向かうのは初めてかもしれない。


「ま、屋上に行く用事なんてそもそもないからな」


 そう苦笑し、俺は屋上に出た。

 屋上に居るのが黄泉さんだけというのは分かっていたので、俺は迷うことなく音を立てて扉を開いた。すると当然、黄泉さんは俺に気付き視線を向ける。


「長瀬君?」

「おっす」


 手を上げて彼女の元に向かうと、クスッと笑って彼女はこう言った。


「あ~、もしかして私の話を聞いて心配でも掛けちゃった?」

「……お節介とは思ったけど、友達とトイレの帰りに一人で屋上に行くのを見ちまったからさ」

「……そっか」


 お節介だとも思ったし、余計な世話だと言われる可能性も考えていた。

 それでもああいう話を聞いた以上は申し訳なかったけど、自分の中にあった心配を優先させてもらったのだ。

 彼女は手すりに背中を預けるようにして俺を見つめ返したのだが、やはり心配の必要がないような微笑みを浮かべた。


「別に大丈夫よ? あの先生は間違ったことを言ってないし、姉貴に聞けば全部教えてくれるのは確かだから。定期テストの前とかも私はよく姉貴に泣きつくこともあるからねぇ」

「へぇ? やっぱり輪廻さんのことは大好きなんだな?」

「当然じゃないの。けどもしかしたら、長瀬君と話をしなかったら同族嫌悪みたいに思われたかもね?」

「……いや、どうだろうな」

「え?」


 俺は彼女の隣に並んだ。

 そしてあの発言を聞いた後から黄泉さんと実際に話をするまでに思っていたことを俺は彼女に伝える。


「逆に信じられなかったんだよな。だって普段から黄泉さんは輪廻さんと仲が良いじゃん? もちろん人前ってのもあるかもしれないけど、それでも俺のそこまで高くない観察眼だと……凄く慕ってるように見えてたからさ」

「自分でそう言うんだ?」

「自信を持って言う。まあそういうことがあって、聞き間違いじゃないのかって思ってたほどなんだ」

「そっか。そんな風に見られてたのね」


 仮に俺じゃなくてもこう言うと思うけどな。

 二人は目立つ。双子だし、美人だし、全てが似ているし……でも、それ以上に二人はいつも笑顔で話をしているから。

 だから誰も二人の間にぎこちなさがあるとは思わないだろうし、喧嘩なんて絶対にしないだろと思う人も居るはずだ。


「ま、長瀬君の考えてる通りよ。私たちは基本的に仲が良いけど、時々発作が出るように私が姉貴のことを悪く言うだけなんだから」

「聞かれないように気を付けろよ?」

「分かってるわ。姉さんのことだから仮に聞こえても笑って済ませそうだけどね」

「……輪廻さんって怒ることあるの?」

「少なくとも最近は見たことないかしら。中学校の時に高校生にナンパされて、それで私が肩を掴まれた時は鞄を振り回してキレてたけど」

「わお」


 あの輪廻さんがキレるというのは想像出来なったが、大事な妹を守るために怒ったのだとしたら意外と想像出来るかもしれない。

 黄泉さんは顔を上げ、空を見つめながらボソッと呟く。


「今年はそうでもないけれど、去年までよく言われてた言葉があってね」

「うん」

「お姉ちゃんは出来たから君も出来ると思ったって、そう言われたことがあったわ」

「……なるほどな」


 確かにそれは嫌な部分を刺激してくる言葉だろう。

 話を聞くと中学時代は結構の頻度で言われたらしく、嫌味の多い先生からは姉を引き合いに出して色々言われたとも聞いた。


「それもあってたとえ嫌味とかそういう意図がなくても、似たようなことを言われたらなんでそこで姉貴を出すんだよって思っちゃうの。もちろん姉貴は何も悪くないから私がキレそうになるのはそう口にした相手なんだけど……時々暴発しちゃうってわけ。自分で言うのもなんだけど本当に面倒な性格してるよ私」


 でもねと、黄泉さんは続けた。


「でも……こうして話を聞いてもらうのはやっぱり悪くないわね。長瀬君、やっぱり人の話を聞く才能があるんじゃない? 本当にペラペラと喋っちゃうから」

「そう言ってもらえるのはありがたい……のか?」

「自信無さげね? これでもあなたに言われたマイナスなことを考えることも間違いじゃないって言葉、結構嬉しいと思ってるのよ?」


 あの言葉がそんな風に思えたなら俺も嬉しいよ。

 一切の心配を感じさせない微笑みを浮かべる黄泉さんを見ていると、本当に何も心配は要らないんだと安心出来る。


「でもいずれ、本人の前で暴発しそうで怖いなぁ」

「それ、私も思ってるから大丈夫」


 自信持って言うことじゃないんだよ。

 笑顔の黄泉さんに呆れるように息を吐いた俺だったが、突然黄泉さんが俺を覗き込むように顔を近づけた。


「ところで長瀬君」

「うん?」

「屋上に私が向かうのを見たからここに来たんだよね?」

「そうだな」

「その時から私って分かってたの?」


 俺の顔を覗き込む彼女の眼はキラキラしていた。

 まるで以前、俺を輪廻さんが見つめていたかのよう。本当に姉妹でそっくりだ。

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