少し仲良く
「……………」
「……………」
気まずい。
もしかしたらと思ってはいたが、こんなにも早く……それこそ輪廻さんと話をした翌日とは恐れ入った。
彼女に連れられたのは屋上で、ここに来ると昨日のことを当然だが思い出す。
ただ、最初に妹の方だからと言われたのはちょっと笑ってしまった。まあ俺が彼女たちの判別が付くことを黄泉さんも輪廻さんも知らないからな。
「いきなり連れてきてごめんなさい。少し確認したいことがあってね」
「……お姉さんが言ってた本性のこと?」
「本性って言い方は止めなさい」
キッと睨まれたので俺は素直に謝った。
ただ、彼女はすぐに険しくしていた表情を柔らかなモノに変え、ごめんなさいと入れ替わるようにまた俺に謝ってきた。
「私があなたを連れ出したのに睨むようなことをしてごめんなさい……その、睨むつもりはなかったんだけど、こんな形で男性と面と向かうことがなかったからちょっと勝手が分からなくてね」
「そうなんだ……ま、告白ってわけじゃないもんな」
まあ何というか、美少女に睨まれるのもご褒美ってやつ? 俺には睨まれて喜ぶような趣味はないけれど、一応別に今のを不快に思ったりはしなかったと伝えると黄泉さんは安心するように息を吐く。
「良かったわ。姉貴……コホン、姉さんが言ってたけど――」
「俺が言うのもなんだけどさ。別に取り繕わなくて良いぞ?」
「そう? そうね……なら普段通りにさせてもらうわ。姉貴が言ってたんだけど、私が荒れてたのを見たようね?」
「……嘘を吐いてごめん」
「謝らなくて良いわ。私がそもそも独り言を漏らしたのが悪いんだもの」
何聞いてんだよボケェって話ではないようで安心した。
「一昨日も思ったけど姉貴って呼ぶんだ?」
「あぁうん。昔の名残でね……ま、そういう時期があったのよ。人前だと流石に姉さん呼びになるけど、二人っきりだと姉貴って呼んだ方が喜んでくれるわ」
「ふ~ん」
楽しそうというか、嬉しそうに彼女はそう言った。
こうなってくると本当にあの姉なんかって言葉が聞き間違えじゃないのかって思えてしまうほどだけど、どうやらこれからその話をするらしい。
「確認のために聞くけど……あの姉なんかにって言葉も聞いたわよね?」
「……あぁ」
「やっぱりそうなのね。でも姉貴には伝えてないのかしら?」
「そりゃそうだろ。昨日ちょっと話したけど……って、区別が面倒だから今だけ名前を呼んでも良いかな?」
「構わないわ」
「ありがとう。輪廻さんは黄泉さんのことを本当に大好きっていうか、心の底から妹のことが好きなんだなって思ったんだ。だからどうしてもこんなことを言ってたよなんて言えなくて……そうなると黄泉さんのあの発言はなんだともなって、逆によく分からなくなったのはこっちだよ」
「……ま、そうよね」
それは今だからこそ更に分からなくなっている。
黄泉さんは絶対に輪廻さんのことを嫌ってなんかいないし、少しでも貶めようなんて考えている素振りすら見えない。
もちろん彼女の内心を読めるわけでもないし、女性のことが分かるほど詳しいわけでもないんだけど……黄泉さんも輪廻さんが好きなんだって何となく分かるのだ。
「あのさ、別に俺はそこまで輪廻さんと交流があるわけじゃないからさ。自分から進んで話をするわけでもないから安心してくれないか? 仮に何かの拍子に仲良くなったとしても話すことじゃないし」
「それが聞けて安心したわ。姉貴にこのことを言われたくなかったら言うことを聞けとかちょっと想像してたし」
「俺そんなことしないよ!?」
とんでもねえことを思われてたみたいで俺は必死に弁解をしておいた。
黄泉さんもそれは分かっていたようで、そんな度胸はありそうにないってありがたいお言葉ももらえて一安心だ……はぁ。
「まあでも、聞かれてしまったわけだし教えてあげる」
「……良いのか?」
「えぇ。人間って何だかんだ気になってしまうモノでしょ? なんか長瀬君……家とかで気にしちゃいそうなタイプだし」
「そ、そんなことないし!?」
「分かりやすいわねぇ。ふふっ♪」
くぅ……見事にカマを掛けられてしまったようだ。
口元に手を当ててクスクスと笑う彼女に若干の悔しさはあるが……やはり、とてつもない美人だからこそ笑っている姿は様になっていた。
でも聞いていいなら聞かせてもらおうかなと、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。
「なんてことはないわ。小さな嫉妬ってやつ……私なんかより、なんでもできる姉貴に対するね」
「……ちょっと想像出来ないな」
「色んな面で姉貴には劣ってるのよね私って。勉強もそうだし人付き合いなんかもそうだし、本当に色んな面で姉貴には勝てないのよ」
「……………」
そう言われても俺にはピンと来ない。
やっぱり彼女たちとそこまでの絡みがないのはもちろんだが、うちの高校は特にテスト結果の順位が出たりもしないからな……まあでも、同じ家族ならテストの順位とかの話もするんだろう。
「それもあって時々ちょっと出ちゃうのよ悪い自分が。でも普段は姉貴のことは凄く大好きだし、尊敬しているし、私のお姉ちゃんでありがとうって思ってる……つまり私ってあれなのよ」
「……めんどくさいってこと?」
「ハッキリ言うねぇ?」
マジでごめんなさいとまた俺は頭を下げた。
でもそうかぁ、そういうことがあって黄泉さんは輪廻さんに対してあんなことを言ったんだな。
「なんか、俺がこう言うのも変だけどちょっと安心したかも。黄泉さんは輪廻さんのことを本気で嫌ってるわけじゃないんだってことに」
「その点に関しては安心して……って私が言うことこそおかしいわ」
「それもそうだな……はは」
「そうよね……ふふっ」
そうしてお互いに笑い合った。
こうなるとちょっと仲良くなれたかなと思うのは早計だろうか、このクソ童貞が単純すぎんだろ案件なのだろうか……まあどっちもかな。
そんなことを考えて苦笑していると、いつの間にか目の前に黄泉さんが居た。
「どわっ!?」
「驚きすぎじゃない?」
いきなり目の前で顔を覗き込まれたら誰だってビックリするだろ……。
考え事をしていた俺が悪かったとはいえ、足音も立てずに近づいてくるのは流石に意地が悪い……そう思ったが、考え事に夢中でそれを聞き逃していただけかもしれないので何も言えない。
「……う~ん」
「どうしたの?」
ジッと見つめてくる彼女に俺は首を傾げた。
しばらく考えた後、黄泉さんはこんなことを口にした。
「こんな風にあまり話したことのない長瀬君との時間が不思議だったのよ。普通ならここまで話すことはないだろうし……でもどうしてか、凄くあなたは話しやすかったというかなんというか……ちょっとよく分からない気持ちだったの」
「ふ~ん?」
「私たち、どこかで会ったことある?」
「それ輪廻さんにも言われたけどないと思うよ?」
「そうよね……」
まさか黄泉さんにもそう言われるとは思わなかった。
でも彼女が言ったように、一応クラスメイトとして顔見知りではあったもののここまで詳しく話したのは今日が初めてだ。
そのはずなのに最初にあった緊張は既になく、不思議なくらいに黄泉さんと自然に話すことが出来ていた。
(昨日の輪廻さんともこんな感じだったか……ほんと不思議だな)
とはいえ、そろそろ昼休みも終わる時間なので戻るとしよう。
黄泉さんと一緒に歩いているのを色んな人に見られていたので、教室に戻った際にどんな顔で見られるのかは少し怖いけど……ま、何もなかったから堂々としていればいいよな。
「っと、そうだ」
「どうしたの?」
俺は最後に黄泉さんに向き直った。
少しだけ……お節介だろうし、何を分かってるんだと言われる可能性はあるけど伝えておきたいことがあったのだ。
「人に対してマイナスな感情を持つのって間違いじゃないと思う。黄泉さんは特に気にしていないようだからってのもあるけど、全然良いと思うよ。それで輪廻さんとの仲が拗れるわけでもないし、お互いにお互いのことを考えているのが分かるから、逆にそれもいつか話せたらもっと絆が深くなるんじゃない?」
「……そう?」
「うん。あくまで勝手な俺の思い込みだけどね。こうして二人と順番に話をする機会があったから思ったことなんだけどさ」
「まあ私も姉貴との仲の心配はしてないわ……なんというか、気持ち悪いくらいに姉妹仲は良いからね」
気持ち悪いって……まあでも、それだけ言えるなら全然良いんじゃないかな。
「じゃあそろそろ戻ろうぜ。流石に時間がマズいから」
「分かったわ」
そう言って今度こそ歩き出した。
階段を降り、廊下を少し早いペースで歩く中――ふと俺の前に出て黄泉さんはこう言ってくれた。
「長瀬君は良い人ね。知らないことはたくさんあるけれど、話しやすいって直感で思った人に悪い人は居ないって思ってるの。クラスメイトだし、これからもまたこんな風にお話しても良い?」
「……あ、はい」
「ちょっと~、その反応は何なの~?」
そんな提案をされると思わなかったからビックリしたんだよ。
まあでも、クラスメイトの返答としては良かったんじゃないか?
▼▽
「……ふふっ、良い雰囲気のようで良かったです」
仲良く話をする二人を輪廻が見つめていた。
妹がもしかしたら話をしてしまった文句を言うんじゃないかと不安に思っていたのだがそれは杞憂だった。
もちろん輪廻は二人の話は聞いていないし、内容についても察してはいない。
つまり、黄泉が気にしていたことを輪廻は何も聞いてはいなかった。
「……彼……どうしてこんなに気になるのでしょうか」
実は昨日、輪廻は帰ってからずっとそれを考えていた。
どこかで会ったことがあるような奇妙な感覚……それが何かをずっと考えてしまうほどには気にしていたのだ。
『りーちゃん!』
「っ!?」
ふと聞こえた声に輪廻は辺りを見回したが答えになるものは何もない。
しばらく考え続けた後、輪廻も遅れないように教室に戻るのだった。
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