彼女は待っていた
「ただいま~」
「おかえりなさい」
芳樹と正志の二人と遊び歩いたせいもあってか、帰ってくるのが予想以上に遅くなってしまった。
父さんはまだ帰っていなかったが、母さんは既に夕飯の支度を始めていた。
俺は一旦部屋に向かって荷物を置いた後、風呂に行く前に母さんに少し気になったことがあったので聞いてみることに。
「なあ母さん」
「どうしたの?」
「俺さ、幼稚園の頃ってこっちに居たじゃん?」
「そうね」
「その時のことって覚えてる?」
「……いきなりどうしたのよ」
母さんは一体どうしたのかと俺を見てきたが、息子のことならと腕を組んで昔を思い出すように目を閉じた。
「幼稚園の頃と言ってももう10年以上は前だしねぇ……若いあなたならいざ知らず私はもう若くないから」
「まだ若いだろ母さんは」
「ありがとう♪」
若いって言うだけでそんなに喜んでくれるならあなたの息子は何度だってそう言いますぞ。
「というか写真! 写真があったでしょ!」
「あ、そういやそうか」
とはいえ、そこから写真が入ったアルバムが見つかるまで時間が掛かった。
あまりに見つからないので流石に無理かと思ったのだが、風呂に行きなさいと言われたので俺は半ば諦めていた。
しかし、風呂から出た俺を奇跡が待っていた。
「あったわよ? 奥の方に隠れてたわ」
「おぉ……」
「でもいきなりどうしたのよ。幼稚園の頃のことなんて今まで聞かなかったのに」
「ちょっとな」
俺はそう言ってアルバムを広げた。
(……なんか、期待してるようでキモイかなぁ俺って)
まあ、少し期待はしているかもしれない。
それから母さんも時々様子を見に来たりする中でアルバムの写真に目を通していったけど、特に気になるような写真はなかった。
当時を僅かに思い出せるような気にはなったが、流石にそれなりに仲の良かった奴のことは覚えていたが……それはほとんど男子で女子の姿はない。
「……うん?」
そんな中、終わりかけの写真に俺の目は留まった。
中央に移る俺を囲むように半袖短パンの顔立ちが似た少年が二人写っていたが、他の写真と同じくこの二人に関しても全く思い出せなかった。
「母さん、この二人って覚えてる?」
「う~ん? ……あぁこれね!」
「分かるの?」
「分かんない!」
……よし、汚い言葉が出そうになったがどうにか堪えたぞ。
エプロンで手を拭いた母さんは俺の隣に座り、ジッと写真を眺めながら口を開いた。
「これはそもそもどこかしらね……幼稚園ではないし、どこかのデパートかしら。古い建物もあるみたいだし……ちょっとこれは分からないわね。写真を撮ったってことは私かパパのどちらかなんでしょうけど」
「……流石に10年以上も前だし無理かぁ」
「そうねぇ。というかこの二人、あなたに引っ付いてよっぽど好きなのね」
「何してんのかねぇ」
「さあねぇ。もしかしたら一緒の高校に通っている可能性があるんじゃない? もしかしたら芳樹君とか正志君だったり?」
「ないだろ」
「ないわね。こんなに可愛いわけがないわ」
母さん結構言うじゃんか。
取り敢えず、過去の写真を見てみたが彼女たちと思わせるような女の子との写真はなかったということで、感動の再会というラノベにありがちな展開は否定されてしまったわけだ。
「それで、どうして写真を?」
「……ちょっと今日、昔に会ったことないかって女の子に言われて」
「逆ナン?」
「俺も同じことを言った。母さんは俺と似てんな」
「当たり前じゃないの。同じ血が流れてるんだから」
それもそうかと、俺と母さんは互いにガハハと笑った。
「帰ったぞ~」
さて、そんなこんなで父さんも帰ってきた。
その後に母さんと父さんも風呂を済ませた後、三人で夕飯を囲むのだが父さんが机に置かれたアルバムを見てどうしたのかと聞いてきた。
「明人が今日、女の子に昔に会ったことないかって言われたらしいのよ。それで幼稚園の頃の写真を引っ張り出したってわけ」
「ほ~、それで目当ての女の子は居たのか?」
「居ないから残念に思ってんだろ」
「はっはっは、そいつは残念だったな」
ま、仮にそんな奇跡があったとしても何も変わらないと思う。
そもそも何も覚えていないし、その事実が隠されていたとしても写真を見ただけで思い出せるようなものでもないはずだ。
もちろんそんな昔のことでも覚えていることはあるが……やはり、その記憶も中々に限られている。
「ご馳走様」
夕飯を済ませた後、部屋に戻った頃にはもう輪廻さんの言っていた言葉と昔のことについてはどうでも良いものとして忘れていた。
そんな時だった――芳樹からスマホにメッセージが届いていた。
「……?」
こんな時間にメッセージを寄こすのも珍しくはないのだが、はてさてどんな内容かと思って見てみると……。
『見てくれよこのキャラ! ヤバくね!?』
一枚のスクショと共にそんな文字が添えられていた。
何かのアニメ画像でメイド服を着たスタイルの良い女の子、それが可愛いポーズを決めて写っており確かに可愛かった。
俺は芳樹のようにオタク趣味があるわけではないが、彼の家に行った時によく漫画とか読ませてもらうのでその気持ちはある程度理解出来る。
「可愛いじゃんって……寝るか」
だがすまんな芳樹。今の俺はもう眠たいんだわ。
返信を待つことなく、俺はその後すぐに眠りに就いた。
▼▽
それは俺にとって覚えのない場所だった。
両親の元を離れて駆け回る俺は正に小さな子供……高校生になった今と違って本当に小さな体をしていた。
そんな俺の前で二人の幼い子が泣いている。
「ママ……どこぉ?」
「……うぅ……っ!」
それはどこか懐かしい光景のようにも見えた。
俺は二人にどうにかして泣き止んでほしかったものの、見ず知らずの相手に対してどんな風にすれば良いのか分からない様子だ。
夢の中の俺は何を思ったのか……いきなり二人の前で屈伸を始めた。
そんな馬鹿な行動を目の当たりにすれば目を点にするのはもちろんだ。しかし、二人は確かに笑ってくれた。
「……なんだこの光景は――」
妙に懐かしい気分にさせられたが……そこで俺の目の前の景色はビュンと音を立てるように変化した。
「……え?」
気付けば自分の部屋に戻っており、俺は夢を見ていたんだなと理解した。
覚えのない幼い頃の夢……もしかしたら昨日、輪廻さんの言葉から過去を調べようと思ったことが原因かもしれない。
顔見知りでも何でもない相手に対していきなり屈伸を始めるとか昔の俺はただの馬鹿だったんだなと思いつつ、夢なので本当かどうかは分からないため深く考えるようなことはしなかった。
「なんか……輪廻さんが屈伸関係のことを言ったからか、願望みたいに夢を見たのがすげえ恥ずかしいんだけど」
俺はそう呟いた後、ベッドから出て学校に向かう準備を始めた。
前日は少し早く学校に行ったけど、今日は途中で芳樹と正志の二人と合流する形だったので昨日に比べれば遅かった。
教室に着く頃には大半の生徒が登校しており、新垣姉妹は当然のように友人たちに囲まれている。
「……?」
そんな中、俺はまた黄泉さんからの視線を感じた。
彼女はしばらくこちらをジッと見ていたが、すぐに友人たちとの会話に戻るように視線を切らす。
(輪廻さんも言ってたし……てかこの様子だと話したのかな?)
もしかしたらこんな姉発言について何か言われるかなと思ったが……その俺の予想は昼休みに的中することになった。
例に例の如く、昼食を済ませてトイレに向かった帰りのことだ。
教室の前で腕を組む黄泉さんが居た。
「あ、帰ってきた」
「……俺?」
黄泉さんが頷き、俺に用があることが分かった。
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