また見ちゃった
昼休みもまだ時間がある。
そんな中で、俺は屋上に続く階段の踊り場で有名な美人姉妹の片割れである輪廻さんと向き合っていた。
体勢を崩したことで心配そうにしている彼女の様子に俺は逆にホッとしつつ、ここは素直に認めた方が良いと思って謝った。
「その……白状するとさ。ちょっと屋上で外の空気を吸おうかと思ったんだ。そうしたら……告白の現場を見ちまってさ」
「そんなことはどうでもいいです。どこか捻ったりしていませんか? 捻挫でもしてしまうと酷くなったら大変です」
「……優しい」
あ、つい口にしてしまった。
いくら事故であろうとも告白現場を黙って目撃していた相手のことを良くは思わないだろうし、それでもこんな風に他人を心配出来るのは輪廻さんの優しさなのかもしれないな。
とはいえ、美人に心配をさせるのは嫌だったため俺は姿勢を正した。
「全然大丈夫。ほら、この通りバッチリだぜ」
その場で屈伸をしたりして大丈夫なのをアピールした。
(……あれ、なんか女子の前でこうやって屈伸をするのが懐かしい気がするな)
そんな意味の分からない懐かしさを感じたものの、そのような妙な懐かしさがあってたまるかと俺は内心で自分にツッコミを入れた。
突然の屈伸に輪廻さんは目を丸くしたが、ホッとした後にクスクスと肩を震わせて笑うのだった。
「それだけ元気なら安心ですね」
「おうよ。でも、だからこそ改めて謝らせてくれよ――ごめんな。それと、盗み聞きするつもりじゃなかったのだけは弁解させてくれると嬉しい」
「分かっていますよ。何も疑っていないので安心してください」
この子……マジで天使やで。
黄泉さんのこともそうだが、輪廻さんに関しても悪い噂は一切聞かない……それどころか、よくある人気者に対する妬みなんてものも聞かない。
きっとそんなことが囁かれないくらいに多くの人に好かれているんだなと、このやり取りの中で俺は実感した。
「ところで……長瀬君?」
「あいよ……って、名前知ってたんだ?」
「同級生ですよ?」
「それは確かに」
同級生なら名前くらい知ってるかそりゃそうだよな。
こうして二年になってまだ二ヶ月くらいだけど、俺も新しいクラスメイトの顔と名字は一致するしまあおかしくはないか。
「それで、なんかあった?」
「はい――私たち、どこかで会ったことありますか?」
「毎日学校で会ってるようなもんだぞ?」
「そういうことではなくて、昔に会ったことありませんか?」
「……ナンパ?」
そう言うと輪廻さんが無表情になったので俺は素直に謝った。
頭を下げた俺にそこまでしなくて良いと言った彼女は、どうしてそう思ったのかを教えてくれた。
「その……目の前であなたが屈伸をした時にどうも懐かしい気分になったんです。それで昔に会ったことがあるのかなって」
「う~ん、新垣さんみたいな美人と会ってたら忘れることないだろうけどなぁ。つうかそれって目の前で屈伸をするヤバい奴じゃんやだよ俺」
「美人って……でもそうですね。ふふっ、私ったら何を言ってるんでしょうか」
美人は間違ってないからなぁ。
とはいえ、実際に口に出したけど輪廻さんみたいな同年代の美人と出会っていたら絶対に忘れることはないだろう。
それこそ、小学校とか中学校ならともかく幼稚園とかその辺なら記憶も怪しくなるけどさ。
「あ、そういえば昨日の放課後にも出会いましたよね?」
「え? あぁそういえばそうだったな。その前に妹さんにも会ったぜ?」
「……ふふっ……あはははははっ!」
「……どうしたの?」
突然笑い出した彼女から俺は一歩退いた。
しばらく笑い続けていた彼女だったが、ちゃんとそれには理由があったらしく、別に良いですかねと前置きをしてから教えてくれた。
「実はまだ答え合わせはしていなかったんですけど……直球で聞きますね? 長瀬君は昨日、あの子の隠れた本性を見たんじゃないですか?」
「……………」
「その反応でよく分かりました。実はあの子、昨日私と合流してからずっと長瀬君のことを話していたんです。もしかしたら独り言を聞かれたんじゃないかって」
「……ほう?」
「どんな独り言かは教えてくれなかったんですけど、猫を被っている以外の姿だったので気になっていたようです」
「あ~……」
黄泉さんにはともかく、輪廻さんには完全にバレてしまったようだ。
……でも、輪廻さんが言ったようにどんなことを言っていたかまでは黄泉さんも伝えていないらしい。
(……あんな姉って言ってたのを伝えられるわけがないよな)
あの言い方は明らかに黄泉さんが輪廻さんに良くない感情を抱いていることは分かったけど、とてもじゃないがやはり仲が悪いようには見えない。
「……なあ新垣さん」
「なんですか?」
「妹さんと凄く仲が良いよな? 双子の姉妹ってのがそもそもそんなに見ることないから分からないんだけど、マジでこっちが微笑ましくなるくらいだって思うんだ」
そう言ってみると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか? そう見えていたのなら嬉しいです♪ 私にとっては血の繋がった妹でもあるので、本当に大切な子なんですよ」
これが輪廻さんの一方的なものだとしたらちょっとすれ違っているんだけど、それでもこんな風に言ってくれる姉を嫌になるとは思えない。
もちろんこれは俺の勝手な考えで黄泉さんの考えは分からない……というか、クラスで黄泉さんも楽し気に話をしているんだよな。
(マジで分からんわ……うん)
これはやはり、赤の他人である俺が考えるようなことじゃないんだろう。
昨日の放課後に見たのは変な夢だと、そう思うことにしようかな。
「ところで長瀬君」
「うん?」
「私たちのことがどっちか分かるんですね?」
どこか目を輝かせて彼女はそう言ったが、俺は逆にドキッとしていた。
間違えることはないというのが俺の中の彼女たちに対する答えだけど、俺はここで無難な答えを選ぶことにした。
「いや、さっき独り言も聞こえたしさ。ほら、妹に云々って言ってたじゃん」
「……あ、そういうことですか。なるほどです」
そして一気に落胆したように彼女は顔を伏せた。
「すみません。二分の一なので当てずっぽうでも私たちを間違えない人は居ます。でも明確にどんな瞬間でも私たちのことを分かる人は居ないんですよ」
「まあ……それくらい似てるもんな? 髪型とかリボンはその時の気分だろうし、友人の子もその髪型は輪廻さんだって言って間違えたのも見たことあるし」
「そうですね。それだけ私たちは間違われますから」
話の流れ的に名前を呼んだけど不快に思われていないようで安心した。
それから色々と話を聞いたが流石にご両親は二人のことを確実に見分けられるらしいが、親戚まで行くと難しいらしい。
「なんか……大変っすね?」
「そこまで大変なことはないですけど……今日みたいに、お互いに恋愛をする気がないので確認を取らなくても断ることは多いんです」
「ふ~ん」
「一度だけ、言われたことがあるんです。私が妹じゃないと言ったら、それなら君でも良いんだって」
「……マジかよ」
それはつまり、どっちでも良いって言っているようなものだ。
そもそもそのレベルだと輪廻さんと黄泉さんのどちらともあまり接していないようだし、見た目が似ているのならどっちでも良いって考えなのか……それは言ってしまったら一番ダメな言葉だろう。
「それはあの子も同様でした。だからそんな風に思われても嬉しくないですし、何度かそれがあって男性とそういう関係になる自分を想像出来ないんです」
「それは……まあ仕方ないだろ。流石にどっちでも良いはちょっとないしな」
「ですよね……ですよね!」
「お、おう!」
握り拳を作ってプンプンしている輪廻さん……話の流れ的に決して口に出すわけにはいかないけど凄く可愛かった。
「あ、大分話し込みましたね。私、こんな風に同年代の男性と話したのは久しぶりでした」
「なんか……俺で悪かったよ」
「そんなことありませんよ。妹の告白現場を見て、その後に私の告白現場を見るってそうそうあることじゃないでしょうし」
「……そっか。そんな風に思ってくれるんなら良かったよ」
「どうしてですか?」
だってこんなに二人に遭遇したら尾行でもしているんじゃないかと気持ち悪がられる可能性が怖かったからだ。
それを伝えると、確かにと彼女は頷く。
「やめてくれよぉ……」
「うふふ♪ 冗談ですよ。ごめんなさい長瀬君」
そんなやり取りを経て、俺は彼女と別れた。
時間的にももうすぐ昼休みは終わるので、トイレを済ませてから俺も教室に戻ることにした。
「……昔かぁ。絶対に会ったことはないって」
輪廻さんが言っていた会ったことはないかという言葉、それは絶対にあり得ないと断言できる。
何故なら俺は幼稚園はこっちで過ごしたが、小学校と中学校は父さんの仕事に合わせて別の所に行ったからだ。高校に入学するのを機にこっちに帰ってきたけど、だから彼女たちに会う機会はなかった。
流石に幼稚園の頃に会ってたとしてももうその頃の記憶はないようなもんだ。
「もしそうだとしたら運命的な再会だねぇ……」
そこでチャイムが鳴り、俺は慌てて教室に走って戻り……無事に遅刻した。
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