デジャブ

「……ふわぁ」


 翌日のことだ。

 もしかしたら俺が見たあの黄泉さんは夢ではないのかと思ったけど、やはりくっきりと残る記憶がそれを嘘だと証明している。

 なのでこうして呑気に欠伸をしながら見つめているのは件の姉妹だ。


「……本当に似てるな。でも、やっぱり見分けが付かないわけがない」


 今日はいつもより早く学校に来たけど、そんな俺よりもあの姉妹は早かった。

 教室に入った際に黄泉さんからチラッと視線を向けられたがその程度で、当然ながら姉の輪廻さんは一切俺の方を見ることはなかった。

 ジッと席に座ったまま多くの友人に囲まれている姉妹を見ているが、笑顔で話をする姿はやはり嘘には見えない。


『似てるのは分かるっての! でもそれなら一番最初にどっちかくらいの確認はしろっての! 姉貴も全然付き合う気がないのは分かってるから代わりに断ったけど……あぁめんどい! と間違うなんて!!』


 あの言葉が脳裏から離れない。

 輪廻さんは基本的に敬語で会話をするタイプだが、黄泉さんは敬語でなくとも柔らかい口調なのは知っている……だから余計にあの喋り方が信じられなかった。


「よっ、何を見てんだよ」

「おっと明人君? あの二人を見るなんて分かってますなぁ」

「うるせえよ……」


 二人を眺めていたのが悪かったのか、背後からトンと肩に手を置かれた。

 後ろを振り向くとニヤニヤする友人が二人……というか知ってるぞ。お前らだってあの二人のことを美人だとか色々常に言っているだろうが。

 近くから椅子を拝借し、俺の傍に二人は腰を下ろした。


「髪型とか身に付けているリボンなんかの違いはあるけど、それでも顔立ちがあまりに似すぎてて俺たちですら間違える美人姉妹……だが男たちの欲望はあんな似た顔の二人に両方から迫られたいなんて罪深いことを言う奴も少なくないからなぁ」


 そう言って眼鏡をクイッと上げたのは立花たちばな芳樹よしき、アニメと漫画が大好きな奴だ。


「でも実際そうなるとウハウハだぜ? どっちがどっちか分からないのは流石にアレだけど……それくらいの夢は見ても良いもんなぁ」


 何を想像したのかでへへと笑ったのが村上むらかみ正志まさし、こんなでもサッカー部のレギュラーとして活躍している男子である。

 ただ、そんな話を聞いて思うのがやっぱり彼らも分からないのかって気持ちだ。

 もちろん誰もが彼女たちを間違えるのはともかくとして、それなりに長く一緒に居る同性の友人なんかはある程度識別は付くようだがそれでも完璧ではないらしい。


「それで? ジッと見てたのはお前も告白とか考えてるのか?」

「ねえよ。つうかそんなに話したこともねえわ」


 昨日のことは一先ず置いておくとして……というか、仮に話が出来る仲だったとしても告白までいかないだろ普通は。


「……まあでも、一人の男としては悪くないなって思っちまうよな」

「だよなぁ」

「モチのロンだろ」


 一人の男として、確かに妄想の域を出ないが想像してしまう。

 一度しかない高校生活を恋人と過ごしたい欲求は人並みにあるし、彼女たちのような美人と付き合えたらそれはそれで大きな幸せと言えるだろう。

 それに、絶対にあり得ない選択肢としてあの二人とそういう関係になれたら正志が言ったようにウハウハに違いない。


「ま、特に絡みはないし期待するだけ無駄だって」


 俺がそう言うと二人はそうだなと頷いた。

 朝礼が始まるまで後二分、そんな中で芳樹と正志がこんなやり取りをしていた。


「ところであの二人、どっちがどっちだと思う? 俺は左が姉だな!」

「俺は右が妹だな!」


 俺はそれを聞いて鼻で笑うほどではないが、クスッと笑った。

 すると当然、お前はどうなんだと聞いてくるかのような視線を向けられたので俺は特に考えることなく答えた。


「右が姉で左が妹かな」


 俺は自信を持ってそう言った。

 俺にしても二人にしてもこの答えを確かめる術が今はない――でも、俺は絶対に間違えないという自信があった。

 さて、そんな中意外な形でこの問題の答えが出た。


「ねえ輪廻~! この問題教えてよ!」


 そう言って一人の友人が輪廻さんに飛びついた。

 彼女たちがそのまま接しているのを見るに間違えてはいないようで、それはつまりその友人が飛びついたのは右側……俺が姉だと言った側だった。


「おいおい、マジで当たってんじゃん」

「なんで分かったんだ?」

「……いや、何となく分かった」


 ま、どれだけ俺には違いが分かるって言っても信じてはもらえないだろう。

 そもそもどうして俺も彼女たちの違いに気付けているのか……いや、気付けているなんてものではなく、そもそも分かってしまうのかが何故か分からないのだから。


(ま、俺はイケメンでも何でもないからきっと分かったら分かったで気持ち悪いとか思われそうだけど……)


 きっとそうなるだろうなと苦笑しつつ、でもちょっと悲しいなと気が落ちた。

 それから担任の桐谷きりたに先生がやってきて朝礼が始まり、そこから順次授業の時間を過ごしていく。

 あぁそうそう、昨日問題集を取りに戻った甲斐もあって小テストの結果も中々バッチリだった。

 そして、あっという間に昼休みになった。

 芳樹と正志の二人と昼食を済ませた後、俺は屋上に向かう――時々あるんだよな屋上から遠くの景色を眺めて落ち着こうと思う日が。


「……うん?」


 さて、そんな風に屋上に近づいた時だった。

 入口のところで外から声が聞こえたと思い扉から外を見ると、そこには昨日を彷彿とさせる光景が広がっていた。


「新垣黄泉さん、好きです付き合ってください!」

「ごめんなさい。今は誰とも付き合うつもりはないんです」


 そう言って黄泉さん……ではなく、輪廻さんは頭を下げた。

 昨日と同じように断れた男子は特にそれ以降粘るようなことはせず、すぐに分かったと言ってこっちに走ってきたため、俺は瞬時に陰に隠れるようにして事なきを得るのだった。


「……だからなんでどっちかを確認せずに告白すんねん」


 ただまあ、俺が間違えている可能性も無きにしも非ず。

 そう思っていたが間違ってはいなかったらしい。


「新垣さんに用があると言われて、実際にこの場で名前を出されるんですから分からないんですよね。まあ、あの子の返事は分かっているので断ったのですが問題はないでしょう」


 やはり彼女は黄泉さんではなかった。

 でもなるほど……確かに彼女たちを呼び出す男子を見ていると「新垣さんに用があるんだ」と言って呼び出しているが、名前までは呼んでいない。

 いやいやそれでも確かめてないから告白はどうなんだと思うけど、もしかしたら結果的に頷いてもらったらどっちでも良いとか思っているのかもしれない。


「黄泉と間違われる……ふふっ、似ているなら当然ですよね。私としても可愛い妹のあの子に間違われるのが嫌とは言いませんけど、だからこそ少しばかり男性に関しては些細な接触でも慎重になってしまうんです」

「……………」


 ……盗み聞きはやめようか、そう思って俺はその場から離れた。

 さっきの輪廻さんの言葉は間違いなく黄泉さんに対して親愛のようなものを感じたし、本当に大好きなんだと思う。

 でも、だからこそ反対に黄泉さんの言葉が印象に強く残るのだ。


「……仲が悪そうには見えない。教室で見た彼女も普通に接したもんな……女性って分からないわぁ」

「何が分からないんですか?」

「っ!?」


 ドキッと、俺は思いっきりビックリしてしまった。

 まだ階段を降りる途中だったので見事に一段踏み外してしまい、そのまま体勢を崩しながら踊り場まで滑った。

 ただすぐそこだったのだが上手い具合に着地出来たので怪我はなかった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「お、おう……」


 気遣うように慌てて降りてきたのは輪廻さんだ。

 確かに彼女が降りてくるなら出会ってもおかしくはないけど……背後で声を掛けられるまで全く気配を感じなかった。


「降りる時にあなたを見つけたんです。考え事をしていたみたいですけど……それよりも本当に怪我とかしてないですか?」


 本来ならどうしてここに居たんだと聞きたくなるはずだ。

 それなのに目尻を下げて心配をしてくれる彼女を見ていると、偶然とはいえ盗み聞きをすることになったのが非常に申し訳ない。

 でも……こんな形で彼女と話をするきっかけになったのがなんというか、ちょっと微妙な気持ちになった

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