ひょんなことで
月曜になって登校してすぐ、教室に入った瞬間に俺は芳樹と正志に拘束されてしまった。
まあ拘束されたと大げさに言いはしたものの、単純に彼らに捕まるように教室の隅へと連れて行かれただけだ。
「な、なんだよ……」
突然のことにそう聞くと、正志が眼鏡をしていないにも関わらずクイッと無駄に上げる動作をしてから喋り出した。
「実は俺、見ちまったんだよ」
「正志隊員は見ちまったようだぜ」
「……何をだよ」
ガシッと俺の肩に手を置き、正志は睨みつける……は言い過ぎだけど、少しばかり鋭い視線で俺をドキッとさせた。
正志だけでなく、芳樹も俺をジッと見つめてくるというこの構図……マジでどうしたんだと不安になるが、続いた言葉にため息を吐くのはすぐだった。
「お前……土曜日にどっちか分からないけど新垣さんと出歩いていただろ!」
「それを正志は見たんだよ! おいおい、まさか付き合ってるのか!? 俺たち非モテ同盟の絆はどこに行っちまったんだ!?」
「……はぁ」
なるほどと、俺は彼ら二人が詰め寄ってきた理由を知った。
それなりに大きな声ではあったものの、特に俺たちはクラスで目立つような人間でもないため、誰も俺たちのことを気に留めてはいない。
数人は目を向けてきたものの、結局はその程度だ。
「まず一つ、付き合ってはいないし非モテ同盟の絆も捨てたつもりはない。男女が二人で出掛けることをデートというなら否定は出来ないがまあ……なんだ。取り敢えず付き合ってはいない――それは確かだ」
別れ際に背後から抱きしめたことは当然言えないけれど、それを除いてもとにかく俺たちは別に付き合ってはいないので、今言ったことは嘘ではない。
俺の必死でもなければ言い訳でもなく、本当にそのままのことを伝えたわけだが、二人はそうだよなと一気に表情が柔らかくなった。
「だよなぁ。つうか、別にお前に彼女が出来ても大丈夫だっての!」
「あっはっは! そうそう気になんかしないって!」
「……………」
その割には十分気にしてたように見えたけど……。
取り敢えずこれで一安心……まあでも、輪廻とのことを仮に見られてこんな風に詰め寄られても特に迷惑には思わなかった。
まあ仮に迷惑に思ったとするなら友人でも何でもない他の人間に対してであり、決して輪廻に対して今度から控えてくれとも言わない。
「おはようございます」
「おはよう」
なんて話をしていたら彼女たちの登場だ。
男女合わせてみんなの視線が集まる中、彼女たちは二人揃って席に向かい……黄泉さんだけがギロリと俺の方へ視線を向け、そのまま近づいてくる。
傍に居たはずの二人は既に歴戦の戦士が如く撤退を試みており、黄泉の進撃を止める者は誰一人として存在しない。
「明人君」
「はい」
「約束、覚えてるわよね?」
「あい」
「よろしい」
それだけ言って彼女は満足そうに頷き背中を向けた。
実はあの輪廻と出掛けた日の夜に彼女から電話があったのだが、来週だと待ちきれないので月曜の放課後にでも一緒に出掛けようと提案されたのだ。
翌日の日曜は少し用があったので無理だったものの、月曜日ならと俺は黄泉の提案に頷いた。
「……うん?」
そんな時、一人の男子がジッと睨んでくるのを俺は見つけた。
その男子は特に目立つような人物ではなく、俺と同じ……というと少し悲しい部分もあるが、目立つ人間ではない。
まあクラスの陽キャ連中もある程度は睨んでくるのだが、それでもさっきの彼のようなクラスメイトも睨んでくるのかとちょっと思ってしまう。
(原因はたぶん……彼女たちと接し始めたからかな)
きっとそうだと答えが出たが、やはり折角再会出来たので周りの目を気にして離れるという選択肢は取れるわけがない。
ただ……輪廻と出掛けた日、黄泉との話が終わった後に改めて考えたんだけど輪廻とのやり取りはやっぱりやり過ぎだったよな? 落ち着きはしたし嬉しかったし、何より彼女が喜んでくれたのなら良かったと思いはしても……くそっ、ああいう時ってどうすれば良いんだよマジで!
(ま、気にしても仕方ねえか)
最近は彼女たちに対して無責任な告白もないらしく、本当の意味で日々の学生生活を楽しめているらしい。
黄泉が電話越しで伝えてくれたのだが、そこには俺の存在がかなり大きいとのことで、そんな風に言われてしまっては俺も嬉しくなって頬が緩くなってしまう。
「っと、俺もさっさと席に着くか」
ちなみに、席に着く直前に輪廻と目が合った。
彼女はヒラヒラと手を振りながら笑っていたので、さっきの黄泉とのやり取りはやはりじっくりと見られていたようだ。
ちょうど席に着いた段階で先生がやってきた。
そこからはいつも通りの授業風景が展開され、休憩時間が来る度に芳樹と正志だけでなく、輪廻と黄泉も話しかけてくるので色んな意味で相変わらず視線が集まる。
「あ~あ、土曜日は私も誘ってくれると嬉しかったわねぇ」
そしてあっという間に時間が流れて放課後になり、隣を歩く黄泉にもはや恒例となった肩ドンをされながらそう言われていた。
別に彼女は結果的に仲間外れになったことに文句を言っているわけではなく、あくまでそうだったら良かったのにと可愛く拗ねているだけだ。
「ま、全然良いんだけどね。そのことに関してはもう、一昨日の電話でたくさん話をしてしまったし」
「そうだなぁ。次の日が日曜だったから随分話し込んだし」
「……迷惑じゃなかった?」
「全然。むしろ楽しかった」
だから不安そうな顔はしないでくれと伝える。
黄泉は輪廻と違って押しの強さがある……いや、冷静に考えるとどっちもどっちな気はしてくるのだが、気の強さで言ったら黄泉の方が強い。
そんな彼女に不安な表情は似合わないからこその言葉だ。
「……なら良かったわ♪」
ニコッと黄泉は微笑んでくれた。
その笑顔に安心し、俺たちは歩き出す――しかし、ここに来てまさかの事態が起こってしまった。
適当に買い物でも一緒にしようかと話をしていた時、突然の通り雨に俺たちは見舞われることになり、天気予報でも一切雨が降るなんてことは言われていなかったために、俺たちは激しく降る大粒の雨を遮るものを持ち合わせていない。
「最悪!! もう!!」
鞄で疑似的な傘を作るように黄泉は頭の上を守っているが、その程度でこの激しい雨を防ぐことは当然出来ない。
俺もそうだけど黄泉も服がすぐにびしょ濡れになってしまい、あまりにも意地の悪い通り雨だと声を大にして文句を言いたい気分である――しかも、更に追い打ちが俺たちに襲い掛かってきた。
「黄泉」
「え――」
ちょうど俺たちの近くを乗用車が通りがかり、水溜まりをどうも避けてくれる様子がなかったのだ。
ここまで濡れてしまっていては意味がないだろうことは分かっていても、俺は水が跳ねても大丈夫なように黄泉のことを抱き寄せ、黄泉に掛かる水をどうにかガードすることが出来た。
「ここまで濡れてたらもう意味ないだろうけどな」
あははと笑いながらそう言うと、黄泉はそんなことないと頭を振った。
「そんなことないわ。確かにお互いびしょ濡れだけど……ふふっ、こんな風に守ってもらったのは初めてだわ」
「そうか……っ!?」
「明人君?」
つい、俺は速攻で視線を逸らした。
俺にとってこういうのは無縁だと思っていただけに、完全に気を抜いてそれを見てしまったわけだ――大雨によって制服が肌に張りつき、黄泉の肌色と膨らみを包み込む下着の色が透けてしまっていたのだ。
「あ……っ!?」
「よ、黄泉!?」
俺が視線を逸らした理由に気付いた彼女だったが、何故か俺から離れるようなことはせずにギュッと抱き着いてきたのである。
俺の胸元に彼女の豊かな膨らみを押し付けるかのように、それこそ形が変わってしまうほどに抱き着き、ボソッと呟いた。
「こうすれば……誰にも見られないし……?」
「な、なるほど……」
何がなるほどだよバカタレが!
とはいえ、確かに他者に見られるほど恥ずかしいものはないだろう……まあ結構近くに寄らないと分からないとはいえ、それでも女の子だからこそ不安のようだ。
お互いにびしょ濡れになり、温かくなった時期ではあるが風邪も心配だ。
ここからだと黄泉の家は遠く、逆に俺の家は近い――だからなのか、俺は自然と彼女にこんな提案をしたのだ。
「俺の家近いし寄っていく? 少しは乾かせると思うし、シャワーだって……」
言葉の途中だったが、黄泉は行くと小さく呟いた。
こうして、本当に唐突だったが黄泉が家に訪れることになるのだった。
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