風邪
「……やっちまった」
ある意味で予想は出来ていた。
ひょんなことから黄泉を家に連れてきた翌日のこと、既に学校に行かなければならない時間だが俺はベッドの住人と化していた。
なんてことはない――風邪を引いてしまったのだ。
「……あ~、鼻水止まんねぇ」
幸いにも症状は熱と鼻水が酷いくらいだ。
腹痛もないし頭痛もないので全然症状としては軽く、これなら今日休んだら明日には確実に良くなるだろうことが予想出来る。
朝になった段階で黄泉は大丈夫かと思い連絡をしたが、彼女は全然大丈夫とのことで俺は安心した。
それなら良かったと返事はしたものの、俺が休むことは当然伝えていない。
「……まあ学校に行けば分かることだもんなぁ。もし連絡が来たら気にしないでくれって伝えないと」
そんなことを思いつつ、本当に体調が恐ろしいほど悪くないのは不幸中の幸いだ。
心配してくれるとしたら早く元気な姿を見せて安心させるために、今日はしっかりと寝て体調を万全に整えることにしよう。
「にしても暇だねぇ」
あまり休むことがないので、いざこうして学校に行かないとなると暇で仕方なくなってしまう。
休日と何も変わりはしないのだが、みんなが学校に行っている間に休むというのは何とも言えない気持ちにさせられる。
「……ふわぁ」
しかし不思議なことに、朝起きたばかりのはずなのにベッドの中に居たら段々と眠くなってくる。
俺はしばらく天井を眺めた後、気付けば眠りに落ちるのだった。
▼▽
「……春雨スープマジ美味しい!!」
バッと体を起こし、俺は意味不明な寝言を呟いて体を起こした。
咄嗟のことだったので何も気にしていなかったのだが、辺りを見回して自分の部屋なので当然一人であることに気付き、そして寝言で何を言ったのかを思い出してかあっと頬が熱くなった。
「なんやねん春雨スープ美味しいって……いや美味しいけどさ」
そう呟いて時間を確認すると、もう昼の12時を回っていた。
学校だともう少しで4限目が終わる頃か……ぐうっと腹が鳴ったので、飯を食うために一階に降りようとしたが、念のためにスマホを確認した。
すると芳樹や正志と言った仲の良い友達はもちろん、輪廻と黄泉からもメッセージが届いていて俺はすぐに内容を確認する。
「……あ~」
やはり思った通り、黄泉に関してはかなり気にしているようだった。
文の内容からしても昨日は俺を差し置いて自分がシャワーを浴びたからなんてことも書かれているし……俺は少し返事に悩んだ後、これで良いかと返事を返した。
「さてと、それじゃあ昼飯にすっかぁ」
どうやら熱も引いて体の怠さもなくなっている。
鼻水は相変わらずだがその程度で、朝からジッと寝ていたのが良かったようだ。
「……俺を呼ぶ者、そなたは何者なるや」
なんてことを言いながら俺が手に取ったのはインスタント食品の春雨スープだ。
ポットでお湯を沸かしながら冷蔵庫から卵を二つほど手に取り、ウインナーと一緒に混ぜ込みながら熱を通していく。
凝った料理は一切出来ないが、こういう誰でも出来そうな料理くらいは大丈夫だ。
「……よし、こんなところか」
卵とウインナーに火を通し終え、熱々に温まったお湯をカップに注ぎ、お茶碗に白飯をよそって海苔も隣に置いて完璧だ。
「いただきます」
あ、後で母さんたちにも大丈夫だって連絡を入れておこう。
昼食を済ませた後、食器なども全て洗ってから部屋に戻り改めてスマホを確認すると黄泉から爆速で返事があったことに気付く。
『ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ』
その返事に俺は笑みを浮かべ、元気だと伝わるスタンプだけ押しておく。
明日にはもう学校に行けそうだし、早いところ元気な姿を見せることが今の俺にとって一番大切なことだと思う。
たかが風邪だし心配してもらうほどのことではないと思っていても、心配してくれる人が居るってのは素晴らしいことだからな。
「さあてと、また少し夕方くらいまで寝るかぁ」
今日の夜寝れるかな……そんな不安があるけど考えても仕方ない。
スマホでSNSでも眺めながら眠くなるのを待ったが、一向に眠くならずにそのまま二時間くらい目を開けた状態で時間が進んでいく。
3時くらいになった段階で全然寝れなかったなと苦笑しつつ、もう夜まで眠れないかと俺はもう諦めた。
「よっこらせっと」
体を起こして何か出来ることはないかと考えても、特に思い浮かぶものはない。
流石に外に出たりするつもりはないのでジッとするのは変わらないが、それはそれで本当に暇で仕方ない。
ゲームをする気も漫画を読む気も、アニメを見たりといった気分にもならない。
「……ま、寝過ぎて夜に寝れなくなるよりはマシか」
もう一度リビングに向かってお菓子をいくつか手に持ってまた部屋に戻る。
それから4時くらいまでジッとしていると、芳樹から連絡が入った。
『これから見舞いに行くわ。良いだろ?』
という短い一文だ。
前のお返しかよと苦笑したが、別に迷惑でもないし断ったら断ったでせめて何かお返しをさせろと言われそうなので分かったと返事を返した。
以前のあいつみたいに熱がぶり返すとも限らないので、家に上がってもらうまではしない方が良いだろうな。
「ふんふんふ~ん」
とはいえ、待ち遠しく思う自分が居たのも確かだった。
そろそろかなと思ってリビングでテレビを見ながら待機していると、インターホンが鳴ったので俺はパジャマのまま玄関に向かった。
「あいよ~」
「来たぜ~」
「元気か~」
やっぱり二人だったようだ。
俺は特に何も考えずに玄関の扉を開き……そしてそれはもう驚いた。
「……えっ!?」
芳樹と正志はまだ良かった。
二人の後ろには彼女たちが……輪廻と黄泉も並んで立っていたのである。
「こんにちは」
「こんにちは明人君……大丈夫?」
「あ、あぁ……」
まさか彼女たちまで来てくれるとは思わず、俺はそれはもうびっくりしていた。
どうやら詳しく話を聞くと元々芳樹と正志は俺の見舞いに来ることを話していたらしく、それをちょうど通りがかった二人も付いてくることにしたらしい。
(偶然聞いたのかな……なんにしても、嬉しいことに変わりはないけどさ)
なんてことを考えていると、芳樹と正志が肩を組むようにして身を寄せる。
まるで女子二人に聞かせたくはないと言わんばかりだ。
「ったく、二人と歩く中何を話そうか迷ったんだぞ? つうか妹の方が言ってたけど昨日家に来たんだって?」
「おいおい、マジでそういう関係じゃないのか?」
それくらいなら話をしているのか……別に困ることじゃないけど、俺はどう説明しようか迷った。
ただ二人も俺が病み上がりというのは分かっているようで、小さなフルーツが幾つか入った紙袋を手渡して離れるのだった。
「前に見舞いに来てもらったしこれくらいは当然だっての」
「……ははっ、ありがとな」
「良いってことよ。じゃあ最後に残された俺がその内風邪引くかもな!」
「嬉しそうに話すんじゃねえよ」
「お前には行かねえよ」
「なんでだよ!!」
そんなやり取りをしていると後ろで女子二人が笑った。
その後、芳樹と正志はすぐに退散するように家を離れ……この場に残ったのは俺と彼女たちだけだ。
入れ替わるように近づいた輪廻と黄泉。
まずは黄泉がすぐに駆け寄って声を掛けてくれた。
「私たちもすぐに帰るわ。でも……元気そうで良かった本当に」
「あ~……まあ本当に大したことなかったしな。ありがとう黄泉、それから輪廻も心配してくれて」
「当たり前じゃない!」
「当然ですよ」
黄泉の瞳にはまだ僅かに罪悪感のようなものがあるものの、二人とも笑顔を浮かべて頷いてくれた。
本当に良い子たちだなと感動しそうになるくらいだが……特に黄泉は俺の手まで握ってくれて相当心配させてしまったのが分かる。
「こういう日もあるってことさ。黄泉こそ体は?」
「私は全然大丈夫よ。きっと、先にシャワーを使わせてくれたからだと思うの」
「そうか。なら良かったよ黄泉が元気で」
「……明人君」
だから安心してくれ。
メッセージでもそう伝えただろうと口にすると、黄泉は頷いた。
「……ふふっ、本当に仲が良くて見ている私も幸せですよ」
そしてそんな俺たちを見て輪廻がそう呟く。
その言葉を聞いて黄泉はどこか照れ臭そうにしながらも嬉しそうに笑い、俺もまた間近で黄泉の表情を見たことで体が熱を持った。
この感覚……少しマズいかと思っていると、そこで二人がそろそろ帰ると言ってくれて助かった。
「明日は来れそうなの?」
「多分大丈夫だ。ただ……今少し体が熱くなってきたかも」
「それはいけませんね。すぐにまた休んでください」
「しっかり休んでね! 夜にまた連絡するけど、返せそうだったら返してくれるだけで良いから!」
「分かった。二人とも、今日はありがとう」
そのやり取りを最後に二人は俺に背を向けた。
彼女たちだけでなく、芳樹と正志にもお礼のメッセージを入れておこうと思いながら家に戻るのだが、ふと俺は振り返った。
すると輪廻が俺の方を見ており、目が合うと彼女はハッとするように前を見た。
「……なんだ?」
その仕草が少し気になったものの、わざわざ聞こうとは思わなかった。
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