一歩手前

「我、復活!」


 ということで、芳樹と正志だけでなく輪廻と黄泉も見舞いに来てくれた翌日。

 俺は完全に体調が治ったため、早速学校に復帰出来るとのことで母さんと見送られて家を出た。

 途中から芳樹たち二人とも合流し、俺たちはいつもの通学路を歩く。

 風邪が治って良かったと言葉をもらったものの、当然のように話題は輪廻と黄泉のことに移った。


「にしてもマジで驚いたぞ。あの後、なんかしたのか?」


 正志がそう聞いてきたので俺は首を振った。


「ちょっと話しただけだ。どこぞの誰かみたいに熱がぶり返したら嫌だし、何より移るかもしれなかったからな」

「……耳が痛いっての」


 俺の言葉を聞いて芳樹はそっぽを向いた。

 彼の場合は俺たちに移るというよりはまた熱が出てしまうというものだったが、そう考えたら俺の方はかなり軽かったようで安心だ。

 一日休んだだけで黄泉があそこまで心配するくらいだし……もちろん彼女だけでなく友人の彼らにも心配は掛けたくなかったので、本当に軽くて助かった。


「つうかなんかしたのかはないだろう。あの子たちは大切な友人なんだ」


 輪廻と黄泉について、男子の中だとほとんどが謎に包まれていると言える。

 彼女たちは高嶺の花のように男子には思われているので、かなりの数の告白をされているとはいえ親しい男子が居ないのは見ていてよく分かる。

 だからこそ俺が彼女たちと仲良くなったことで二人を含め、他の人たちが邪推する気持ちも理解は出来るのだが……それでもあまり何かしたのかと聞いてほしくない。


「……そうだな。悪い」


 正志は素直に謝ってくれた。

 とはいえ、俺としてもそこまで真剣に考えてくれなくても良いことだし、友人だからこそ許せるラインはあるので逆に俺の方が慌ててしまう。


「お前、結構マジな雰囲気だったからな。正志じゃないけど、俺もちょっと昨日の絡み方はダメだなって反省したわ」

「あまり深く考えなくて良いぞ?」


 雰囲気がマジだったって言われても……いや、意外とあったかもしれない。

 申し訳なさそうにしている正志の肩をポンポンと叩き、今度はお前が風邪を引けと伝えると彼はなんでだよと笑った。


「あ、フルーツなんだけど夕飯の後に食ったわ。めっちゃ美味かった」

「だろ? 厳選したからな!」


 いや、マジで美味かった。

 ちなみにあのフルーツの詰め合わせに関しては輪廻と黄泉もいくつか選んでくれたというのも今聞いたので、学校に行ったらお礼を伝えないと。

 その後、俺たちは真っ直ぐに学校に向かった。

 教室に入った瞬間、輪廻と目が合い彼女はすぐに近づいてきた。


「おはようございます明人君。元気になられたようで良かったです」

「あぁ。心配かけてごめん」

「いえいえ、私よりも黄泉の方が気にしていましたよ。今はお手洗いに行っていますので、戻ってきたら――」


 っと、そこでちょうど黄泉さんが戻ってきた。

 彼女は輪廻同様に目が合った俺にすぐ近付き、大丈夫なのかと聞いてきたので俺はマッスルポーズを取ることで元気をアピールする。

 一瞬また屈伸でもしようかなと血迷ったが何とか踏み止まった。


(流石に教室でやるとただの馬鹿だしな)


 そこは本当に早まらなくて良かった。


「屈伸でもするかと思いましたよ?」

「……実は少し考えた」

「ふふっ♪」


 期待されてもやらないよ流石に。

 それから俺は輪廻と言葉を交わすのだが、黄泉の口数が少ないのはやっぱりまだ気にしているからなんだろう。

 本当にあの日のことを気にされても仕方ないけど……よくよく考えると、あの日に俺が体勢を崩して黄泉を押し倒してしまったこともあった。


「どうしました? 顔が赤いですけど……」

「いや……」


 マズイ、思い出してちょっと顔が熱くなった。

 けどあれは確かに黄泉が相手だったけれど、その前には輪廻が自ら手を胸に触れさせた事件もあるわけで。

 彼女たちがそこまでそのことに対して気にしていないし、意識していないのが分かっているからこそこうして考えてしまうのが恥ずかしい。

 コホンと、俺は一息吐いた後にトントンと黄泉の肩に手を置いた。


「黄泉、本当に気にしないでくれって」

「……そう思いたいけれど、あの日のことは少し反省しているの」

「反省?」

「えぇ。だって私が出た後にすぐ行かせれば良かった……私、明人君と触れ合うのが楽しくて自分のことを優先してしまったから」

「……あ~」


 いや、それはすぐに向かおうとしなかった俺が悪い。

 そもそも俺だって黄泉を残してその場を離れようと微塵も思わなかったし、何より黄泉との時間が楽しかったのだ。


「なら俺だって同じことだ。俺も黄泉と一緒の時間を優先したくてシャワーで体を温めるってのが完全に抜けてたからさ。それに……その後のこともな」

「……あ」


 いやいや、これは別に言わなくても良かっただろ!

 その時のことを思い出したのか黄泉は顔を赤くして俯いてしまい、俺と彼女を中心にして何とも言えない空気が広がる。

 とはいえ、流石に黄泉もここまで言ったら分かったと頷いてくれた。


「そうね……あまりに気にし過ぎても明人君には悪いわ――よし! もう大丈夫」

「ははっ。それでおっけーだ」


 これでこの話は終わりだ。

 その後にフルーツのお礼も伝え、担任がやって来たことで学校での一日が幕を開けた。

 先生にも元気になって良かったと声を掛けられ、他のクラスメイトも仲の良い連中にも優しく見つめられたりして、本当に友達の存在は良いもんだなと嬉しくなる。


(でも相変わらず……眠いんだよなぁ授業って)


 それだけは何も変わらなかったが。

 朝の一発目から少しばかり眠気に悩まされたが、それでも何とか踏ん張って昼休みを迎えた。

 母さんが作ってくれた愛情たっぷりの弁当を食べた後、俺は屋上に向かった。

 というのも休み時間の時に黄泉からスマホにメッセージが入っていたから――昼休みに屋上で話をしようと。


「あ、もう来てたのね」

「おっす。飯食ってすぐに来たからさ」


 傍に駆け寄ってきた黄泉はもはや恒例となる肩ドンとお見舞いしてきたので、今度は俺も少しだけ優しくやり返す。

 すると黄泉はしばらく目を丸くした後、クスッと微笑んだ。


「特に話したいことがあってメッセージを送ったわけじゃないの。ただ……思いの外普段会えるはずの日に会えないのって寂しかったみたい」


 ギュッと、黄泉は正面から俺に抱き着いてきた。

 既に治ったはずの風邪が再び復活して俺に襲い掛かるかのように、体が熱を持ちそうになったがどうにか心を落ち着かせる。

 風邪が治って良かったと、寂しかったと、まるでそう言わんばかりに黄泉は背中にも腕を回す。


「しばらくこのままでも良い?」

「……おっす」


 彼女は友人……彼女は友人……っ!

 そう思いたいはずなのに、こうされると俺自身も落ち着いてくるというのに、それ以上にドキドキしてしまうのを止めることが出来ない。

 そんな状況にも関わらず、俺の腕も自然と黄泉の背後へと回った。


「……えへへっ♪ 良いわねこれ。やっぱりこんな風にされるのは大好きよ」


 そう言って浮かべてくれた笑顔――その表情にやっぱりこれだなと思いつつも、早くなった心臓の鼓動はしばらく鳴り止まなかった。


▽▼


 痛い……痛い……痛い……痛い……。


「……………」


 視線の先で、明人君と黄泉が抱き合っている。

 それはとても仲の良い姿、私だって明人君に背後から抱きしめられた……その時と体勢が違うだけなのに、どうしてこんなにも心が痛いのだろう。


「……分からない。なんなんですかこれは……っ」


 意識しないようにすればするほど考えてしまう。

 どうしてその場所に居るのが私ではないのだろうと……そんなことを考えてしまって嫌になる。

 左胸……それこそ心臓の部分に手を当ててしまうほどに、私は明人君と黄泉が仲良くしている姿を見るのが苦しかったのだ。

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