輪廻と黄泉
「……はぁ、明人君」
私はボソッと呟いた。
既に日は落ちてしまって辺りは暗く、こうして部屋の窓から外を見ても本当に真っ暗だった。
ある程度は目が慣れてきたので遠くまで見渡せるけれど……私はそんな暗闇の中で夕方のことを思い返す。
「……ふふっ」
思い出すと胸に溢れるのは嬉しさと温もりだった。
実を言えば誰かに助けられなくてもあの場面を切り抜けることは出来た……けれど明人君が私を助けてくれた。
その時は懐かしさを感じただけだったけれど、彼に言われて思い出した。
幼い頃にも彼が私を助けてくれたこと……まるでその時を再現するかのように彼は私を救ってくれた。
「熱い……体がとても熱いんです。明人君のことを考えると……うぅ、少し前までこんなことなかったのに」
そう、今までこんなことはなかった。
ただただ彼の傍に居られることが嬉しくて、彼と言葉を交わせることが楽しくて、彼のことを黄泉と一緒に話すのが幸せで……でも、明人君と黄泉が仲良くしている姿を見るのは嬉しいのに……嬉しいのに何故か、胸が痛くなる。
「……はぁ。お水でも飲んで落ち着きましょう」
リビングに向かう中、私は黄泉の部屋の前を通る。
中から何も音がしないので既に寝ているのだろうか……あの子は私でも驚くほどによく寝る子なので、きっともう寝ているんだろうなと私は笑った。
「……明かり?」
リビングに降りるとまだ明かりが点いていた。
時間としてはもう10時くらいなので両親は寝ていてもおかしくないのに、そう思いながら扉を開けて中に入ると母が屈伸をしていた。
「あら……どうしたの?」
「あなたがどうしたのと言わせてくださいお母さま」
普段は絶対にあなたとかお母さまとか言わないけれど、寝静まったと思った我が家のリビングで母がいきなり屈伸をしていたら誰だって私みたいな反応になるはず。
屈伸……何故それをしていたかはともかく、どうも私は屈伸という行為そのものと縁があるようだ。
「ふぅ……ちょっと体を動かしていたのよ。何故屈伸かと言われたら分からないわ」
「大丈夫ですか?」
「そんな目で見ないで我が娘よ」
「……………」
私の母は……ハッキリ言うと変人だ。
父はとてもまともな人だというのによく母と結婚したなと時々思う……でも、私や黄泉にとって大好きな母であることに変わりはなく、どんな時だって傍に居た大切な存在なのだ。
(大切な存在……大切な人……あうっ)
夕方に明人君に言われた言葉を連想して顔がまた熱くなってしまう。
母は私のことを目を丸くしながら見つめたかと思えば、何かを察したようにニヤリと笑って私の傍へ。
座りなさいとソファに案内された段階で嫌な予感はあった。
「あなた……もしかして好きな人が出来たの!?」
「……好き……っ!?」
母の言葉に笑って返すことが出来なかった。
好き……私は明人君のことが好きだ。大好きだと言ってもいい……それは決して恥ずかしいことではないし、自分でも実感していることではある。
けれど……改めて好きの定義を考えた時、私は今日一顔が熱くなったのを感じた。
「誰なのよ誰なのよ。今までそういうことに全く興味がなかったあなたをそんな風にさせてしまうのはどこの誰なんだい!?」
「う、うるさいですよ!」
目の前に居るのは母……だというのに私は握り拳を作って母に向ける。
母は私の拳を華麗に回避し、音もなく側転をするかのようにリビングの入口に立って私に視線を向けヒラヒラと手を振った。
「ま、高校生なんだし悩みなさいな。でも……こうなってくると黄泉も最近楽しそうにしているし……今年は何かありそうねぇ♪」
……この母、本当にうるさいですね。
とはいえ、母の言葉の全てを否定出来ない自分が居るのも確かで……私は明人君に恋をしているのだろうか?
だからこそ、黄泉とあんな風に仲良くしている姿に心が痛くなったのだろうか。
「……私は……はぁ」
ついため息が零れてしまう。
次に明人君と会う時、どんな顔をすれば……今まで通り、私は明人君と話が出来るのか少し不安だった。
▽▼
「……?」
『どうしたんだ?』
「ううん、何でもないわ」
少し、外で物音が聞こえた気がしたけど気のせいだったらしい。
「それでね。後は――」
時刻は夜の10時過ぎ、私は明人君と電話していた。
姉貴や両親たちはこの時間帯だと私は寝ていると思っているはず……でもそうではなく私は明人君と通話をしながら楽しい時間を過ごしている。
正直眠たい……凄く眠たいけれど、明人君とずっと話がしていたくて私は常にお腹を抓りながら痛みで眠気を我慢していた。
『なあ黄泉、一つ言っても良いか?』
「な、なによ……」
『眠たいなら寝て良いんだぞ? というか寝ようぜ』
「嫌よ! もっと話したいもん!」
『もんって……』
良いじゃないの我慢したって! だってそれだけ楽しい時間なんだから!
『……じゃあ後ちょっとだけな?』
「分かったわ!」
嬉しい……もっとお話が出来る時間がもらえたことが凄く嬉しかった。
(私……どれだけ明人君のことが大好きなのかしら)
大好き……私は明人君が大好きだ。
ずっと引っ掛かっていた記憶の靄が氷解してから明人君と話が出来るだけですぐに楽しくなる……この時間がずっと続いてほしい、本気でそう思うほどに。
(姉貴に対してコンプレックスはあるし、ふとした時に気にしてしまう……でも、明人君の言葉が私を冷静にしてくれるのよ)
単純だと自分のことなのに笑ってしまう。
けれど、それでも私は良かった――今が凄く楽しいから。
『でもあれだな。こうして寝る前に女の子と話すのは新鮮だよ』
「悪くないでしょ?」
『そうだな……うん悪くない。気持ちよく寝れそうだよ』
「ふふん、でしょう?」
気持ち良く寝れそう……そう言われて嬉しかった。
でもこうなってくると私は延々に話してしまいそうだし、明人君との通話が終わってほしくないと願い続けてしまう。
そうなると……彼を寝かせることが出来ない。
それはダメだなと、私は苦笑した。
「けどそうよね。夜だし長く電話するのもダメよね。そろそろ終わりましょうか」
『分かった。残念だな』
「なら後二時間くらい話す?」
『それはお互いにしんどいだろ』
それもそうよねと言って私と明人君はクスクスと笑い、それからしばらく話をしてから明人君との通話は終わった。
通話が終わってしばらくの間、私はずっとスマホを胸元に抱いていた。
それだけ彼との話をする時間が楽しくて、それこそ時間の進みすらも忘れてしまうほどに夢中だったのだ。
「……明人君……かぁ」
明人君……私だけでなく、姉貴とも仲が良い。
その姿を見れるのは嫌ではないしむしろ嬉しいことのはず……けれど、姉貴と仲良くするくらいなら私と仲良くしてほしい、なんて最悪なことを考えてしまう。
そんな我儘を言えば明人君を困らせてしまうだけ……そして何より、姉貴に嫌な気持ちを抱かせてしまうことが分かるから。
「でも……望んじゃうわこんなの」
それでもそう心の片隅で望んでしまう。
どうしてこんなに思うのか、どうしてこんなにも気にしてしまうのか……私は寝るまでそれをずっと考え続けていた。
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