知られざる一面
「よし、日誌はバッチリだな。お疲れ様二人とも」
放課後になり、担任の先生に日誌を渡して日直としての仕事は終わりだ。
さようならと先生に告げた後、黄泉さんと共に歩きながら意外と早く終わったなと安心していた。
少しばかり正志を待たせることになると思っていただけに、想定していたよりもスムーズにやることが終わったからだ。
「思ったよりも早く終わったわね?」
「だな。これであいつを待たせずに済むよ」
「風邪で休んでるのよね。せっかくだし、私も早く治しなさいって言っておくわ」
「あいよ。実際の声で聞いたらたぶんあいつ飛び起きそうだな」
「何よそれ」
本当にその通りだと思う。
あいつは二次元に全てを捧げているような男だが、ちゃんと三次元の女子とも付き合ったりしたいという願望を持っているので、その気がない相手でも女子から早く良くなってと言われたら絶対に喜びそうだ。
「あ、そうだわ」
「どうした?」
ふと何かを思い出したのか、黄泉さんが声を上げたので視線を向けた。
「最近、姉貴がとてもイキイキしてるのよね。何か知ってる?」
「俺に聞くの?」
「何となく……知ってそうかなって」
「……………」
輪廻さんがイキイキしているのかどうかはともかく、昼休みの笑顔を思い出すと少しばかり想像は出来る。
ただそれは俺が原因だなと口にするのも思い上がっているようで嫌だった。
それに……昼休みのことを思い出すと、輪廻さんを抱き留めたことを思い出してしまい頬が熱くなる。
(くそっ……ちょっと意識するだけでこれだもんな。柔らかさとか全部頭に残ってやがるよ……)
それと……輪廻さんの恥ずかしそうな表情も。
そんな風に想像してしまったことで顔を赤くした俺を黄泉さんは不思議そうに見つめており、コホンと咳払いをしてからちょっと分からないかもと伝えた。
「ふ~ん? なんか怪しいなぁ……って思うのもおかしいのよね本当なら。でも何となくあなたが関わっている気がするのよ」
「……………」
なあ輪廻さん。
俺には君がどうして見分けられることをまだ伝えないでと言ったのかは全然分からない。だけど……俺って基本的に嘘を吐くのが下手な人間なので、これ以上は流石に誤魔化せないかもしれない。
この時、俺は随分と困った顔をしていたらしい。
追及していた側の黄泉さんが逆に慌ててしまうほどには困っていたようだ。
「そ、そこまで深く考えないで良いから! ごめんなさいね。一度気にしたら気になる性格だから……全くもう私ったら」
「いや、全然謝らなくても良いよ。その気持ちは分かるから」
俺だって気にしだしたら色々と気にしてしまうタイプだからなぁ……あ、そんなことを考えたらまた昼休みのことを思い出しちまう。
しかし……その時のことを思い返すと黄泉さんが元々自分のことをオレと言っていたのもマジで信じられない情報だ。
「どうしかしたの?」
キョトンと首を傾げる彼女は本当に美少女だ。
オレなんていう一人称を口にしていたとは全く思えない……でも、輪廻さんもきっと嘘を言ったわけではないのだと何となく分かる。
これくらいは聞いても良いかなと、俺は思い切って聞いてみるのだった。
「ねえ新垣さん」
「なに……? どうして名字なの? 前は黄泉って呼ばなかった?」
「いや、あの時はほら。輪廻さんとの区別のためだったからさ」
「別にいつだって良いわよ? あ、それなら明人君って呼ばせてもらっても良い?」
「え? あ、あぁ……」
流れで黄泉さんとも名前を呼び合うことになってしまったが、それとなく言葉に混ぜ込んでくる雰囲気が姉妹でそっくりだったことが少し面白かった。
「ちょっと、そんなに面白いこと?」
「いや、輪廻さんと似てるなって思って」
「姉貴と……?」
どうしてそこで輪廻さんの名前がと不思議がっている黄泉さんに、俺は切り出す。
「黄泉さんって昔はオレって言ってたの?」
「ど、どうしてそれを?」
「ちょっと今日輪廻さんと話をする機会があったんだ。それでね」
「……姉貴の奴め。要らないことをペラペラと!」
一応、昼休みの別れ際に輪廻さんから話しても良いと言われているので問題は何もないはずだ。
知られていたのなら仕方ないと言って黄泉さんはため息を吐き、若干頬を赤く染めながら話してくれた。
「姉貴にどこまで聞いてるかは分からないけど、昔の私たちはとにかくやんちゃだったのよね。姉貴よりも私は群を抜いてたけど」
「二人がやんちゃだったってのは聞いたよ」
「そうなのよ! でも……その様子だと他のことは聞いてないみたいね?」
「まあそれくらいだったからな。なに、もしかして何かまだあるの?」
「ワクワクするんじゃないわよ!」
ぺしっと軽く肩を小突かれてしまい、俺はごめんごめんと謝った。
黄泉さんはしばらく膨れっ面だったが、少し歩くとクスッと笑って再び俺の方へと視線を向けてこう言う。
「やっぱり長瀬君……じゃなくて、明人君とは色々なことを自然体で話せるわ。別にさっきのは怒ったりしたわけじゃなくて、むしろ楽しかったから」
「それなら安心かな」
「本当に不思議……そうねぇ、そんなあなたに一つだけ姉貴も言ってないことを教えてあげるわ。心して聞きなさい」
「はっ! ありがたき幸せ!」
女王からの言葉を賜るかのように俺は姿勢を正した。
廊下のど真ん中で何をしているんだと、きっと他に人が居たら思われること間違いなしだ――そんな空気の中、楽しそうな様子を微塵も隠さずに黄泉さんは笑みを携えて言葉を続けるのだった。
「そんな大したことじゃないわ――私たちってやんちゃって言葉が表すように昔って凄く男の子みたいだったのよ。今ではこんなだけど、あの頃は色んな人に男の子って勘違いされていた気がするわ」
「へぇ……いや、それこそ想像出来ないんだけど」
「今はこんな風にちゃんと女だものね?」
黄泉さんはウインクをしながらモデルのやりそうなポーズを披露した。
自分の持つ武器を最大限に活かすようなそのポージングに、俺は小さくそうだねと呟いてそっと視線を逸らし、それを見て黄泉さんが機嫌良さそうに満面の笑みを浮かべた。
「そう。昔は男の子……みたいだったけれど、そこで……あれ」
「どうしたんだ?」
「……ううん、何でもないわ」
何かもどかしさを感じているような黄泉さんはジッと俺を見つめてきた。
彼女の綺麗な瞳には俺だけが映っており、こうして見つめられているだけで俺と黄泉さんが今の世界から切り離されているような錯覚さえあった。
彼女に向かって手を伸ばすと、黄泉さんも応えるように手を伸ばす。
そうして伸ばされた手は自ずと重なり、俺たちの手は貝殻結びをするかのように繋がれたのだ。
「……っ」
「時間……大丈夫かしら?」
そっとお互いに手を離し、黄泉さんの言葉に俺はハッとした。
廊下から見える時計を確認すると、早く終わったのを帳消しにするほどに時間が経っており、それだけ黄泉さんと話が長くなった証拠だろう。
黄泉さんと共に教室に戻ると輪廻さんが待っていたが、俺はすぐに鞄を手にして彼女たちに背を向けた。
「それじゃあ急ぐわ! 輪廻さん、黄泉さんもさようなら!」
「さようなら明人君」
「また明日ね!」
俺はそれから正志の元に急ぐのだが、教室を出る際にこんなやり取りが背後でされたのを俺は聞き取った。
「ちょっと姉貴! オレって言ってたの教えたみたいね!?」
「あら、言ってはダメでしたか? ギャップが可愛らしいじゃないですか」
「いきなりで恥ずかしかったのよ!!」
そのことに関しては申し訳なかったと心の中で謝っておく。
「っていかんいかん! 早く正志の元に行かないと!」
結局、正志と合流した時に彼からの第一声は遅いの一言だった。
俺は済まなかったと頭を下げ、アイスを買ってから風邪で寝込んでいると思われる芳樹の家に向かった。
▼▽
「ほら黄泉、機嫌を直してくださいよ」
「別に機嫌悪くしてないってば!」
教室から明人が駆け出して行った頃、二人になった姉妹は言葉を交わしていた。
内容としては輪廻が黄泉の居ない所で過去を話したことに対するものだ。
(でも結局、彼に話したんじゃないですか)
明人が居なくなってすぐに距離を詰めてきた黄泉だが、結局話したんじゃないかと輪廻は苦笑し、妹もそれだけ彼と仲良くなったんだなと嬉しく思っていた。
それから輪廻は黄泉と共に仲良く帰路を歩く。
そんな中で、黄泉の会話に耳を傾けながらも考えるのは明人のことだ。
(彼と話をすることは本当に楽しいです。それに……またこれもいずれ黄泉には怒られるでしょうけど、私だけが秘密を知っているのも良いものですね)
きっとその時は更に強く言われるのだろうと輪廻は笑った。
(ですが、これはおそらく恋ではない。そういうものではなく、ただ彼との時間を楽しみたい……彼の隣は安心して、懐かしくて……何かがあるのは明白なのにそれが分からないもどかしさも悪くない――ふふっ♪ まさかこんな気持ちになるなんて思いもしませんでした)
未知の感覚ではあるものの、決して悪くはない。
もしかしたら明人に何も感じることがなければこんな気持ちになることはなかったはず……少なくとも、そう思えるくらいには輪廻は明人のことを考えている。
「ねえ黄泉」
「なに?」
「明人君って凄く優しい人だと思いませんか?」
「そんなこと言うまでもなくない? あんな風に私たちを庇ってくれたし、何より友達のこととか考えているのも優しいし」
それから家に着くまで、明人の話で盛り上がる二人だったが……二人の表情はどこか、学校では見ることがないほどに幼さを感じさせる微笑みだった。
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