思い出すこと

「……ははっ、気にしすぎだっての」


 芳樹からのメッセージに俺は苦笑した。

 あいつが風邪で寝込んでから数日が経ち、今日は土曜日だ。見舞いに行った時はやっぱり元気にしていたものの、その夜に熱が高くなってしまい完全にダウンしたようだった。

 その週は残り全部休んでしまったが、実際に面と向かって少し話した時間があったのでもしかしたら俺たちに風邪が移ったかもしれないと心配になったらしく、本当に大丈夫かと芳樹から聞かれているわけだ。


「全然大丈夫だから気にすんなよっと」


 強がりでも何でもなく、本当に体の方は大丈夫だった。

 正志の方にも同じことを聞いているようだが、きっと彼も特に体に不調はなくこの休日を心から満喫しているはずだ。


「ふんふんふ~ん♪」


 そんな休日だが、俺は散歩がてら外に出ていた。

 鼻歌を口ずさみながら人波の中を歩く――こうしていると、以前のように輪廻さんか誰かに会うんじゃないかと考えてしまうが、流石にそう何度も彼女たちと遭遇するようなことはなさそうだ。


(……って何を期待してるのやら)


 まあでも、この気持ちも少しは理解してほしい。

 こうして一人で休日を過ごしていることに不満はないが、やはりその中で美少女に会えるとなると縁起が良いじゃないか……違うかな?

 ただ残念なことに、それから俺は適当に服を見に行ったり本を見に行ったり、ゲーセンに行ったりしたが以前のように輪廻さんもそうだが黄泉さんにも会うことはなかったが。


「お、アイスあんじゃん」


 歩いていると、ちょうど路肩に止める形でアイスの移動販売を見つけた。

 チョコミント味のアイスを頼み、それをペロペロと舐めながら繁華街を抜け、少しばかり静かな公園へと辿り着く。

 ベンチに腰を下ろして歩き続けていた足を休ませるのだが、俺の視線の先では子供たちが楽しそうに遊んでいる。


「……良いねぇ。俺にもそんな時期があった気がするなぁ」


 俺の前で遊んでいるのは小学生くらいの男の子たちだ。

 一つのサッカーボールを追いかけるように走り回っているその姿は微笑ましく、まだ高校生なのに穏やかな気持ちになるのはどこか爺クサいなと苦笑してしまう。


「……うん?」


 そんな中、幼稚園くらいの男の子と女の子が二人走ってきた。

 後ろの方にお婆ちゃんが一人歩いているので、きっとこの内三人の誰かの身内なのだろうと思えた。

 その三人はとても仲が良いようで、男女の差を感じさせないほどの仲を思わせるじゃれいを披露している。


「……………」


 別に変なことをを考えているわけでもなく、不審者を演出するわけでもないが俺はしばらく彼らのやり取りをジッと見ていた。

 特に意味はない……そのはずだったのに、俺は目を離すことが出来なかった。


「おっせえぞ~!」

「待ってよ~」

「こら~!」


 本当に仲の良い三人だ。

 お婆さんもあの子たちを微笑ましく見つめており、もしかしたら兄妹の可能性もあるけど……何となくそうではない気もしていた。

 そんな風に見ていた時だ――男の子がふざけて思いっきり足を振り上げた。

 すると履いていた靴が足から離れ、そのまま近くの木の上へと飛んだのだ。


「……あ」


 それは誰の声だったか、無情にも響いた声だった。

 男の子の靴は木の枝に引っ掛かってしまって落ちてくることはなく、彼らの間に気まずそうな空気が広がっていた。

 近くに何か長いものもないため叩いて落とすことも出来ず、段々と男の子が泣きそうになっていく雰囲気を感じた。


「そういえば昔……俺の場合は小学校の頃だけど、ランドセルを上に放り投げて引っ掛けた時があったか」


 その時は確か、通りかかった高校生の男子が助けてくれた。

 気まずそうにしていた友達と大泣きしていた俺の元に現れた彼……もう名前などは一切分からなかったけど、あの人はすぐに木の上に登って取ってくれたんだよな。

 俺は今高校生だからあの人はもう社会人……もう会うことはないだろうけど、あの記憶はどうやら俺をヒーローにしてくれるらしい。


「よっこらせっと」


 男の子と女の子たち、それからどうしようかとオロオロしているお婆さんの元に近づくと、三人とも俺の方へ視線を向けた。

 男の子は今にも泣き出しそう……いや、既に涙が流れていた。

 俺はそっと近づき男の子の頭を撫でながら親指を立てる。


「取ってやるから安心しな」

「……ほんと?」

「あぁ」


 男の子もそうだが、女の子もお婆ちゃんも不安そうに見つめてくる。

 俺はそんな四人の視線を背に受けながら木に近づき、手が汚れるのを気にすることなく登り始めた。

 芳樹や正志と遊びでボルダリングをすることもあったので、勝手は違うがよじ登っていくのは慣れていた。


「……良し。取れたぞ」


 枝に引っ掛かっていた靴を下に落す。

 男の子がちょうど靴を拾ったのと同じくらいにゆっくりと飛び降り、着地した瞬間に男の子が目を輝かせて口を開いた。


「ありがとうお兄ちゃん! かっけえよ!」

「ははっ、どういたしまして」


 また頭を撫でると男の子はグッと俺の腰に抱き着いてきたので、そんなところも可愛いなと思っていると、何故か女の子二人も俺の元に近づいてきた。

 一人が見つめるのは俺の顔、もう一人は俺の手を見ている。


「お兄ちゃんかっこいい!」

「おてて大丈夫?」


 まだ小さいのに心配してくれる辺り、この子たちは優しい心の持ち主だな。

 流石にいくら幼いとはいえ、女の子の頭を撫でるようなことはしなかったが、ずっと男の子の頭を撫でていると二人もジッと俺を見ていたので、もしかしてと思い手を伸ばすと嬉しそうに受け入れてくれた。


「本当にありがとうねぇ」

「いえいえ、力になれたなら良かったです」


 お婆ちゃんとも言葉を交わし、俺は幼い彼らから離れた。

 それからも三人はお婆ちゃんに見守られながら遊び始め、また靴を蹴り上げようと男の子はしたがすぐに思い出したかのように止め、俺の方をチラッと見てきたのでダメだぞという意味を込めて笑っておいた。


(……ひどく、懐かしい気がする)


 あの三人を眺めていると、どうしようもないほどに懐かしく感じた。

 まるで……あんな風に俺も誰かと仲良くしていたような、それこそ気が遠くなるほどの昔に仲の良い子が居たような……そんな気がする。


「……あ」


 そこでふと、思い出すことがあった。

 霧が晴れて行くように、徐々に鮮明になっていく記憶……もちろん全てを思い出せたわけではないが、俺がまだこっちに居た頃に仲良くしていた友達が居たはず……そうだ――あの写真に写っていた子たちだ。


「名前とかは……やっぱり憶えてない。でも――」


 そう言って記憶の海に沈もうとしたその時だった。


「明人君」

「……え?」


 あらゆる考えを洗い流すほどに、俺はその声に意識を持っていかれた。

 その場に立っていたのは黄泉さん――どうして彼女がここに居るんだと俺は目を丸くしていたが、すぐに彼女は近づいて俺の手を取った。


「ほら、血が出てる」

「ハンカチ、汚れるぞ?」

「どうでも良いわそんなこと」


 手の平の痛みで実は気付いていたのだが、さっきの子供たちを撫でた手とは別の手からは血が出ていた。

 表情には出さず、あの子たちにも見られないようにしたのでバレなかったけど、どうも黄泉さんには分かっていたようだ……でも、そもそもなんでここに居るんだ?


「黄泉さんはどうしてここに?」

「ちょうど買い物の帰りだったの。それでふと通りがかってこっちを見たら、木に登っていた明人君を見かけてね」

「あぁそれで……」


 それなら無様に落下したりする瞬間を見られなくて良かったかな。

 そうなったらこんな風に笑顔で話を出来る感じじゃないとは思うけど……でも、まさか輪廻さんに続いてこうして黄泉さんとも会えるとは思わなかった。

 ついさっきまで少しだけ残念だなと思っていただけに、今日からしばらくは運が良さそうだと内心で苦笑した。


「ハンカチ洗って返すけど?」


 そう言うと彼女は首を振った。


「別に大丈夫よ。目の前で尊い瞬間を見せてくれたから」

「尊いって……まあでも、あの子の力になれたなら良かったよ」


 彼らは思いっきり走り回って遊んでおり、見ているだけでもこちらが笑顔になれるほど……ジッと見ていると隣で黄泉さんが笑った。

 どうしたのかと視線を向けると、彼女はこう言った。


「まさか休日にこうして明人君と会えるなんて思わなかったわね。姉貴からあなたと休日に会ったことは聞いてたの。それでもしかしたら私も会えるかなってそんな風に思いながら歩いてたら……あら不思議、会えてしまったわ♪」

「……………」


 だから見惚れんばかりの笑顔でそういうことを言わないでくれっての!

 間に一人分空いて俺たちはベンチに座っていたが、黄泉さんはその距離を詰めるように俺に近付き、以前のように肩ドンをしてきたので、俺も流れでやり返すように軽く彼女に肩ドンしてみた。


「あら……」


 すると黄泉さんは目を丸くして俺を見つめたが、すぐにクスッと笑って再び肩ドンで反撃をしてくる。


「私たち、何をやってるのかしらね?」

「さあ?」


 ほんと、なにやってるんだろうね俺たちは。

 さてさて、少しばかり落ち着いたということもあって俺はチラッと黄泉さんを見てみた。

 以前に見た輪廻さんはカジュアル風な装いだったけど、黄泉さんは少しばかり肌の露出が多い服装だ――やっぱりこういう部分でも姉妹の違いが出るんだなと思える。


(マジでこの気の置けない友人みたいな感覚って何なんだろうな)


 そんなことを考えつつ、黄泉さんとの雑談に興じる。

 結局、その後すぐに黄泉さんは帰って行った。俺もすぐにやることはなかったので家に帰るのだが、自分の中で段々と何かを思い出していくのを明確に感じていた。

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