真っ直ぐな言葉に輪廻は何を思う

「おい」

「あん?」


 人間というのは不思議なモノで、クソほど眠たい時に声を掛けられるといつも以上に低い声が出るらしい。

 まあ終礼中に寝てしまった俺が悪いのだが……顔を上げると、そこに居たのは二人の男子……芳樹と正志ではなかった。


「ちょっと来てくれよ」

「……………」


 日々を普通に、それこそ地味にとまでは言わないが目立たなく過ごしている俺なんかよりも陽キャ寄りというか……髪も染めて派手な印象を相手に与えるこいつらは以前に、それこそ何度か俺を睨んできた男子だ。

 睨んできた瞬間は主に輪廻と黄泉が傍に居る時……面倒だとは思うけどついにこの時が来たかという気持ちだ。


「……しゃあねえな」


 ふぅっと息を吐き、俺は立ち上がった。

 クラスメイトの男子……米沢よねざわ安西あんざいに連れられ、そんなに離れた場所ではない階段の踊り場まで連れて行かれる。


「それで? 何の用だよ」


 今日の放課後は特に用事はないんだが、それならそれで早く帰ってのんびりしたいところなんだ俺は。

 そう問いかけるとすぐに用件は理解出来た。


「お前、新垣さんたちとどんな関係なんだよ」

「最近随分と仲良いだろ? 今までそんな素振りはなかったのに、いきなり仲良くなったじゃないか」

「……………」


 思った通り……というか、それを聞いてどうするんだってことを言いたい。

 敵意とまでは行かないものの決して良い感情を持ってはいない二人に見つめられ、俺はどう言葉にしようか悩む。

 こういう時、もっと面倒な事態にならないように嘘に嘘を重ねるかそれっぽい言葉でけむに巻くのが正しいんだろう……でも。


(変に誤解を招く言い方は論外だし、二人に迷惑の掛かる言い訳も論外……でも少しだけ俺の気持ちを言葉にするか)


 そう考えて彼らに視線を合わせると、米沢と安西が少しだけ目を丸くした。

 その様子が気になったものの、俺は二人の問いかけに答えるように真っ直ぐに言葉を口にした。


「どんな関係だって言われてもな……俺にとって彼女たちは大事な友人としか言えねえよ。他に何かあるのかよ」

「っ……それにしては仲が良すぎるだろ」

「あの二人は今まで男子の誰ともあんな風に仲良くなかったんだぞ」


 今までになかった光景だからこそ他の人が気になるのが分からないでもない……でもそれをこんな風に訊かれるような筋合いはないので、機嫌が悪くなるのを堪えつつ言葉を続けた。


「お前らに何を言われたところで俺は彼女たちとの接し方を変えるつもりはないぞ。この答えが気に入らなくて何かをされたとしてもそれは変わらない……だって俺と仲良くしてくれる二人を悲しませたくないから。俺は胸を張って二人のことを大切な友人だと思っているからだ」


 これ……きっと何をかっこつけてんだよとか思われてるんだろうなぁ。

 まあでも構わないさ――傲慢なことを言うつもりはないが、俺のことを輪廻と黄泉は大切な友人だと考えてくれている……そんな二人から理由があったとしてまた離れてみろよ……悲しませるに決まってるだろうが。


「話はこれで終わりか? もう一度言うけど、俺は彼女たちを大事な友人だと考えているんだ。周りに何かを言われたとしても、彼女たちが俺から離れて行かない限り俺もまた彼女たちから離れやしないっての」


 それだけ言って俺は二人に背中を向けた。

 途中から完全に俺の独壇場だった気がするが、ああいう時はこっちが主導権を握って押した方が絶対に良い……良かったよな?


「……………」


 少しだけ不安に思いつつ、流石に今度は何も言ってないだろうと淡い期待を抱きながら教室に戻り、荷物を纏めて下駄箱に向かったところ――俺は輪廻と出会った。


「輪廻?」

「明人君。待ってましたよ」

「……待ってた?」

「はい」


 待ってたと言われて俺は記憶を掘り起こした。

 寝ていたせいで輪廻との約束をすっぽかしたのかと不安になったが、詳しく記憶を振り返ってもそんなことはない……はずである。


「あ、約束とかはしてないですよ。明人君を待ってたのは私の勝手ですから」

「そっか……約束をすっぽかしたわけじゃないんだな」

「はい……それで、どうですか? 何か用事があったりしますか?」

「いや何もないよ。一緒に帰るか」

「っ……はい♪」


 嬉しそうに笑みを浮かべた輪廻と共に俺は学校を出た。

 話す内容と言ったらなんの変哲もない世間話ではあるものの、俺と輪廻の間で言葉は尽きず交互にどちらかが話し続けている。

 全く苦のない会話だが、俺はこの時間がやはり好きらしい。


(っていうか、気を抜いたら黄泉とのことを言っちまいそうになるな……内緒にしてほしいって言われたし、ここはグッと堪えねば)


 とはいえ……何らかの形でみんな集まりそうな気がするのは気のせいだろうか。

 そのことを考えているとふと輪廻が俺をジッと見ていることに気付き、俺も視線を向けたことでガッチリと見つめ合う。


「……何?」

「いえ、なんでも」


 クスクスと楽しそうに笑う輪廻に、俺はどうしたんだと首を傾げるのは当然のことだった。


▽▼


(ふふっ、明人君と話をするのは本当に楽しいですね♪)


 困ったように首を傾げる明人を見て輪廻はそう考えていた。

 下駄箱で彼に会った時に伝えたように、約束はしていないので彼からすれば輪廻が待っていたのは本当に予想外のことだっただろう。


(……一緒に居たかったんですよ)


 そう……輪廻はただ、明人と一緒に居たかった。

 黄泉が買い物に行くということで一人になった輪廻だったが、彼女も明人同様に何も用事はなかった……だからこそ、その現場に偶然居合わせた。


『彼女たちが俺から離れて行かない限り俺もまた彼女たちから離れやしないっての』


 明人の言葉は真っ直ぐなもので、その言葉に乗せられた想いを輪廻は受け取った。

 思わず胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめるだけでなく、その瞬間が何よりも特別なものに思えるほど輪廻は嬉しかった。


「……友人……ですか」

「え?」


 ただ……友人と言われた部分については嬉しかった……嬉しかったのだが、少しだけ物足りなさを感じたのも間違いではない。

 その心の向かう先の答えと、自分が何を望んでいるのか……その答えに輪廻はもう王手を掛けている。

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