警戒心はやっぱり大切ってこと

 それを彼らは目撃した。


「……おぉ」

「マジかよ」


 学期末テストを一週間後に控えたとある放課後。

 帰宅部の芳樹、そしてテスト前なので部活動が休みの正志は一緒に下校していたのだが、そんな二人の前に友人の明人が歩いていた。


「……どっちだ?」

「えっと……分かんね」


 二人が驚いたのは明人の隣に女の子が居たからだ――最近になって明人と仲が良い女の子であり、学校でも人気の女子生徒……黄泉だった。

 もちろん黄泉ではあるが二人は輪廻と見分けが付いておらず、それも気になることだが一番は明人が女の子と放課後を一緒に歩いているということ。


「あの先って明人の家……だよな?」

「あぁ……いやいや、家まで行くとかそんな……ないよな?」


 芳樹と正志は互いに顔を見合わせ、気になり追おうとしたがやめた。

 どんな事情があるにせよ、どんな知らない事実があるにせよ……大切な友人のプライベートを覗き込むような無粋なことはしたくなかったのだ。


「ま、明日聞いてみようぜ!」

「そうだな! 取り敢えず久しぶりに部活もないんだからゲーセン行こうぜ」

「……勉強しねえのかよ」

「帰ってからやる!」


▽▼


「どうぞ」

「お邪魔するわね♪」


 いよいよ期末テストも来週に差し迫っている。

 今日は元々約束していた黄泉との勉強会一日目であり、学校が終わってからすぐに俺は黄泉と合流して自宅へと戻ってきた。


「えっと……適当にジュースと菓子をっと」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫よ?」

「何言ってんだよ。勉強会だけどお客様なんだから良いんだって」


 女の子が家に来て持て成しが何もないってのは流石にダメだと思うからな。

 全部は流石に持てないのでコップだけ黄泉に持ってもらい、お盆いっぱいに簡単に摘まめるチョコを筆頭としたお菓子を用意した。


「つうかちょっと暑いな」

「そうね。夏も近いしずっと歩いていたから」


 軽めに冷房を付けて扇風機も待機させておく。

 風が吹くと教科書やノートが捲れたりプリントも飛んでしまうかもしれないので出番はない……かな?


「……今になって少し姉貴に申し訳なさがあるわね」

「あ~……」


 確かに仲間外れにしてしまった気がしないでもない……いや、そんな気はあるな。


「テスト前になると姉貴に泣きついてたってのは前に話したでしょ?」

「そうだったな」

「……ずっと姉貴と一緒ってわけにもいかないだろうし、少しくらい自分が居なくても私は大丈夫なんだって思わせたいのよ」

「なるほどな」


 黄泉は言っていた――輪廻に劣等感を抱えていると。

 輪廻の黄泉を気遣う言葉が、時として黄泉を傷付ける刃物になってしまったことも見る機会があったけど、黄泉は誰かに当たることもなくそれを受け入れていた。

 俺としても輪廻を仲間外れにしてしまったという罪悪感はあるのだが、黄泉の輪廻に頼らずとも頑張る姿を見せたいその気持ちは尊重したい。


「……まあでも、テストの結果があまりに悪いと留年とか関わってくるし……ある程度は姉貴に教えてもらうこともあるだろうけどね。というか姉貴が心配して口酸っぱく言ってきそうだわ」

「あはは、そうだな」


 そんな光景が容易に想像出来て俺は笑ってしまう。

 何度も思ったことだけど確かに黄泉は輪廻に対して劣等感を抱いている……けれど決して亀裂が入ることのない姉妹関係だからこそ安心して見守ることが出来るんだ。


「それじゃあ頑張るとしようぜ黄泉」

「えぇ! 頑張りましょう!」


 俺と黄泉は気合を入れるように互いに拳をぶつけ、テーブルに勉強道具を広げて作業を始めるのだった。


「……………」

「……………」


 勉強が始まればお互いに口数は少なくなる。

 分からない部分であったり、手が止まる場所は少なくないが……それでも必死に頭を回転させることで正解へと辿り着いていく。

 黄泉は俺以上に苦戦しているみたいだが、ちょうど俺の得意な範囲だったので答えが合っているのも確認した。


「合ってるよ」

「ほんと!?」

「うん」

「良かった♪」


 俺もテスト前になると芳樹や正志と一緒に勉強することはあったが、男女の違いはあってもこんな風に和気藹々とやっていた。

 友人との時間を思い出すことと合わせ、ふと黄泉と視線が絡み合いどちらからともなく笑みが零れる……勉強というのは面倒だし大変なのは変わらないが、本当に楽しい時間だった。


「ふぅ、お疲れ様明人君」

「おう。お疲れ黄泉」


 もうすぐ五時になろうかといったところで俺たちは勉強を終えた。

 学校が終わる時間とここに帰ってくる時間を合わせると一時間くらいしか満足に出来る時間はないけど……それはまあ仕方のないことだ。


「……ねえ明人君」

「うん?」

「今週のさ……土曜日とかどう?」

「土曜日……勉強ってこと?」

「うん」

「良いよ」

「ほんと!?」


 土曜日……何も用はないから全然構わないとして俺は頷いた。

 嬉しそうにしてくれる黄泉に微笑みつつ、俺はトイレに行きたくなったので部屋を出た。


「……ふぃ~」


 用を足しながら今日を振り返る。

 黄泉との約束を実現し、こうして一緒に勉強しているが……やっぱり誰かと努力をする空間というのは居心地があまりにも良すぎる。


「いや……それだけじゃないな。黄泉が傍に居てくれるからなのかもしれない」


 黄泉もそうだが輪廻もそう……彼女たちの傍は何故こんなにも居心地が良いんだろうといつも考えてしまう。


「……不思議なもんだねぇ」


 友人たちとの時間ももちろん最高の瞬間……彼女たちとの時間も宝物のように素晴らしい瞬間……比べようがないのは当然だけど、ずっと手放したくないと思える尊さがある。

 いつまでもトイレで安らかな気分に浸るのもどうかと思い、俺は苦笑しながらトイレを出て手を洗う……ただその時、玄関の方から音が聞こえた。


「母さんか?」


 部屋に戻る前に玄関に向かうとやっぱり母さんが帰ってきていた。


「おかえり母さん……あ――」


 そこで俺は瞬時にこう思った……マズいと。

 いや、別に悪いことをしているわけじゃない……わけじゃないんだけど、いつもはないはずの黄泉の靴が置かれており、母さんが家にいる状況で初めて女の子を連れてきたことになるからだ。


「ただいま明人。この靴は……誰の?」

「うぐっ……」


 靴の存在に気付いている母さんはニヤニヤと俺を見つめたまま視線を外さない。

 こんな分かりやすい状況なのに誤魔化したところで仕方ないので、俺は諦めるようにため息を吐く。


「……友達が来てる」

「もしかして前に遊びに行った家の子? あなたが昔に会ったっていう!」

「……はい」

「会いたい!」


 ……もう逃げられないなこれは。

 まあ黄泉も母さんや父さんに会いたいというか、挨拶くらいはしたいって言ってたしある意味で良い機会かもしれないな。


「会ってく?」

「えぇ!」


 ということで、母さんを部屋に連れて行った。


「黄泉、母さんが帰ってきて会いたいって……え?」

「……あら」

「っ!?!?!?!?!?!?」


 母さんを連れて部屋に戻った俺の目に飛び込んできた光景……それは黄泉が俺の枕を抱きしめ、顔を埋めている瞬間だった。 

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