秘密のお勉強会

「……………」

「よお、どうしたんだよボーッとしてさ」

「……なんだ芳樹か」

「なんだとはご挨拶だな」


 それは……すまない。

 素直に頭を下げると芳樹はそこまでしなくていいと苦笑した……正直、俺もここまでボーッとするとは思わなかった……はぁ。


(……輪廻と黄泉の家に行ったんだよなぁ)


 女の子の家に遊びに行ったのは初めてだし、それが学校でも有名な双子の美人姉妹の家だったんだ……誰だってこうなるっての。


「正志は?」

「来て早々にトイレに駆け込んでたぞ」

「あ~……」


 それは随分急ぎだったんだなと苦笑する。

 よっこいしょ、そんな風に言いながら近くの席に腰を下ろした芳樹はニヤニヤしながら俺を見つめた。


「それで? 何かあったのか?」

「だから何もないって」


 一応、芳樹と正志は俺が輪廻と黄泉の違いが分かることを知っている……でもどちらかの家に遊びに行くほどの仲とは思ってないはずだ。

 というか学校でも有名な美人の双子姉妹なんだ……これで彼女たちの家に遊びに行ったことがどこからか広がってみろよ……それを想像するだけで怖くなる。


「ふぃ~。スッキリしたぜぇ」

「おはよう正志」

「やっと来たか」


 腹を擦りながら正志も遅れて現れた。

 俺たちが三人揃うと話す内容と言ったらほとんど遊びに関することだが、正志がサッカー部に所属するからこその話題もある。


「夏の大会とか調子はどうなんだ?」

「お、よくぞ聞いてくれたな。全然バッチリだぜ――俺もそうだけど他のメンバーもそうだし、マネージャーもやる気に満ち溢れてるからな」

「へぇ、良いことじゃん」

「近場なら応援とか行こうと思うんだがなぁ……」


 友人が頑張ってる姿に応援したい気持ちはもちろんある。

 俺自身はサッカーをやることに興味はないし、テレビで数年に一度ある大会とかになると夢中になることもあるが……意外と正志が試合をしている姿を見るのは楽しくて好きだった。

 ほとんど芳樹と喋りながらだが……大会ならではの空気ってのはあるからな。


「おはようございます」

「おはよ~」


 そんなこんなで友人二人と楽しい時間を過ごしていた時、新垣姉妹が綺麗な声で挨拶をしながら入ってきた。

 彼女の友人たちや陽キャの男共が群がるのを見ていると、ボソッと芳樹が呟く。


「俺さぁ……今になってもマジで二人の違いが分からねえわ」


 芳樹の言葉に正志も続いた。


「輪廻さんに黄泉さん……髪に付けてるリボンとかアクセサリーの違いはあるけど顔立ちは本当に同じだもんなぁ。マジでなんで分かるんだ?」

「……………」


 このやり取りも何度目だろうか、俺も彼女たちをジッと見つめてみた。

 俺と彼女たちは過去に会っており、その過去のおかげで俺は彼女たちと普通以上に親しくなれたと思う。

 二人のことを素敵な女の子たちと思うのは確かだが……それは別に二人のことを手に入れたいとかそういう邪なものではなく、どこまでも純粋に仲良くしたいという気持ちが大きい。


「っ……」


 とはいえ、そう思いつつも思い出すことは多い。

 俺は自分がラブコメ漫画に出てくるような主人公だと思ったことはないが、ちょっぴりエッチなラッキースケベ的展開を経験したのも事実……マズいまた顔が熱くなってきてしまう。


「顔赤くね? どうしたんだ?」

「何でもねえ」

「ふ~ん?」


 流石に考えすぎだなと、俺は頭を振ってどうにか忘れるように心掛けた。

 二人と会話をする中でチラチラと視界の隅に輪廻と黄泉が入り込み、その度に当然ながら彼女たちの様子を見てしまう。

 同じ表情で笑いながら話す二人は本当にクラスの人気者だ。

 女子の友人が黄泉の背中から抱き着いたりしたりして……俺たちと同じように彼女たちにも大切な友人たちは居る。


「俺……新垣さんに告白しようと思うんだ」

「どっちだよ」

「姉の方。ハンカチ拾ってもらった時の笑顔にやられちまった」


 そんな会話が後ろから聞こえ、本当にモテモテだなと苦笑する。

 ただ……そんな風に見つめていたことで輪廻が俺に気付き、その綺麗な瞳を真っ直ぐに向けてきた。

 周りの視線もある中で特別なことをすれば注目を浴びてしまう……それが分かっている彼女はそれとなく微笑むだけだ。


(……いつも思うけど、こんな風に教室で目が合った時……二人はどんなことを考えてるんだろうなぁ)


 機会があったら聞いてみようかと思ったのだが、その瞬間は早くに訪れた。

 昼休みになって昼食を済ませた後、一人でトイレに行った帰りのことだ――教室に入る直前、入口の前で黄泉に呼び止められた。


「明人君」

「黄泉?」


 彼女も友人とお手洗いの帰りだろうか。

 こういう時にトイレか? なんて聞かないのが紳士としての務めであるため、俺は絶対に口を滑らせないことを誓った。


「どうしたんだ?」

「明人君の背中が見えたから声を掛けたのよ。先に戻ってて」

「うん」

「後でね~」


 ニヤッと友人たちが微笑みながら教室へ入って行った。

 ちょっとこっちに来てと黄泉に手を引かれ、いつぞや俺を睨んできた男子が偶然傍に居てまた睨まれてしまったものの、黄泉が口を開く。


「ちょっと、そんな風に人を睨むのはどうなのかしら?」

「っ……ごめん」


 おぉ……俺からは黄泉がどんな表情をしたのかは分からないが、彼女に見つめられその男子は気まずそうに視線を逸らして歩いていく。

 今のことにざまあみろだなんて思うことはないけれど、何かを言ってくるでもなく睨んでくるのは良い気分ではないので、これからはやめてほしいところだ。


「ごめんなさいね。こんなところまで連れてきちゃって」

「いや、全然良いよ。それで……どうしたんだ?」

「あ~うん……えっとね」


 辺りをチラチラ見回しながら誰も居ないことを確認し、黄泉は続きを話す。


「毎度のことだけど、夏休みを前に定期テストがあるでしょ?」

「そうだね」

「……私と勉強しない?」

「……え?」


 それは……つまりお勉強のお誘いということか。

 高校生にとって定期テストの結果は成績に直結するため決して手を抜くことは出来ないものであり、良い成績を取れるならそっちの方が良いに決まっている。


「俺と……?」

「うん……明人君と一緒に勉強したいの」

「……………」


 確か黄泉はいつも輪廻と勉強していると言っていた。

 俺自身は壊滅的に成績が悪いわけじゃないけど、誰かに勉強を教えられるほど優れているわけでもない……輪廻みたいな人が居てくれた方が良いと思うんだが。


「どうかしら?」

「あ……俺は別に構わないよ。勉強ってやっぱ大事だしな」

「……うん! ありがとう明人君!」


 そんなに喜んでくれるのか……。

 でもこれって輪廻は知っていることなのか? そのことを聞こうと思ったところでチャイムが鳴ってしまい、俺たちは急いで教室に戻る……その途中のこと。


「これ……姉貴には内緒ね?」


 ……とのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る